- 仙女VS天女 -
01:先生、二度目です。  


トリップも人生二度目となれば驚かなくなったのは良い事なのか悪い事なのか……。
尼僧の格好のままなのが幸いなのか、それらしく振る舞えば一般市民と思わしき人々は手を合わせて一礼してくる。
彼らの格好からして、個々が桃源郷ではなく昔の日本っぽいところだとなんとなく解った。

「ああ、また戦が……」

「此処から近い……この村もいつ巻き込まれるやら……」

耳を澄ませば、物騒な言葉が聞こえて来た。
戦、と言う事は少なくとも江戸時代に入る以前の話だろう。特に戦乱の時代となると源平合戦が有名な室町時代から織田信長が台頭し始める安土室山時代か……代表的なのはこのどちらかだろう。
一度村から離れて周囲の様子を探りに行ったら、動物のように鋭いきゅう覚を持つ私は嗅慣れてしまった血腥さに気付いた。
一里と離れていない場所で争いがあったような夥しい血臭と硝煙の臭いだ。
そちらへ向かえば、もともと村があったのだと解るような焼かれた家屋とそこらかしこに無造作に転がる骸……まさに戦場跡といった風景が広がっていた。生憎、私は帰依した純粋な僧ではないので経を上げたりなんて出来ない。まあ、一応【三蔵】の名をもつあの子でも死人の為に経を上げるなんてことはしないから滅多に聞く事自体ないんだけどね。
死臭の中に、一つだけ生きているにおいがした。
気になりそちらに足を向ければ、女性の亡骸の下敷きになった小さな子供の姿があった。その子は死にかけてはいるが、かろうじて生きていると言った様子で、必死に女性の亡骸にしがみついていた。きっと、この女性が母なのだろう。
見付けてしまったからにはそのままにしておくには後味が悪いので女性の亡骸を退けてその子供を拾い上げた。年の頃は五つ、六つといったところだろうか。私は拙い仙術を使ってその子供に生命力を分け与えた。
あとで、この土地は弔ってやろう。
そう思いながら抱えた子を連れて村の跡地を一旦離れる事にした。
打ち捨てられたような古びた堂を来る途中に見つけていたので、そこでその日は一晩過ごす事にした。
血に汚れた身体を持っていた竹で出来た水筒の水で湿らせ、そっと拭えば少しはまともに見える。
夜も更けるとしとしととした小雨が降ってきたのが屋根を静かに打ちつける雨音で気付いたが、それで子が気付く事もなく眠り続けていた。
漸く朝を迎える頃に目を覚ました子は、見慣れない場所と人物に驚いたように飛び起き、まるで警戒する仔猫のようにこちらを睨む。

「だれだ、おまえ」

「そう警戒することはない。
私はただのしがない尼僧。戦場の跡地でかろうじて生きていた貴方を見つけ、せめて雨風を免れる場所まで連れて来たまでのこと」

「いくさ……」

その言葉を聞いて子はさっと顔色を変えた。戦の事を思い出したのだろう。

「かあちゃん!とうちゃん!」

堂を飛び出した子は雨を含んでぬかるんだ道を走りだした。
雨のにおいである程度の臭いは消されたとはいえ、やはり死臭までは覆い隠せていない。
子は辿り着いた村があった場所で呆然として立ち竦んでいた。
今まで自分が生活していた村が見るも無残な光景となり広がり、父母も最早言葉なき骸となってしまった姿を直視するにはこの歳の子にしてはあまりにも残酷だ。

「か……ちゃ……」

私は子の傍らに立ち、子の母と思われる女性にせめて形だけでもと合掌する。

「私が見つけた時、この女性……貴方の母君は、貴方を守る様にして事きれておりました。
きっと、自らの命に変えてでも貴方を守りたかったのでしょう」

このくらいの歳の子に、人の深層心理や倫理観など語ったところで理解するには難い。だからせめて解り易く、直球の言葉を使う事で母である彼女の事を想像でしか語る事は出来ないが、きっとそう思ったであろう事を伝える。

「か……ちゃ…………かあちゃあああああああああんッ!!」

幼子の悲痛な泣き声は雨の降るこの土地に悲しく響いた。
きっとこの様子では、父君も生きてはおるまい。男であれば戦に駆り出されている事だろうし、このあり様では生存に期待は出来ないだろう。
母の骸に泣き縋る子は、幾多の人間を殺してきた狐をこの身体の中から眺ることしか出来なかった私にも痛々しく感じた。

「せめて、菩提を弔ってやらなければ。
いつまでもこのままでは安らかに眠る事も出来ないだろう」

嫌々と駄々をこねる子を説き伏せ、結局私は一人でこの村の人間達を土葬するだけの質素な墓を作った。泥で汚れた袈裟は後で洗えば何とかなるだろう。まあ、糞雑衣なんてものもあるくらいだし。
全ての墓を作り終える頃には日が沈みそうな時刻となっていた。

「……ありがとう。かあちゃんだけじゃなくて、みんなのはかまでつくってくれて」

「ついで、ですよ」

野花を添えて、手を合わせていると子は私の方をじっと見つめてきた。

「なあ、あんた、おれをつれてってよ」

「……何故です?」

「おれ、みうちなんていないし、これからどうしたらいいのか……ちゃんとはたらけるようになったら、おんがえしはするから……ッ、だからッ」

必死に縋り付いてくる子に一つ息を吐いた。それにびくりと身体を震わせる子に、目線を合わせるようにして身を屈める。

「君を拾ったのは私だ。拾ったからには、君が私を必要としなくなるくらいまでは責任を取るくらいは考えている。
来なさい。その代り、私は厳しいからね」

それを言うと、子は嬉しそうに表情を輝かせた。
さて、自ら面倒事を引き受けてしまったとはいえ、これでは暫くの間は私は桃源郷に戻る事は出来そうにない。
せめて、あちらとこちらが時の流れが違う事を祈って私はこの子が一人立ち出来るくらいには面倒を見てやらねばならなくなった。
……独身の子持ちか。


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