Training camp - in Irupinet Hotel -:Star
午後からはまた練習。
なので中華街から戻ったら、先ずはホテルに行って変装して、その後ホールにまた向かう。

けど。

「疲れた。」
「あはは・・・ちょっと、足が疲れましたよね。気温も高かったですし・・・」
「えー、そーお?紀伊梨ちゃん全然大丈夫だけどなー!」
「紀伊梨ちゃんは流石ですね。」
「脳筋と一緒にすんな。」
「のう?きん?」
「え、えーと・・・」

そう、疲れたのだ。
実際現在ピンピンしているのは紀伊梨だけで、午前中いっぱい食べていたとはいえ暑い中ほぼずっと歩いていた一同はちょっとしんどかった。
確かに時間が勿体ないという気持ちもあるが、それでもちょっと小休止しようという事になったのだった。

「ねーねー、じゃあ紀伊梨ちゃんちょっとアイス買いに行っても良いー?」
「あんたね、そんな危ない真似すんなよ。」
「えー!」
「・・・紀伊梨ちゃん、アイス、ってどういうアイスですか?何か、欲しいアイスがあるんですか?」
「ううん!アイスだったら何でもOK!」
「そうなんですね。じゃあ、買いに行きましょうか?」
「やったー!」
「マジ?」
「確か、ホテルの中のどこかにアイスの自販機あり、ってHPに書いてあったんです。ですから、外に行かなくても用事は済みますよ。」
「そなの!?やったー!アイス食べ放題じゃーん!」
「いやでも、紫希も疲れてるんじゃないの?」
「まあ・・・でも、ホテル内ですから。外へ行かないなら涼しいですし、仮に自販機が向こうの端にあったとしても、そんなに大した距離じゃないですよ。」
「マジか。」

よく自分が疲弊してる時に人のお守りなんてやる気になるな、と千百合は思う。
スタミナはこの場の誰よりもないんだから、誰よりベッドで休みたいだろうに。

ただ。まあ。

「まあ、そう言うなら行ってら。何かあったらLINEして。」
「はい。」
「行ってきまーす!」

行く、と言い出してるのだから其処は本人の責任。
どうぞどうぞ、と送り出すのも千百合の性格なのだった。




ところで、イルピネットホテルと言うのは所謂ビジネスホテルである。
が、もっと厳密に言うとバジェットではなくエコノミー。つまり、そこそこの価格帯なのだ。(これは、あんまり安いホテルだと治安とかが心配だという親の希望もある。)

つまり何が言いたいかというと。
このイルピネットホテル、所謂「スイートルーム」がちゃんと存在してるのである。

「おおー・・・!」
「凄いですね・・・」

紫希と紀伊梨は、イルピネットホテルの高層エリア。グレードの高い部屋が集まっている階層に居た。

というのも、フロントに聞いたところ高層階のロビーにしか置いてないというので、本来だったら上がる必要のない高層階まで足を運ぶことになったのである。

部屋を取っていないので勿論内装は見えないが、廊下の時点で細かい所ーーーライトや絨毯のデザインが変わっていて、雰囲気が随分違う。

「え、すごいすごい!何かお洒落ー!」
「ああ、しーですよ、しー・・・」
「うお、っとっと・・・あぶあぶ。」

一応どこで誰が聞いてるかわからないので、静かに行こうと最初に決めたのだが、紀伊梨はテンションが上がるとすぐ大声になるので、付き添いは大変である。

「わー、なんかドアもお洒落ー。」
「高級感がありますよね。」
「ねー!何か絨毯もふかふかしてるしー。紀伊梨ちゃ・・・私!私達も、こーいうとこ泊まりたかったなー。」
「あはは・・・やっぱり、お金がかかりますから。」
「お金がかかるって、なんでいけないのー?おかーさんもさあ、子供だけでそんな高いとこ泊まっちゃいけませんー!とか言うし・・・およ?」
「まあ、子供だけですと確かに色々不安も・・・どうかしたんですか?」
「・・・君様の声がする。」
「え?」

いや。
中華街で姿を確認したのだから、この近辺になんらかの用事で今居ても別におかしくはないけれど。

でも、イルピネットホテルだぞ。と、紫希は考えてしまう。
どう見ても、連日お茶の間に顔を覗かせる売れっ子CMスターの泊まる所ではない。幾らスイートと言っても、こう言っては何だが、所詮はエコノミーレベルのビジネスホテルのスイートでしかないのだから。

「あ、ほらまた!あっちの方かなー。」

(思い切り進行方向です・・・)

紀伊梨の指さす方向には、目的のロビーに自販機。
そしてそこに行くまでの間に、もう幾つか客室の前を通り過ぎる。

本当に君島が居るんだろうか。
いや、居たとしても耳の良い紀伊梨だから所在がわかるだけなのであって、別に関わることもなさそうだけど。

と思いながら、自販機目指して廊下を進んでいると。

「ではそういう事で・・・」
「うお、おう!」
「あ、危なーーーー」

今まさに前を横切ろうとした客室の扉が開き、紀伊梨は避けようと後ろに体を引いてよろめいた。

「おっと。」
「お!」
「大丈夫ですか!?って・・・!」

紀伊梨の手を引いてくれたのは、君島育斗だった。
本物だ。コスプレとかそっくりさんじゃあるまい。あの耳の良い紀伊梨が、声がすると言ってたのだから。

「あー!君様だー!」
「こ、こら!」

部屋の中から、別の男が出てきた。
首からテレビ局のスタッフの名札を下げている。

「大声でそんな事を言うんじゃない!というか、何だ君達は!散った散ったーーー」
「まあまあ、そう言わず。」
「君島君・・・」
「そもそも、僕がいきなり扉を開けたのがいけなかったんですよ。危うく転ばされそうになって、挙句に散った散ったなんて、女の子に対してあんまり失礼です。そうでしょう?」
「・・・まあ、君島君がそう言うのなら。」

紫希はホッとした。
危うく騒ぎになるかもしれない所だった。

「君、大丈夫かい?立てるかな?」
「うん!全然大丈夫!」
「有難うございます・・・」
「いや、こっちこそ悪かったね。」

なんて言ってにっこり笑うその姿は、さっきも思ったが本当に本物の君島育斗であった。

「ねーねー、君様もここに泊まってるのー?」
「だ、ダメですよそういう事を聞いちゃ!す、すいません・・・!」
「あはは!いや、僕のホテルは此処じゃないよ。スタッフがここに部屋を取っていて、ちょっと話があったから立ち寄っただけなんだ。重ね重ねすまないね、偶々とはいえ。まあ怪我がないなら何よりだよ。」
「・・・で?君達はこのフロアに泊まってるのかい?」
「うーうん!アイス買いに来ただけー!」
「あの、アイスの自販機が下の階にはないんです。それで・・・」
「なんだ、アイスごときで・・・まあわかったから、さっさと買って、とっとと自分の部屋にーーー」
「落ち着いて下さい。」
「・・・君島君。」
「どうしたんです、そんなにピリピリカリカリと。彼女達は何も悪いことをしていないでしょう?それをそうーーーさも、悪質な子供を追い払うような態度で。感心しませんね、大人が。」

そう言って君島が、紀伊梨の方に向けていた顔をスタッフの方へと向けると、スタッフはちょっとびくついて肩を揺らした後、顔を伏せた。

(・・・君島さんって高校生ですけど、やっぱり、スターですからスタッフさんより偉いんでしょうか?)

年的にはどう見ても君島の方が下だが、さっきから見ていると力関係は君島の方が上である。まあスタッフとしては、自分一人のせいでお茶の間のアイドルと揉めてしまったら大事だと思っているのだろう。きっと。

「さて君達、アイスを買いに来たんだったかな?よし、これも何かの縁だ。僕が奢ろう。」
「お!本当?やったー!」
「え、えええええ!?い、いえ良いです!私達お金も持ってますし、そんなつもりじゃ、」

紀伊梨は喜んでいるが、紫希としてはとんでもない話である。
確かに最初の過失は向こうにあったかもしれないが、結果的に怪我などなかったのだし、そんなお金を出して貰うような事ではない。

しかし君島はテレビで何度も見た笑顔のまま、意見を曲げなかった。

「まあ、そう言わないで。今は少しだけど時間もあるし、迷惑をかけたお詫びだよ。」
「ありがとーございまーす!」
「ええええ・・・・」
「ははっ!君は遠慮深い性格なんだね。でも、そんなに気を使ってくれなくても僕は平気だよ。さ、行こう。」
「おー!紫希ぴょんも行こ行こ!」
「う・・・」

慎重派の紫希はどうしても、こういう時普通の遠慮+芸能人といえど知らない人であるという不安で尻込みしがちである。

まあ、ただ。アイスを売っているのは人目に付くロビーだし、悪い人に見えるというわけでもないし。

「さ、行こうか。その自販機はどこかな?」
「あっちあっちー!」
「あっちだね?よし・・・ああ、そうだ。」

君島は最後に、もう一度だけ振り向いた。

「僕はこれで失礼します。さっき言った件・・・くれぐれも、先方によろしく伝えておいてください。問題があれば、僕が直接応対しますので。」

では、と言って手早く扉を閉める君島。

自販機の方向を見ていた紫希と紀伊梨は、スタッフが少し青い顔をして目を逸らしていた事に気づかなかった。





『怖いの・・・もう、もう二度と、貴方に会えない気がして・・・』
『そんな事ない。二度と会えないなんて、そんな事あるもんか。俺は、君の為なら何だって、何度だって・・・』

「ふあ・・・・」

千百合はベッドに寝そべってテレビを点けていた。

別にちゃんと見てない。
手持無沙汰だから点けてるだけ。

『スポーツは、汗だ。流した汗の分だけ、強くなる。』

「お。」

CMに変わった。

この声。
と思い、上体を起こしてちゃんと画面を見ると、やっぱり。

君島育斗だ。

「ふうん・・・」

確かに。
こうして見ると、体格的にアスリートっぽいというか、ダンスとかそういう事だけではつかない筋肉がついてる。
ように見える。いや、結局よく知らないけど。

(精市とどっちが強いんだろ。)

流石に「高校生」「トップレベルの実力」のカードが揃ってると厳しいだろうか。
いやでも、それでも負けない気もするんだけど、身内贔屓というやつだろうか。

『君島育斗を応援しよう!』

CMの一番最後に、数秒だけアナウンスが流れた。
どうやら、何がしかの大会の決勝が近いらしく、その応援を促しているらしい。

(1週間後・・・決勝、対入吉彼方戦。はーん。)

まあ、千百合は別にどうでも良い。どっちが勝っても。負けても。

「ただいまー!」
「ただいま帰りました・・・」
「ああ、お帰り。」

千百合が扉の方を向くと、アイスを持ってご満悦の紀伊梨と、ややぐったりした様子の紫希が居る。

「千百合ちゃん、これ千百合ちゃんの分です。良かったら・・・」
「ああ、ありがと。別に良かったのに・・・何これ。」

紫希たちが買ってきたアイスは、至って普通の自販機で手に入るアイス。
アイス本体に棒が付いていて、紙に包まれているからそれを剥がして食べるわけだが、その紙に何がしか書いてある。サインペンで。

「ふっふーん!」
「?」
「何と何と!紀伊梨ちゃん達は!上の階で、君様に会って来ましたー!」

Vサインをする紀伊梨。

「・・・・・はあああああ!?」
「あの、ここの上の階にスタッフさんが泊まられてるらしくて、偶々鉢合わせたんです。紀伊梨ちゃんにぶつかりかけてしまって、お詫びにアイスを、って・・・」
「良いっしょ良いっしょー!アイスにサインまで書いて貰っちゃったんだよー!」
「ああ、これサインなの?何かと思ったわ。」

残念だが、この手の事にとんと疎い千百合はサインと言われても落書きにしか見えない。
多分それと言われなければ何も知らずにゴミ箱にポイしただろう。いや、サインだってわかってもするけど。興味ないし、色紙とかなら兎も角アイスの包みだし。

「ま、何にせよお疲れ。」
「はい・・・」
「お?お疲れ?紫希ぴょん疲れちゃった?」
「あはは・・・ちょ、ちょっと体力的にというか精神的に・・・芸能人に直接会うなんて、初めてで。」
「ま、普通はないよね。」
「えー?でも疲れるかなー?」
「ご、ごめんなさい、知らない人は苦手で・・・」

各々アイスを食べながら会話に花を咲かせる。
CMはとっくに終わっていた。






「はーあ、くつろぐ〜・・・・ん?」

棗がベッドに寝そべっていると、携帯が鳴った。

「・・・・おおw」

発信者を見て笑うと、そのまま通話ボタンを押す。

「はい、もしもしw」
『もしもし?えー・・・黒崎?君?の携帯ですか?』
「はい、いかにもw俺がビードロズの黒崎棗ですよw丁度良かったw」
『丁度良い?』
「こっちから連絡しよーかなーとも思ってたのよwどうせ今から時間だしw」

棗は時計を横目で見て、笑みを深くした。



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