- 幻想魔伝 -
10:観世音菩薩  


「お前は───」

漸く気付いたように私を見る彼は、彼と私を交互に見比べる。

「何故、変わらない……そうか……【貴様】も妖怪か……!」

「なッ!?」

「紫苑さんが……!?」

一応今まで問われた事がなかったから言わなかっただけなのだが、こう言う時に目のある奴と言うのは困る。今ここで言わなくても良いだろうに。だが私はそんな事よりも、目の前の事を処理しようと脳がフル回転しているというので精いっぱいだった。
様子がおかしい悟空さんの頭に嵌っていた金鈷が一瞬の妖気が跳ね上がったと思った瞬間に割れ落ちた。

「悟空!!」

「!
駄目です悟浄、離れて……!」

後ろの襟足が腰まで届く程に伸び、長く伸びた鋭い爪、いつもの天真爛漫な様子からは想像もつかない程の冷たい空気に一瞬背筋が腰から撫で上げられるような感覚がゾクゾクとした。

「悟空……───あれが」

「【妖力制御】の封印から解き放たれた生来の姿───大地のオーラが集結し巨石に宿った異端なる生命体……斎天大聖孫悟空」

「ははッ───それが貴様の真の姿か!!
やはり化け物は貴様らの様だな!!!」

尚も嗤い続ける朱瑛だったが、次の瞬間目にもとまらぬ速さで地面へと叩きつけられた。
呪符と一体化しているという身体も気にせず、ニィと笑みすら見せた。投げられた札すらも妖力のみで焼き切ってしまい朱瑛を殴り飛ばすと馬乗りになって尚も殴り続けた。

相手が悪いが、今はあちらは悟空さんに任せる事にした。
出血が止まらない彼に、私はどうする事も出来ない。
お願い、お願いよ───どうしてこう言う時、私は役立たずなの……ッ!!
気功で必死に止血する八戒さんに、私は何も出来ずにいる。私は八戒さんと違って癒しの術を持っていない。だから、出来る事なんて殆ど無いに等しい。

「紫苑さん!?」

白頭巾を引っぺがして包帯代わりにそれを傷口に充てる。まだだ、まだ足りない。白い布はすぐに赤く血が滲んでしまう。どうせ構わない。私は着ている法衣すら脱ぎ捨てた。
中に着ていたのは妲己の頃の露出度の高いレオタードのような服だったが、これでもマシな方だ。

「少しでも、血が止まれば良い!!
だから、早く傷を塞いで!!」

「はい!」

直接傷に雨が当たらないようにし、少しでも早く傷を治そうと今まで抑えていた妖力を少しだけ使い八戒さんに力を渡すようにしてエネルギーを供給する。
幸い、急所を外していたおかげで致命傷にこそならなかったが人間は三十パーセントの血液を失えば危険な状態になると言う。既にその量に達しそうな状況に焦りを感じた。
こちらが治療に専念している間に、朱瑛は何かをして悟空さんを怯ませるとその隙に逃げてしまった。戦う相手を失った悟空さんは判別能力がなくなっているせいで次の獲物はこちらだとばかりに悟浄さんに襲いかかった。

「〜目ェ覚ましやがれッこのバカ猿……ッ!!!」

悟浄さんが相手をしているのだが、一瞬金色の瞳と目が合った。

「危ない!紫苑さん!!」

悟浄さんからこちらへ踵を返して飛びかかってきた悟空さんに一瞬反応が遅れてしまった。
あの爪の餌食にされるのか、と反射的に目を瞑った。
だが痛みはなく、逆に膝に違和感を感じた。

「へ……何この状況」

夢小説的王道パターンというか、何これ。
まるで猫のように膝に頭をうりうりと擦りつけてくる様子はどう見ても動物のそれだ。

───そのまま抑えておけ

何処からともなく聞こえて来た声と、次の瞬間悟空さんの頭に金色の輪が広がったかと思うとそれは具現化して今までの金鈷へと変わった。カシン、と頭に金鈷が嵌った瞬間、突如糸が切れたかのように崩れ落ちた。

「悟空……!!」

「───寝てるみたい、です」

「今のは一体……?」

「───ったく、だらしないね───よォ」

現れたのは、今の私といい勝負……と思ったがあちらは完全に上半身が透けている。別に何の勝負とは言わないが、露出度の高さはどっこいどっこいといったところだろうか。

「あ……貴女は一体……!?」

「───ふん。こんなところで足止めくらってる様じゃ、大したことないな、お前らも」

尊大な態度の美女の登場に一時困惑するが、すぐに気を取り戻した悟浄さんがビシッと指差して問う。

「なッ、何者だてめえ!」

「───おい貴様!
口を慎め!!この御方こそ天界を司る五大菩薩が一人、慈愛と慈悲の象徴観世音菩薩様にあらせられるぞ!!
因みに両性体です!都合により下はお見せできません」

傍に控えていた初老の男性がご丁寧にも説明をしてくれた。

「か……観音様ァ!?コレが!!?」

「【自愛と淫猥の象徴】ってカンジなんですけど……」

「……いい度胸だ」

観世音菩薩と名乗る人物は口元を引き攣らせた。

「もしかして先刻さっき悟空こいつに妖力制御装置を付け直したのは……!?」

「そう。
……そのチビの金鈷は一般化されている制御装置とは訳が違う。
通常の物質でなく強力な神通力を固形化した【神】のみが施す事の出来る特殊な金鈷───つまり孫悟空の力はそれだけ桁外れだってことさ。
……まだ天界にいた頃からな」

「───え……?」

「ま、自我を失っている間もそっちの奴には懐いているようだからいざとなったらまたそいつに大人しくさせてもらえばいいさ。
───さてと、問題はコイツか。かなりこっぴどくヤられたようだな」

私の方へちらりと視線を向けられた。
なんとなく、ビクリとしてしまったのは仕方がない。一応、これでも妖怪仙人とはいえ、神とはまったく違うのだから……。

「傷は塞いだんですけど失血量がかなり多くて……こればっかりは」

「───まかせろ。この俺に不可能はない」

「神様って皆さんこうなんですか?」

「あ……いえそう言う訳では……」

どうやらこの菩薩様だけが特殊なようだ。

「よし。そこの血の気の多そうなお前!ちょい顔貸せ」

「ンだとコラ!!
神様だか何だか知らねェがえばりくさって……」

悟浄さんを指名したかと思うと、突然襟元を掴んで唇を重ねた。
しかもディープキスというふかあいヤツだ。あ、これ悟空さん寝てて良かったわ。

「……ま、こんなトコか。慣れてンなお前」

「……って何をイキナリ……ッ───!!?」

「悟浄?」

突如フラついて膝を着いた悟浄さんに観世音菩薩は付けくわえたような説明をする。

「……あまり動くと貧血起こすぞ。
今お前の身体から大量の血気を吸い取ったからな」

「あ、そ……先に言えよそーゆー事わッ」

そして壁に凭れかかるように安置されている彼の傍に行くと耳元で何やら囁いた。

「……こーゆーことされて悔しいだろ【金蝉童子】いや……今は玄奘三蔵だったな」

ボソリと言った観世音菩薩の言葉は上手く聞き取れなかった。

「悔しかったら生き延びてみな。自分自身の力で」

今度は彼と唇を重ねる。
数秒置くと、払いのけるように彼の手が観世音菩薩へ振りあげられた。

「!」

「三蔵!?意識が───?」

「……いや、今のは無意識の内で払ったんだろ。
……本当可愛い奴だよお前は。
とにかくこれで輸血の必要は無くなったから。スゲーだろ神様わ」

「……有難うございます」

とりあえずこれで命の危機は免れた訳だが、観世音菩薩はこの【慈悲】は決して善意や道徳心と言う訳ではなく、この旅の真の目的である牛魔王の蘇生実験を阻止する事を完遂させろと命じた。
それだけを言い残すと、連れていた従者の男と共に一瞬にして姿を消した。

「とりあえず、今は三蔵を安静な場所へ連れて行きましょう」

「ええ」

「それと、ちゃんと服着て下さいね。
今は貧血で倒れているとはいえ、危ないのが一人いますから」

「オイそりゃねーだろ八戒。
紫苑ちゃーんそのセクシーな格好で三蔵の為にフラフラな俺の看病ベッドでしてーん」

そんな事を言える元気があるなら大丈夫だろう。
私はとりあえず悟浄さんは無視して悟空さんを抱えると宿屋の中へと戻った。
女子力(物理)とか言うな。


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