- 幻想魔伝 -
06:月夜の出会い  


旅を続けていると、どうしても町に辿り着けないと野宿が連続して続く。
埃っぽい荒野や森を抜ければどうしても臭いが付いてしまう。
漸く沢の近い休憩するにはもってこいの場所を見つける事が出来たのでその日は日も暮れる事だったので近くで野宿をする事となった。

「はー……今日は襲撃が無かったから退屈だったなァ」

「バカか。いや、バカだったな。
邪魔が入らないに越した事はねえだろうが」

「そりゃそーだろーけどさー。
ずーっと動かないでいるのとか身体がバッキバキになっちまうよ」

「そう滅多な事を言うもんじゃありませんよ悟空。
今日は妖怪の襲撃が無かったからこそ次の町に行くまでの道のりが縮まったと思えば良いじゃないですか」

「そっか!その方が早くまともな飯食えるもんな!」

「飯基準かよ!」

最早慣れた手つきで夕食の準備をする八戒さんを手伝うようにジープに積んであった食料を下ろす。
今日はカレーを作るらしい。ありきたりだが、量を作るに越した事のない料理なうえ、作ってもらう立場なのだから文句などなかった。

「有難うございます。
紫苑さんもゆっくりしてくださって構わないのですよ?」

「いえ、こうしてお世話になっている以上出来る事はお手伝いします」

「それは良い心がけですね。
すでにダラけモードに入っている人達にも聞かせてあげたいくらいです」

「悟浄ー八戒の言葉が刺さるー」

「奇遇だな。俺もだ」

結局その時だけは悟空さんも皿を出したりと言った手伝いをしたが、いざ食事となるといつものように賑やかになった。
寸胴の鍋一杯に作ったカレーもほぼ七割方が悟空さんの胃袋に行くという結果で終わり、片づけを終えた頃に八戒さんがふと思いついたように声を掛けて来た。

「そうだ。さっき水を汲みに言った沢を少し下った場所に湖があったんですよ。
水も綺麗な場所でしたし、どうせなら水浴びでもして汚れを落としてきたらいかがですか?
ちゃんと悟浄は僕達が見張っておきますから安心してゆっくりしてきて下さい」

「オイ!俺限定かよ!」

「覗きなんて低俗な真似をするのはお前だけだからな」

そう言う事なら有難い。
たまには一人でゆっくりとして見たいと思っていたところだったのでその申し出を有難く受け取る事にした。
同じものの為服装そのものは変わらないとはいえ、一日着続けていた物を新しくするだけで気分は軽くなる。どうせなら久々に傾世元禳も風邪を通しておこうと思い目の届く範囲の木に引っかけておいた。

「……ふう」

頭巾から解放された髪はするりと下へと滑り落ち、着ている物を全て脱いで近くに置いておいた。
水は冷たかったが若干蒸し暑かったので逆に心地良いくらいだ。
どうせ一人だからと久々に体を伸ばして泳いでみればとても開放的な気分になる事が出来た。
暫く水に潜って全身を水に漂わせるというのは地上と違って抵抗が少ないからか、水の動きに合わせてたゆたうことがこんなにも気持ちのいい事だったとはと今更ながら思った。
そろそろ息苦しくなってきたので水面へと上がると、そこには先程まではなかった人影を見つけた。

「……誰ッ」

そこにいたのは褐色の肌と赤銅色の髪をした男だった。
左頬の痣と尖った耳と言った出で立ちから妖怪だと一目で解った。

「す、すまないッ!!
決して覗こうというわけではなく、ただ、飛竜に水を飲ませようと思ったらまさか天女がいるとは思わず……ッ」

声からして男だと解ったが、自我を失っているわけではないようだ。
男の傍には人一人が乗れるくらいの小ぶりな一頭の竜がいたのであながち嘘でもないようだ。
夜闇で水面は星空が反射している為見えないだろうが、一応胸元だけは手で隠し、男へと目を向ける。しかし天女とは面白い事を言う。
だが現状は確かに【天女の羽衣伝説】に良く似ている。

「いつまで見ているおつもりですか」

「す、すまないッ!」

男は慌てて後ろへと方向を変えて目を逸らし、その間にせめてもと思い傾世元禳で身体を隠す。

「いや、本当に、誰かが、いるとは、思、わずに、だな……」

ドモりすぎだろ。
こちとら殺しに掛かってくる妖怪とばかり遭遇し続けていた為か警戒心が強くなるのは仕方ないのだが、こうして殺し殺される以外にちゃんと意思疎通が図れる妖怪というのは悟空達以外では初めてかもしれない。

「水を汚してしまったことは謝ります」

「いや、こちらこそ気付かなかったとはいえ女人の水浴びを覗いてしまった事、申し訳ない」

結局お互いそのまま気不味い雰囲気だったので名乗る事もなく別れた。
あの妖怪と出会った事を彼らには言わない方が良いだろう。
それにしても、まだああして自我を保てる妖怪もいるのだと改めて知る事が出来た。まあ、そう言う意味では彼らもそうなのだろうが。
水を浴びたことでさっぱりする事が出来たのでそこそこ気分は上々で戻ると、また言い争いをしている悟空さんと悟浄さんにハリセンを披露するというおなじみの光景が出来あがっていた。
いつもいつも飽きないな……と呆れながらもその日はもう休むことにした。


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