西へ旅を続けてもう一月が経過していた。
荒野を走り続けて辿りついた町は食事処と言える酒場が一ヶ所しか無いので必然的にそこへ行く事となったのだが、やはり一件しか無いと言う事もあり何処の席も満杯だった。
なんとか一席確保すると、悟空さんは食欲全開でメニューを端から端まで頼もうとしたのでとりあえず止めておいた。
突如テーブルに置いてあった灰皿を投げた悟浄さんに一体何かあったのかと思えばそこには店員と思われる女性と悪酔いしている男が一人。ああ、成程と理解した。
「おーいッ、お姉さんオーダーよろしくっ」
「あ……ハイ!!」
「レバニラ、カツ丼、ピザ、ハルマキ、八宝菜、エビシューマイ」
こう言う時だけ異様に滑舌の良くなる悟空さんはただただ食欲に忠実なのだと良く解る。
「───じゃ、注文は以上で」
「───あ、それからさ、灰皿ひとつ」
備え付けの灰皿がない事に気付いた女性はすぐに変わりの灰皿を持ってきた。
料理が運ばれてくるまでの間に今までの事を振り返ってみることになった。
「……どう思う?」
「どうって?何が」
「俺達が長安を発って今日で一月になる。
倒した妖怪は星の数。そのほとんどが【紅孩児】が送りこんだ刺客だ。
その【紅孩児】が牛魔王の息子なのはわかる───しかし本来は誰の指示にも従わないはずの妖怪達が自害にいたるまでの忠誠を誓うとはな……」
「人間と違い個々の力が違う上、それを誇示したがる妖怪が従う程の力量があると判断出来るだけの人物、ということでしょう」
「ここしばらく静かだったからな。そろそろ又何かしら攻撃をしかけてくるだろう」
「……結局僕らはまだ何も知らないんですよね。
牛魔王蘇生実験の目的も、それを操るのが何者なのかも───」
「あの───御注文の品ですぅ」
「わーい♥」
シリアスと言うのも長くは続かないのがこの一行である。
完全に料理に目がいっている悟空さんにはこれ以上会話は意味がない事はこのひと月で良く解った。
「───ま、腹減っちゃ戦もできねってか」
「その様ですね」
「いただきまーす」
料理を口に運ぼうとした時だった。
「───きゃあッ」
「あ?」
先程の女性店員が酔っ払いの男に絡まれると言う典型的な光景が広がっていた。
「そう嫌がんなって。一緒に飲もーや姉ちゃーん」
「また貴方達……放して!」
短時間の間に二度も絡まれると言うのは運がない。確かにあんな美人さんなら絡まれるのも解るが、嫌がる女性に対し、男性はそんな事を気にせず腰を抱こうとしている。あれはまさに女の敵だな。
「……あーあ。オッサン下手だな女の扱い方がさ」
「何だと若造がァすっこんでろ!!」
「まーた灰皿くらいたいワケェ?カコーン!てな」
悟浄さんのチョイチョイと額を指で叩く仕草に、先程灰皿を投げた犯人が誰だったのか気付いた男性は酔いとは別に今度は怒りで顔を赤くした。
「!!
〜てめェかさっきのは!?うらあ!!」
逆切れした男性は私達のいた席のテーブルを足蹴にするとテーブルいっぱいに広がっていた料理は派手に床へとぶちまけられた。
「うお!?」
「何てことするの!!」
食べ物粗末にするなよなー、と思っていたらこの中で一番怒り心頭なのは食欲を満たそうとした寸前でそれを妨害された悟空さんだった。
「てめえっっ」
「!?」
「やっちゃイケねェことやったな!!?
絶対許さねエッ!!」
食事を台無しにされた悟空はとうとう男性に殴りかかる事態にまで発展した。
「オイ、妖怪どころか人間とまで争ってどーする」
「血気さかんですねェ」
「飛さんやめとくれよ!店がボロボロになっちまうっ」
「るせえ!!」
飛という男性は顔見知りと思われる店主の言葉も聞かずに店を破壊するのではないかという勢いで暴れ始めた。
それに頭を抱えた店主は咄嗟に思いついたように声を上げる。
「勝負をつけたきゃいつものヤツにすればいいじゃないか!な?」
「いつもの勝負ぅ?なんだそりゃ。麻雀か?早撃ちか?」
「酒場の男の勝負といやあ決まってんじゃねーか。
飲み比べよ」
ドン、と出された酒瓶に一瞬呆気にとられたのは仕方ない。
「……お前ら今あからさまにイヤな顔しなかったか?」
「いや……何となく……」
「ふんっ、ま、最初から勝負にゃなんねェか。
そっちにいるのはガキと見るからに貧弱な坊主だもんなあ」
あーあ、と思った瞬間、低い地声で懐から金色に輝くカードを取り出した。
「……この店中の酒、一滴残らず持ってこい」
「は……ハイッ!!」
コロスマジコロス、と顔に書いてあるのが見えた。
「……飲む前から目が坐ってますけど〜?
あ、いつものことですね」
「わーい酒だ酒だー♥」
「ヨォシ勝負は五対五!!先に全滅した方が負けだ、いいか!!」
「おうよ!!」
「……私も含まれてるんですか」
断る暇も与えられず、対面するように座らされグラスを渡された。
「始め!!」
ロックアイスの入ったグラスになみなみと酒を注がれ、店にあるありったけだと思われる酒瓶が並べられ、それぞれ同じ量ずつ注がれていく。
先に酔いつぶれて行ったのは飛と言う男の連れ達ばかりだった。
「ヒック……口だけじゃねーようだな」
「こんくらい何だよ。こっちゃまだまだ余裕だぜェ、なあ悟空……」
普段アルコールを摂取する事がない悟空さんは完全に眠りの世界に入っていた。
「起 き ろ このサル〜!!」
「ふふん、そのガキはリタイアの様だな」
「そっちこそてめェ以外全滅じゃねェか」
明らかにそちらの方が不利なはずなのに、男性は笑みすら浮かべていた。
「残念だな。俺はこの辺じゃ飲み比べで負けたこたァねーんだよ」
「じゃあどーせだからもう少し強いお酒下さーい」
八戒さんの傍には既に空の瓶が何本も置かれていた。その上アルコール度数の高いジンやウォッカ、テキーラまである。笊どころか最早枠といったところだろうか。
「……そーいえば俺八戒が酔ったところ見たことナッシング」
「あなどれねー」
「しかも紫苑ちゃんあれ何杯目よ?
八戒と同じくらい飲んでんのに顔色一つ変えてねえとか……」
「本当に女かあいつ……」
「失礼ですね」
これくらいで舐めないで欲しい。
酒池肉林と言う程酒で作った池で酒宴をするくらいはやらかしたのだから、これくらいの量も解りきった酒なら酔う事もない。流石妲己チート。今は自分のものとなった身体ではあるが耐性力の高さが恐ろしい。
「───おいどうした坊主?そろそろ限界か?手が震えてるぞ。その女顔にゃお酌役が似合いだぜ」
「……───くっ」
突然笑った様な声が聞こえた。
「愚か者が……俺を愚弄するとはいい度胸だ」
「───三蔵?」
「魔戒天……」
双肩に掛けられた経文がシュルシュルと伸びていこうとしたのを咄嗟に八戒さんが口を塞ぐ事で防ぐ。
「わーっ!民間人相手にイキナリそんな大技かまさないで下さいっ。
この人見た目よりかなり酔ってる」
「まだるっこしい勝負なんてヤメだヤメ!!
力でツブしてやらぁ若造ども!!」
「望むところだァエロジジイ!やってやろうじゃねえか!!」
「あああお店が───」
「まあまあ皆さん落ち着いて……」
飲み比べでは勝てないと思ったうえいつまでも決着が付かない事にしびれを切らしとうとう殴り合いになろうとした瞬間だった。
「?」
「何だこの霧は……!!」
室内に発生するなんて普通ではない。その上うっすらと紫掛かった霧は鼻腔を僅かに刺激する臭いがした。
「この霧……吸っちゃ駄目です!!」
「うッ……」
最近は取る事が無かったアルコールをしこたま浴びる程飲んだからか、ほんの少しの量で眠気が襲ってきた。
しまった、と思うもそこからは意識が飛んでしまった。
結局あの酒場からの記憶が綺麗に飛んでいた。
何たる不覚……。
あれは女性店員に化けた紅孩児の刺客で、名を八百鼡と言い暗殺に失敗したことで自害しようとした所を紅孩児本人が現れ部下を連れて立ち去ったと言う。
本当に私何してんだ……ッ!例えスペックチートでも役立たずにも程があるぞ……!
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