- 序章 -
01:導のない世界  


【蘇妲己】には二つの人格があった。
正確には二つの魂が一つの肉体を共有していた。
一つは千年狐狸精と呼ばれる千年を生きる九尾の狐の妖怪の魂。そしてもう一つはこの時代よりも遥か先の未来を生きる女性の魂であった。
狐の魂はこの星の真の支配者となる事を望み、世界と一つになることでそれを叶えた。
女性は狐のいなくなった肉体に残り、その余生を生きる事を決めた。
とはいってももとは人間の肉体を狐が取り込む事で妖怪仙人となった身体は人間の寿命を遥かに越え、いつ死が訪れるかなど解りはしない。
退屈をしない程度にフラフラとして生きていると、既に五十年が経過していた。
人間の一部はすでに世代が変わっており、あの頃は若者だった者達も既に孫を持つ者も少なくはない。
変わらずに傾国とも比喩される程の絶世の美貌を保ったまま、彼女は生き続けていた。
ほぼ悠久の時を得た彼女は気の赴くままに行動し、現世うつしよの人間からすれば幻の存在のようになりつつあった。
傾世玄奘のおかげである程度ならふわりと浮く事が出来るので人の世の中を眺めながら生活をしてはいたがやはり仙界と人間界を行き来出来る存在と言うのは限られており、仙人達は徐々にその姿を人間界から消していった。
最早、彼らには奇跡等必要なく、自分達の足で歩く事が出来るのだからと仙人達はそれぞれの仙人界へと身を引いた。
それも相まって、かつて世界の存亡をかけたレベルの争いなどもなく、平凡な平和が訪れている世界は刺激的な毎日を送っていた過去を持つ彼女にはいささか物足りないようにも感じられた。

さて、今日はこの場所で昼寝でもするか。
そう思いながらスーパー宝貝と言われるこの世に七つしか存在しない貴重な宝貝である傾世元禳をまるで布団代わりの様に体に巻きつけるとうつらうつらと桃の木の上で船を漕ぐ。

───退屈そうな紫苑ちゃんに刺激的な日々をプレゼントフォーユーよ

眠る寸前に、懐かしい声が聞こえたような気がしたが、そんな事を気にする余裕もなくスゥッと眠りへと落ちていった。


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