- 幻想魔伝 -
09:血の雨が流れる  


「きゃああああ!!」

ガシャン、パリンと言う派手な音と女性の悲鳴で目が覚めた。
時刻はまだ夜明けの遠い草木も眠る真夜中だ。

「た……助けてェ!!」

「どうした!?」

「調理場に……妖怪が……!!」

これで調理場にゴキブリがとかいう落ちだったら確実に切れていただろうが、妖怪となれば話は別だ。
急いで放置されていた頭巾を被り、調理場へと向かう途中で既に鉄臭い臭いがしてきた。
調理場のコンロの近くで、一人の妖怪が従業員と思わしき男性を殺害し、肉を引裂いた腹から臓物を啜っていた。

「クソッ……調理場はなァモノ食う所じゃねェんだよ!!」

悟浄さんが妖怪へと蹴りを入れるが、一人だけではなくもう一人いた。
そいつが背後から襲いかかろうとした時、間髪入れずに悟空さんが飛び出した。

「悟浄後ろにも……!」

「おらァ!!」

派手な音を立てながら転がった妖怪を横目に悟空さんは得意げに「フン」と鼻で笑った。

「寝起きイイじゃんかよ悟空ッ」

「たまにわねッ。さてとコイツらどーす……」

最後まで言い切る前に、何処からともなく飛んできた【何か】が妖怪達の全身に貼り付く。

「な……何だァ!?」

「ダマカラシャダソワタヤ ウンタラタカンマン……」

真言を唱える低い声に途端に妖怪達は悲鳴を上げながら絶命していく。
シャン、と釈杖の音を響かせながら暗闇から現れたのは身体の至る所に札を張り付けた大男の僧だった。

「……我が名は六道。
この世の妖怪は一匹残らず俺が滅する」

「こいつがあの六道……!」

まさか、噂を聞いた当日に当人に会えるとは思わなんだ。しかし私はその男を見て驚いた。それは知った事のある顔だったからだ。
私だけではなく、彼も同様に瞠目して【六道】と名乗った男……以前は朱泱と言った名で知り合った男から目が離せないでいた。

「あ……ありがとうございます六道様!!」

「───礼などいらん。これは俺の使命だ」

十年前とあまりにも変わってしまった姿に彼からも困惑の色が滲んでいるのが解った。
そんな事も露知らず、自らが手を下さずに済んだ事に浮かれている悟空さんと悟浄さんだったが、部屋に戻ろうとした瞬間、朱泱の釈杖がぴたりと悟浄さんの首元に突きつけられた。

「貴様ら人間か?」

「また随分と不躾な質問ですね」

「俺の目は誤魔化せんぞ。貴様ら三人とも妖怪だな」

「───だったらどうだってゆーんだよッ!!
俺達は……」

「悟空」

八戒さんの制止も虚しく、妖怪と聞いた瞬間に朱泱の目の色が変わった。

「言っただろうが……全ての妖怪を俺が滅すると……!!」

「何だよコイツ人の話も少しは聞けって……」

「───いいからよけろ!」

咄嗟に天井に貼り付く様にして札を避けた悟空さんだったが着地した瞬間を狙って脳天めがけて釈杖が振り下ろされようとした。

「ヤバ……」

「悟空……!」

パシン、と言う乾いた音に止まった釈杖の先を見れば、それを握って止めたのが彼だと解った。

「朱瑛───何してんだあんた」

「お前は……」

初めて存在を確認した朱泱は今度は朱泱が瞠目して動きを止めた。

「一応言っとくけどこいつら殺してもバカが減るだけだ」

「何……知り合い?あービビった」

「シっ」

本気で危ないと思ったのに、それを止められた事で内心ホッとして呟いた悟空さんに八戒さんが小さく口止めをする。

「く、くっくく……っ。
ははッ───そうか!!噂には聞いていたが……まさかこんな所で出会そうとはな。
【何をしている】だと?それはこっちの台詞だ【玄奘三蔵】。
先代三蔵を殺めたのがそいつらの同族だということを忘れたはずはあるまい……!」

「───人間変わるモンだな朱泱。
あんたのからそんな口言葉が聞けるとは」

「変わったんじゃねえ。【朱泱】は死んだんだよ。
お前が寺を去った十年前のあの日から……!!

十年前……私が金山寺を訪れ、去った後に光明三蔵は妖怪の盗賊に襲われ命を落としたと言う。その間際に、江流は次代三蔵の名を受け継ぎ三十一代目東亜玄奘三蔵法師の名を襲名した。その晩、人知れず経文と共に寺を去った後、そうとは知らずに妖怪の夜盗が再び襲撃し、寺の僧侶達を次々と惨殺していった。
朱泱は己と寺を護る為、禁じ手と呼ばれる札に手を出した。

「……まさか、【阿頼耶の呪】……!?」

「そうだ───そして俺は強大な法力を手に入れ妖怪どもを倒した。
だが一度解放した力を抑える事は出来ない……もはやこの俺の身体はコイツが妖怪の魂を喰らう為の道具でしかない……!!」

法衣から覗いた身体には、右胸に根を張る様にして埋まっていた呪符が脈を打っていた。
明らかに危険な物だと見ただけで解った。

「この十年間……何の罪もない妖怪どもを殺しまくってきた。
この札と……この札がもたらす激痛から逃れる為に、妖怪どもがトチ狂って人間を襲い始めた後はこんな俺でも救世主扱いだ笑っちまうよ……!!!ひゃは!」

「イッちまってるよコイツ……。
───どっちが妖怪だってェの!!」

「どっちが妖怪か確かめようじゃねえか!!」

「外へ……!───ここじゃ危ない」

「げっ、また濡れんの!?」

雨の降る外へと飛び出すが、雨のせいで視界が悪い。咄嗟に殺気を感じて攻撃を防ごうとするも、体に触れるだけで手が焼ける。

「俺の身体は全身が呪符と同化してるんだよ。
貴様らは素手で触れることもできんぜ」

「───放せよてめェ!!」

八戒さんから離させようと素手が駄目なら武器を構え如意棒で殴りかかるもぬかるんで泥となった地面は足場としては最悪である。
だがふと悟空さんが気付いたようにこちらに目を向ける。

「三蔵……ズリー」

「どうした玄奘三蔵!やはり妖怪には手を貸せんか?」

屋根の下で雨に濡れる事もせずに腕を組んで見ている彼に嘲笑する朱泱だが、それに対して呆れたように危機感のない声で返す。

「……違ーよ。俺が手ェ貸さなかろーがどうせ、死なねーもん。そいつら」

「……ま、そりゃそーだ」

「死んでもお経上げてくれなさそーですしねえ」

余裕とすら思える態度に、朱泱は歯ぎしりした。

「くッ……ほざけ……!!」

「───おい。
下手な義理立てはやめろよ。奴を呪符から解放する術はたったひとつだ」

それでも、やはりというか気付いていたのか彼は袖から取り出した銃を向けようとした。しかしそれを止めたのは悟空さんだった。

「───だめだ!!
今はあんなだけど、あいつお前の仲間だったんだろ!?」

「……悟空」

仲間の知り合いと言う事で悟空さん達は無意識のうちに加減をしてしまったのだ。

「マジでやめろ!!」

必死になって止めに入る悟空さんに対し、隙を見せて背を向けている状況を見逃す程甘くはなかった。

「バカうしろだ!!」

振りあげられた釈杖が悟空さんを狙う。

「てッ……!
───あたたた……アタマ打ったァ!!……あれ?さんぞ……?」

釈杖の切っ先は、彼の腹だった。

「───三蔵!!」

「が……がはッ!」

「江流!!」

白い法衣は赤く染まり、流れ出す血の量は異常でその身に受けた傷の大きさを物語っていた。
とめどなく流れ続ける赤は、土砂降りの雨で流れるスピードは早く、その速さが徐々に体温を奪っていくのを感じた。

「三蔵───目ェ開けろよ三蔵!」

「何ガラでもねェことしてんだよ!!」

「三蔵……!!」

嗚呼、嫌だ、嫌だ。
その光景を見ていないと言うのに、同じ金色の髪をしたあの男が前触れもなくいなくなってしまったと聞いた時と同じような感覚が私を襲った。
もうこれ以上、いなくならないで……!
その光景に思わず、頭の中が真っ白になった───


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