お互い着替えの為に、旧校舎前で一旦別れると、真緒は足早に教室へ向かう。何も言わずに途中で消える形で出てきてしまい、みんなさぞ困っているに違いない、そう思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになる。早く戻って謝らなきゃ、そう心の中で呟きながら、真緒は歩く速度を上げた。
「真緒!」
不意に呼ばれて振り返ると、沙雪が勢いよくこちらに走ってくる。
「さっちん、どうしたの?」
「どうしたじゃないわよ。ずっと、あんたを探してたんだから」
「嘘、ごめん」
「いいから早く!主役がいなきゃ後夜祭始めらんないし」
急いで、と言わんばかりに、沙雪が真緒の手をつかんで走り出す。
「えっ、ちょっと、さっちん私この格好じゃ……」
「いいの!むしろその服の方が盛り上がるし」
「え?何?聞こえない」
よく状況が飲み込めないまま、真緒は慌てて沙雪の後を追った。

後夜祭の体育館は異様な熱気に包まれていた。それもそのはず、軽音部によるライブ演奏が最高潮の盛り上がりを見せており、生徒は全員スタンディングでライブを体感している。真緒は荒北の姿を探そうとするも、演出のために照明が落とされ、見つけることはできそうにない。
「真緒、こっち!」
入り口でキョロキョロしている真緒を沙雪が呼ぶ。言われるがまま沙雪の方へ近づいていくと、舞台袖に引っ張っていかれた。
「はい。これつけて」
「さっちん?何これ?」
手渡されたティアラを見て、真緒が目を見開く。
「何って、ミスハコガクの証」
「ええっ?」
「悪いけど説明してる暇ないの。とりあえず、これから舞台でセレモニーだから」
よろしくね、と沙雪がウィンクをして見せた。
「ハコガクの皆さん!お待たせしました!ミスター&ミスハコガクの発表です!」
壇上で司会の生徒がアナウンスすると同時に、体育館が歓声に包まれる。
「まずは、ミスターハコガク……新開隼人君!」
お決まりのドラムロールに乗せて、司会が高らかに叫ぶ。
軽音部の演奏と共に、新開が舞台に颯爽と現れる。割れんばかりの女子の黄色い声援と、巻き起こる「ハヤト」コールが人気のほどを物語っていた。
(新開くん、すごい人気だなぁ)
舞台袖で拍手を送りながら、まるで他人事みたいに心の中で感嘆の声を上げる。
「続いて、ミスハコガクは……伊東真緒さん!」
読み上げられた自分の名前に驚く暇もなく、慌てて舞台へと飛び出す。照明のせいで客席の様子はよく見えないが、予想以上にたくさんの人からの大きな声援に、思わず立ち止まって真緒は頭をペコリと下げる。顔を上げて司会者の方に向き直ると、新開が親しみをこめた笑顔で小さく手招きしているのが見えた。自転車部の超有名人だから名前こそ知ってはいるが、正直面識はない。その彼がなぜと疑問に思ったが、すぐに荒北のことを思い出した。


「いやー、それにしても伊東さんのメイド服姿間近で見れて眼福です、僕」
司会の軽口に会場が沸く。それで改めて自分の恰好のことを思い出し、真緒は恥ずかしさで頭を抱えたくなる。
「新開くんも自転車部のジャージで来てもらえば良かったですね」
「いや、あれはある意味メイド服よりインパクトあるから」
飄々とした新開の返しに、会場からどっと笑いが巻き起こる。
「それでは、早速記念撮影に移らせてもらいます」
司会者の合図で、照明が新開と真緒の方へ向けられる。
「お二人、もっと寄って……お、新開くんいいっすね」
新開がごく自然に真緒の肩に手を回し、一気に距離が縮まる。これはちょっと近すぎるんじゃ、と真緒は内心思うが、盛り上ってる空気を壊すのも憚られて笑顔で取り繕う。
「いやーやっぱお似合いですねぇ。ここは新開くん、ほっぺにちゅーとか、いっとく?」
「そちらさん的には、その方が盛り上がるかい?」
「ええっ!それは、ちょっと……」
司会者の悪のりにさすがにびっくりして、真緒が思わず首を横に振る。それとほぼ同時に、会場から女子の悲鳴が上がった。
「え、伊東さん嫌なのか」
新開が大きな目を軽く見開いて、しれっとのたまう。
「嫌、っていうか……普通に困ります」
「いいね、困ってる顔見たいな」
「ちょ、新開く……っ!?」
全く悪びれた様子もなく、爽やかに笑いながら、新開が少し強引に真緒の肩を引き寄せる。咄嗟のことにどうすることもできず、真緒はぎゅっと目を閉じた。


「新開ィ、てめなに調子にのってンだ、バァカ」
あわやという刹那、頭上で聞こえた耳慣れた声とともに、ぐいっと腕を引かれ、真緒は目を開けた。
「あ、荒北くんっ!?」
突然の荒北の登場に驚いて呆けている真緒を後目に、新開を軽く睨み付けた荒北が踵を返した。さっきまで、熱気に包まれてきた体育館は水を打ったように静まり返っている。
「行くぞ」
「え……ちょっ!」
少し強引に手首を掴まれ、舞台の下手の方へ引っ張って行かれる。色々聞きたいことはあるが、背中が不機嫌と言わんばかりの荒北に、今は黙ってついていくことにした。体育館中の視線を浴びながら、出口めがけてどちらともなく走り出す。それを受けて一際大きな歓声が上がったが、二人にはもはや聞こえなかった。
一方、舞台の上では、突然の事態に慌てる司会者とは対照的に、してやったりという顔で新開が二人が消えた方へ人差し指を打ち放した。


「び、びっくりしたぁ!」
旧体育館裏のいつもの場所に着くと、肩で息をしながら真緒が思わず呟く。
「びっくりしたじゃねぇよ。隙がありすぎなんだヨ、ボケナス!」
「だって……」
対照的に呼吸ひとつ乱さずに、いつも通りの悪態を吐きながら、荒北が乱暴に真緒を抱き寄せる。薄い胸板に頭を押しつけられて初めて、荒北の鼓動がいつもより速いことに気づいた。
「ったく、危なっかしくて見ちゃいらんねェマジで」
「ごめん、なさい……」
「しょーがねぇから、オレがつかまえといてやんよ」
いつもと同じく悪態をつきながら、あさっての方を向いた荒北が頭をがしがし掻いた。
「えっ?」
「つか、その、アレだ……すげぇ好き、だからァ」
真緒の首筋に顔を埋めながら、荒北が低く呟く。
「うん……あのね、私も大好き」
珍しく素直な荒北の言葉に、舞い上がる気持ちを抑えることなく真緒が荒北の首に抱きつき、頬に唇を寄せる。
「知ってるヨ、バァカ」
口づけられた頬を照れ臭そうに擦りながら、今度は荒北が同じことを真緒の唇にした。



fin


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