- 仙女VS天女 -
06:涙へ復讐の誓いを。  


何を教えればいいのかと考えているうちに一日が過ぎ、当日となってしまった。
房中術でも教えれば良いのか、と思ったが実際そんな事を教える訳ではなく、男をうまく【その気】にさせる方法というもので良いらしい。変に考え過ぎて男がやめてくれと言うまでの快楽の責め苦を教えればいいのかと言う最低な事を考えていた一日前の私を全力で殴りたい。そうだよ、上級生と言ってもこの子達まだ十五歳くらいなんだからそんなビッチに育てちゃ駄目、絶対。
目出し帽のように顔を全体的に覆っている傍から見れば私は完全に不審者丸出しだ。それには訳がある。特に首や手は年齢が現れると良く言われるが、見られたら私の設定している中年以上の女性という嘘がばれてしまう為暑くとも頭巾も手袋も取れない状態だ。……辛い。これ絶対夏とかは死ぬ。

「大丈夫なのか……」

色んな意味で心配になってきたが今更退く事も出来ないので諦めて初授業というものに挑む事となった。
山本先生による簡単な紹介の後、私は好奇の目を向けてくる多くの女子生徒達を前にぐるっと見渡す。

「山本先生より紹介して頂きましたが、改めましてこんにちは。
私のことはどうぞ妲己、と呼んで下さい。
さて、期間は限定されますが、ここにいる間は私は皆さんにくのいちが最も本領を発揮するとも言える【女】という武器の扱いについてご教授させて頂きます。
余程の筋金入りの意思が強い方でもない限り、総じて男というのは女人に弱いもの。それが絶世の美女でなくとも、男心をくすぐるような仕草、話し方、そういうものを武器に入りこんで情報を手に入れるというのが最も多いと思います。
勿論、外見を磨く事も大切ですが、一番は標的となる男の好みに合わせて理想像を作り上げ、どれだけ自然に懐に入り込めるかが重要となります」

事前にこの授業では町娘に扮して適当な男性に取り入って奢ってもらう事が出来たら合格とかそういうレベルの授業だと言う事を聞いていたので尤もらしい事を口にすれば真剣に聞いていた。

「私はくのいちではありませんでしたが、昔はとある殿方を転がして転がして、傾国と言われる程の影響を及ぼすような【力】を有しておりました故、それを買われて滞在出来る期間は皆さんにその【方法】を伝えられればと思っています」

そう言うと、女生徒達はざわざわとさざめいた。
まあ、嘘じゃないもんな。やらかしたのは妲己だけど、それを間近で見てきて実体験しているから嘘じゃないもんね。
妲己の場合は誘惑の術があったっていうのもあるけど、実際にはとても人間離れした美貌や魅力を感じるような雰囲気を兼ね備えていた、一種のカリスマ性だろう。それをこの子達に教えると言うのは少々無理はあるだろうが、まあやってみるだけなら良いか。

「まあ、今回は初回ですし、何か聞きたい事がありましたら遠慮なく聞いてください」

今回は質疑応答式にしようと提案すれば早速手が挙がった。

「どうぞ」

「妲己先生はどのようにして殿方に近付いて入りこむんですか?」

「そうですね、私の場合は最初は地味な振りをして、後から男性の好みそうな姿を取ってその落差による相手の好みそうな言動で取りいるのがやりやすかったですね」

人はそれをギャップ萌えとも言ったりするがこれは根本的に違う。

「堅物に見えてもそれとなく自然に接触する機会を作れば絆すには時間はかかりませんでしたねえ」

まあ、超が付くような堅物は別だが。
ちょっと身持ちが固い様に見えてたんに抑え込んでいるようなだけの輩なら誘惑の術でイチコロだったのだ。
それから暫くの間は応酬が続き、授業終了の鐘が鳴る頃には女生徒達はどことなくうずうずしているように見えた。
今回は話だけだったが、早くその技術を身に付けたいのだというのが伝わってきた。一番は女を磨く事なのだが、それがたんに美容に気を付けるとかそういうものだけではないのだと言いたかったので良しとしよう。

「一番重要なのは殿方ばかりに気を使い過ぎて同性の敵を作ると言う事を避ける事ですね。
一番痛いどんでん返しは大抵同性からのものですから」

「それは解り易いです」

「それで言ったらあの天女様とかいかにもそれっぽいよねぇ」

「ねー」

【天女様】というワードに思わず反応してしまったが、彼女達の会話はあくまで自分達から見た【天女様】に対しての評価であってそれがどんな人物なのかは人伝手の情報でしかないのだが、今は余りにも材料が少なすぎるので少しでも情報を得ようと耳を傾ける。

「天女様、とは?」

「あれ、知らないんですかあ?」

「今忍玉達が夢中になっている【絶世の美女】の事ですよぅ」

わざとらしく【絶世の美女】を強調するあたり、快く思っていないというのが伝わった。
自分で言うのも何だが、容姿だけなら妲己はそりゃあ誰もが凝視するような美貌と出ると子は出て引っ込んでるところは引っ込んでいる理想のプロポーションを持っていた。容姿だけならともかく、それを上手く利用し、策略的に操るだけの頭の良さと千年もの間に身に着けた実力もあったから余計質が悪かった。
そんな女なら相手にするのは骨が折れるだろうが、聞く話によればただ媚びを売って男へ甘えるようにしな垂れかかるというだけで実際何かを計画しているようには感じられない。
一体何が目的なのか……それが解らない。私としてはきり丸が苦しむような現況を作った原因を一刻も早く排除したいのだが、もしも相手が私と同じような存在だった場合、下手したら学園どころか半径数百メートルは荒野になるくらい激しい衝突が起こる事は必須だろう。まずは情報が欲しい。
私はまずはかの【天女】とやらを快く思っていないくの玉達から特徴とどういう場面を見たことがあるのかを聞くことにした。

「突然半年くらい前に来た女の人ですよ。
なんでも、裏々山に実習に行っていた六年生の食満留三郎が空から落ちてきたその人を受け止めたんですって」

「その人はずっと未来のヘイセイって世界から来たって言ってて、とある使命を受けてこの時代にやってきたけれど内容については時代の改変になってしまうから言えないとか言って、それを忍玉の上級生がやれ可哀想だのやれ利用されるといけないだの学園長先生に無理矢理彼女をここに置くように詰め寄ったんです」

未来、か。ある意味私と同類なのか……私の場合は二千年代からだから中身の私としては同世代当たりだろう。

「でも、実際は何かしているかって言ったらなーんにもしてないんですよねえ。
あ、忍玉達を侍らせてはいるけど」

嫌味っぽく言った女生徒は、本当に嫌だというのが顔に出ていた。
嫌悪する気持ちも解らなくもないが、こうも表に出しては忍びとしては半人前ですよと一言忠告すれば「以後気を付けます」と素直なお返事を頂いた。

「でも妲己先生、天女様は忍玉達には甘い顔して無邪気な振りしてるんだけなんです!
この前この子なんてすれ違っただけでぶつかったとか言いがかりをつけてきてそれを忍玉に言いふらして泣き落とししてるんですよ!?
そしたらそれを聞いた忍玉達がこの子に酷いことして……」

訴えるようにとある女生徒の肩を抱いて捲し立てるように吐き出した彼女と、その当事者と思える彼女は両腕に包帯を巻いて頬には大きなガーゼを貼っていた。
てっきり訓練か何かでやらかしたのかと思ったが、リンチだったとは……私はその子の前にしゃがみ込むとのぞき込むようにして頬に触れるか触れないかというきょりで手を添えた。

「辛かったでしょう……云われもない事で罪を擦り付けられ、数人がかりで男からその身に傷を負わせるなど本来あってはならないこと。
痛かったでしょう、苦しかったでしょう。ここで泣き寝入りをしてしまえばきっとあなたは辛い思いをずっと抱え込んでしまいます」

「だったら、どうしたら良いんですか、先生……」

我慢していたのだろう。
瞳に涙を滲ませながら、彼女は唇を噛みながら呟いた。

「泣いてはいけません。復讐しなさい。ただし、暴力で訴えれば相手と同じに成り下がってしまいます。
最高の復讐は、貴女が幸せになることです」

「幸せ……」

「ええ、そう。相手を赦せとは言いません。
ですが相手と同じことをしては貴女の品格そのものを自ら下げてしまう事に他なりません。ですから、相手に最も大きな影響を与える為には貴女自身が『私の方が貴方よりもずっと幸せなのよ』と見せつけてやる事です。
例え天女様とやらがいたとしても彼女は一人しかいません。今までの話から推測するに、殆どの忍玉は彼女に懸想をしているのでしょう?
比率にしたら十の需要に一の供給ではいずれ調律はとれなくなります。
そこを崩すように、そして貴方達が鼻の下を伸ばしている間に私は貴方達に負けないくらいのものを得たのだと見せつけてやればいいのです」

まあ、これはあくまでも理想論であり現実にはそういかないのが……あえて言うなら獲物は私が刈り取る為にいるのであって下手に横槍を入れられたくないというのが本音である。
それでも耳を傾けてくれていた子は涙を拭いて顔を上げると強く頷いて見せた。

「解りました……私、頑張って強くなります。
それこそ、忍玉達なんかにも術技でも、体術でも、さぼっている人達になんか負けないくらい……頑張ります!」

「それでいいのですよ」

さて、と。迷惑しかばらまいていないような女がどんな奴なのか、そのうち直接自分の目で確かめておいた方が良いかもしれないな……。


<蛇足>アイルランドの諺に
『Don`t cry.Just revenge.
The just revenge is to live well.』というものがあります。
日本語に訳せば『泣くな。復讐しろ。最高の復讐は幸せになること』というものです。
私個人がこの言葉が好きなので使いたくて書いた話でした。

`16.01.12 誤表記を修正しました。


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