- 仙女VS天女 -
05:潜入、成功  


私は学園長に協力を申し出、暫くの間この学園に滞在する許可を得た。
大人の世界はギブアンドテイクの取引さえ成立させればうまく行く事が多い。特に利害の一致があれば尚の事だ。
その間、私は【天女】の情報を与えてもらい、私はそれをもとに彼女にこの学園から【自ら】退いてもらうよう仕向ける事に尽力すると言う事を取りつけた。その間の衣食住は貯めに貯めた貯金を叩いて食住を提供してもらう。あちらからしたら破格の交渉だ。だがそれでは私のメリットがないと言えるだろうが、それは後々説明する事にしよう。
ただの客人としてでは長期滞在するのは怪しまれる為、くのいち教室の外部顧問ということで暫しの間教鞭をとる事となった。とはいっても、受け持つのは五年生以上の上級生で、内容は色事に関わるものだ。まあ、この数十年で妲己のしてきた事を見ていればどうすればいいかくらいは解るようになっていた。喜んでいいのか悲しめばいいのか……。

「西刹院殿にはくのたま長屋にて滞在してもらう。
シナ先生」

「はっ」

呼ばれ、現れたのは黒装束に身を包んだ女性だった。
首に巻いた赤いスカーフと同じくらい赤い口紅がとてもよく似合う凛とした女性だ。

「暫くの間、この方にはこの学園に滞在してもらう。
くのたまの上級生クラスで色に関する授業で外部顧問として教鞭を取ってもらう。くれぐれも、粗相のないように」

「御意」

「西刹院殿、こちらはくのいち教室を担当しておる山本シナ先生じゃ。
何か聞きたい事などあったら頼ると良い」

「御好意、いたみいります」

山本さん……一応臨時とはいえ同業者になる事だし、ここでは山本先生と言う事にしよう。

「くのたまの長屋はにんたまの長屋とは反対方向にあります。西刹院さんは暫くの間はこちらの長屋で生活して頂く事になります」

そう説明してくれた山本先生だったが、私はふと考えた。

「山本先生、【西刹院】は一応法名扱いなのでこれから私が教える事となるものとは相反するもの。
そうですね……この学園内にいる間は【妲己】と呼んでください」

「それは……かの大陸で皇帝を惑わし国を滅ぼしたとも言われる皇后、だったでしょうか」

その言葉に私は緩やかに唇で弧を描くような笑みを浮かべた。
まあ、教師だったら欠片の知識くらいはあってもおかしくないだろう。それはある意味私を示す事には間違いないのだから。

「そのくらいの意趣返しはあっても面白いでしょう?」

「……これ以上沈めないで下さいね」

学園長が方針を決めた以上、それに従うのが大人というものだ。
今の彼女からすれば自らを【妲己】なんて名乗る存在が更に増えた時点で不安要素しかないのだろう。
大丈夫、蟇盆や炮烙や人肉ハンバーグなんてエグいことはしないから。
良い子は意味を検索なんてしたら駄目だよ?おねえさんとの約束だ。
くのいち長屋へと向かう途中、鼻に衝いた臭いに一瞬眉を顰めた。
甘ったるく腐ったような饐えた臭い、とでも言うのだろうか……まあ、一番近い匂いは工事現場なんかにある仮設便所というか、汲み取り車というか、まあそれに近い。どちらにしても便所関係である。それにプラスして硫黄や真夏に放置された生ごみの発行したような悪臭は嗅覚の良い私にはかなりきつく、一瞬で胃酸がこみ上げてくるような嘔吐感に見舞われた。
山本先生箱の臭いに気付いていないのか、平然とした様子で先を歩く。思わず頭巾の布を顔に寄せて臭いを遮断しようとするが、ダメージはかなり大きい。

「こちらが貴女のお部屋です。
中にあるものはご自由にお使いください。何か入用でしたら私に仰っていただければ対応させて頂きます」

「有難うございます。
なら、早速ですが山本先生。その堅苦しい口調はやめにしましょう。
此処にいる間は私と貴女は同僚と言う事になります。同じ子供達に教える立場として、謙遜する必要などないと思いませんか」

「……ええ、解ったわ。
それじゃあ、これからはそうさせてもらうわ。改めて宜しくね」

「はい、宜しくお願いします」

私が教えるという色については五年、六年ともに週に一回行われる。その時だけが私の受け持ちとなり、次の授業は明後日だと言う事を伝えられた。場合によっては授業の枠は組み替えられると言う事もあるらしいが、それは事前に教えてもらえると言う事なのでそれまでは私は基本的に自由にしても構わないと言う事だ。

「山本先生、此処にいる間は私は【妲己】と言う名の若くは無い女性と言う事で通しますので、そのようにお願いします」

その方が油断させやすいだろうし、変に目を付けられるのを避けたい為だ。
山本先生はそれを了承してくれ、その事は山本先生と学園長だけの知るところとしてもらった。まず敵を騙すには味方から、と言う言葉を知っているだろう。忍たまクラスの教師は男性と言う事らしいが、彼らには伝えない。まあ、関わる事も早々ないだろうから構わないのだが、彼らがうっかりでも口を滑らせるか、術中にはまっていないとも言いきれないのでそういうことにしておきたかった。
食事は食堂がある為そこを利用するように言われたが、今日は特別に山本先生が室へと運んできてくれるということだったので甘えさせてもらうことにした。
さて、さて。言いだしたものは良いが、どんな事教えればいいんだ?


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