- 序章 -
02:拾われた場所  


はてさて、此処は何処だろう。
風通しの良い桃の木で眠っていたはずなのに、鼻腔をくすぐるのは線香と畳の匂いだ。
何処か田舎の祖父母宅を思わせるようなその匂いに、思わず懐かしさを感じた。
布団の枕元にはご丁寧に傾世元禳が折畳まれて置かれており、こんな住宅を持つ知り合いはいない事に首を傾げていた。
そんな時、部屋の障子を開けてこちらを見て驚いたように一瞬固まった人物がいた。

「目が覚めたのか」

障子を開けた少年は、金色の髪と紫水晶を思わせるような透き通った色合いの瞳が印象的な美少年だった。
十年後が楽しみである。
此処が何処なのかを尋ねようとする前に、少年は「お前が目覚めた事を伝えてくるから待っていろ」と言って持っていた桶を置いて再び出て行ってしまった。

「ああ、江流の言う通り目が覚めたのですね。
貴女はこの寺の前で倒れていた所を私の弟子の江流が見付けて、そのまま放置しておくのも目覚めが悪いので介抱していたのですよ。
名乗り遅れましたが私は光明三蔵法師と言います」

「ご丁寧にどうも。
私は紫苑と言います」

光明三蔵法師と名乗った男は体調はどうかと尋ねてきたので問題無いと答えておく。
見た目はぽやんとしてマイペースオーラが溢れているが、見た目に反して潜在能力は高いと肌で感じ取れた。その上何処となく腹黒い。

「江流、すみませんがお茶を淹れてきてくれませんかねえ」

「はい、解りました」

江流と呼ばれた少年は一旦お茶を淹れる為に部屋を出て行くと光明三蔵法師は足音が消えたのを確認すると向き直る。

「さてさて、あの子の前では少々話にし辛い所ではありましたが単刀直入に聞きましょう。
貴女は人間ではありませんね」

「そうと解っていて介抱していたというのなら、貴方はとんだもの好きね」

「いやいや、妖怪かとはなんとなーく思っていただけですよ。
その額の紋様の様な痣は妖怪の特徴とも言えますが耳は人間とは変わりありませんし、妖力はかなり抑えていますから並の人間なら気付けませんよ」

「だとしたらとんだ狸ね」

狐の自分が言うのも何だが、化かし合いでもしようというのか。

「いえいえ、それ程でもありませんよ。
あえて言うなら、貴女に多少なりとも興味があったのです」

「何……?」

「隠していても貴女はそこはかとなく強い力を持つようですし、何よりその羽衣は並の人間では持つだけで一瞬にして枯れ果ててしまう程の強大な力を有していますね。それを扱えるだけの存在と言うのは非常に興味深い。是非とも色々とお聞かせ願いたいところです」

「……いつまでもお世話になるのも何なんで、そろそろお暇させて頂きます。
介抱して頂き有難うございました」

「おや、介抱された恩を返さずに行くんですか、そうですかそうですか。
この辺りは比較的穏やかとはいえ野生の獣や凶暴化した妖怪がいないとは言えない場所に女性一人を置いておくのは良心が痛むのでわざわざ女性は尼僧でもなければ招き入れる事は憚られる場所で安全に気がつくまで匿っていたのですがねえ」

「こいつ……」

思わず口角がヒクリと引き攣った。
どうやら私はとんでもない男に引っかかってしまったらしい。


<< 2/8 >>

[ TOP ]



A→Z