First RAINBOW FESTA:Idea


「皆今日はお疲れ様〜!」

相変わらず高いテンションの、皐月の声がワゴンに響く。

正直言って、疲れてる時は大きくて高い声が頭に響くんだなあ・・・なんて思いながらワゴンに乗り込む千百合と棗は、もう体力を使い果たして満身創痍。
へろへろの体で座席に乗り込むと。

「・・・わ。」
「千百合?」
「・・・え、ちょっと待って。ごめんちょっと。」
「どうしたんだい?どこか痛い?」
「痛くはないけど・・・」
「けど?」
「・・・体が動かない。」

もうこれ以上、ぴくりとも動けません。
千百合の体がそう言ってるのである。

幸村は笑うかなと千百合は一瞬思ったが、優しく微笑んだだけだった。

「お疲れ様。無理もないよ、今日は一日ずっと頑張っていたんだから。」
「野外の後遺症って奴かねw俺も四肢がしんどいwもうやだw」
「たるんどる!お前達は鍛え方が足らんのだ、そもそもーーー」
「あはははは!真田君おもしろーい!」
「お・・・面白い!?」
「男の子は兎も角、女の子は鍛えないものだよ?かよわい女の子を守るのが鍛えてる男の子の仕事なんだから、当然でしょ?」
「む・・・・」

(あれは素なんか?)
(ううん。多分弦一郎に合わせて、納得しそうな話を振っているだけだと思うよ。)
(こういう時は助かるな。)

皐月はこういう所が流石に大人というか、あしらわねばならない時に子供をあしらう術を心得ている。
皐月が来てくれて良かった、と幸村は思った。竣介だったらここまで華麗にいなしてくれたかどうか。
真田のこういう所は友人として決して嫌いじゃないけど、「今」「千百合に対して」この手の嚙みつきは止して欲しい。

「皆乗った?よし、じゃあしゅっぱーつ!柳君、ナビよろしく〜!ごめんね〜!」
「いえ、平気です。」

ぶーんと軽快に発車するワゴン。

びゅんびゅん後ろに流れていく景色。
皐月の気に入りのPOPSの調べ。
そしてこの揺れ。

眠い、と千百合が思い始めるのに数分もかからなかった。

(きっつ・・・)

「千百合。」
「ん・・・・?」
「眠いかい?」
「眠ったら良い。」

助手席から柳の声が飛んできた。

「心配しなくても、今日は盗撮するような人間は居ない。」
「む、いや黒崎棗が・・・おい、黒崎。黒崎?」
「おねんね中じゃき。」
「zzzzz・・・」
「え。兄貴寝てるんだ。」
「あはは。流石に起きていられなかったみたいだね。」
「えー、棗君寝てるの!?一番に!?うっそー、おばさん初めて見たよー!って、運転してるから見られないんだけどー。」

びっくりしてちょっと目が覚めた。千百合も生まれてこの方何度かしか見たことがない。棗が自分より先にバタンキューしてるなんて。

「今日も暑かったもんねー!そんな中で頑張ったんだから、疲れちゃうよね。皆も、見てるだけでもしんどかったんじゃない?長時間ずーっと屋外に居たんでしょ?」
「いえ。俺達は左程疲れていません。」
「いつも、一日外でテニスですから。今日は、いつもより楽なくらいです。」
「うっそー!本当!?おばさん信じらんなーい!」

千百合も信じられない。
運動はしていなかったとはいえ、今日一日こんな暑い中ずっと外をうろつき、ろくすっぽ座らないでぴんしゃんしてるとか。

「・・・・・」
「うん?どうしたんだい?」
「ううん・・・」

知っていたつもりだったのだが、幸村はいつの間にこんな体力自慢になったんだろうか。
元々そうだったが、中学に上がってから加速度的に磨きがかかってる気がする。

見た目にはとてもそんな風に見えないし、見た目通りに優しくて穏やかな幸村に向かって、やっぱりこの辺が男子なんだなあ、なんて。

(私はどうなんだろ。)

年を経て少しは女らしくなってるんだろうか。
どうもそうは思えないけど。

昔よりおしゃれに抵抗がなくなってきてるのは感じる。
スカート履けって言われたら履けなくはないし(それはそれとしてあんまり好きじゃないが)、今日の衣装みたいにミニスカとかも成り行きで履くこともあるし。も幸村ほど成長が著しいかと言われるとそれも疑問。

というか幸村は昔から色々完璧すぎて、もう成長する余地なんかないだろと思っていた。
けど段々男らしさという点が出てきているような気がする。まさかこの方向に来るとは思ってもみなかった。いや、ある意味成長の方向としては、何故考えなかったのかと言われてもおかしくないほど妥当な気がするけど。

これから先、幸村はもっと男らしくなっていくんだろうか。
ちょっとどうやってなのかは、想像力が貧困すぎて例えが出てこないが。

(男らしい・・・やっぱ力とかかな、後は・・・)

「・・・千百合?」
「ねえ、精市。」
「うん?」
「精市って、手でリンゴ潰せるっけ。」
「え?」

唐突に何の話だ、と思いはしても、取り敢えず聞かれた事の返事をする。

「どうしたんだい?急に。やってみようとした事はないし、多分、やってみても出来ないと思うけれど。」
「これから予定は。」
「どうかな・・・そもそもしたいと思ってないし。仮に出来るようになっていても、気が付かないかも。」
「ふうん。じゃああれ買ったことある、あの・・・」
「うん?」
「ごめん、単語の名前が出てこない。あのー・・・えー・・・ああ、あれだ。グラビア雑誌。」

全員がぎょっとして振り向いた。
皐月でさえも、いけないと思いつつコンマ1秒目が横を向いた。

幸村も流石に目をまんまるにした。一瞬だけ。

「・・・千百合。」
「何。」
「眠いんだね?」
「眠くない。」
「あはは!」

あまりにもそうは見えなさ過ぎて、幸村は思わず笑ってしまう。
何でこんな話振ってきているのかわからないが、千百合は間違いなく半分以上寝ている。

「買ってないし、持ってないよ。」
「えー嘘。」
「本当だよ。なんなら、家探ししてくれても構わないよ?」
「いつ買うの。」
「予定はないかな。別に欲しいとも読みたいとも思わないし。」
「見たくないの。」
「ううん、見てもどうとも思わないから。強いて言うなら、人体デッサンの参考になるかな程度で。」
「えー、マジで。」

自分の想像力では、幸村に足りない男らしい部分ってもうこの辺しか見当たらないのだが。
まさか幸村に限って、オラつくようになんてなるわけがないし。

ああでもほんの少し、後もうちょっぴりだけオラつきというか強引さはあっても良いかもしれない。そうしたらこの前みたいな、喧嘩かどうかもよくわからないような、気の詰まる状況に陥ることもなかっただろう。

まあ、演奏でミスった自分が言えた義理じゃないけどな。

「・・・千百合、本当に気にしているね。」

ああまあ、気にしてるっていうかね。それそのものがっていうより、ノーミス出来たらしようと思ってた事がさ。ふいになってさ。
まあケリがつくのが先延ばしになった感はあるけど、先になったからこうして気楽にしてられるのも大きいからまあ。まあまあ。

「・・・もしかして、謝罪を受けようと思っていたのかい?もしも、ミスしないでクリア出来たら。」

しません、するか。
出来たらねだろうと思ってたの。

「・・・何を。」

そりゃあこないだ貰える寸前までいって土壇場でキャンセルされたあれをだよ。


ゴトン


と音がするような勢いで、千百合は倒れこむように眠った。
正に「落ちた」というような感覚。気絶に近い。

「なんぞ音がしたが、大丈夫なんか?」
「ああ・・・ベースのケースに、ちょっとぶつかったんだよ・・・起きないけれど。」
「・・・相当くたびれているな。」
「やー、だって今日この暑い中、2回もやったんでしょー!?そりゃあ疲れちゃうよねー。」
「すみません、そこを左に。」
「え?でも此処は、」
「ナビでは直進ですが、ここは曲がる方が近道です。」
「そーなんだ、知らなかったー!柳君さっすがー♪」

会話が続く車中で、幸村は千百合を支えつつ、珍しく内心で混乱していた。

ノーミス演奏出来たら。
ねだろうと思っていた。
この前寸前までいって。
土壇場で取り上げられたもの。


それってキスの事だろうか。


謝罪とか要らないと言ってたし、不快に思っていないことは分かってはいた。
でも幸村は相手が許してくれてるからといって、自分本位でぐいぐいこういう事を進めていくのは嫌だった。性格的にそういうスタンスは合わないし。


それに何より、自分は千百合を守りたい。


だからそんな自分が千百合を傷つけるような真似をしては、本末転倒も良いところだと幸村はずーっと思ってきた。
過保護だ過保護だと千百合は言うが、千百合は全然わかってないと思う。自分という存在が、幸村にとってどう見えているのか。

だから幸村は、努めて自制心を持って千百合に接してきたつもりだった。
千百合は自分を好きでいてくれていると思うし、だからこそ千百合は持ち前の外弁慶気質で色んな事を許してしまうから。

でも「許す」を通り越して「そうして欲しい」まで辿り着くと、それは話が大分変わってくると思う。

グラビア雑誌は興味ないけど、幸村だって健全な男子なんだから、好きな女の子からキスして欲しいと思われたらそれは嬉しい。
嬉しいだけじゃなくてドキドキするし緊張するし、本当に良いんだろうかみたいな二の足を踏む気持ちーーー普段なら絶対抱かないような、怯えに似た気持ちを覚える。

でもそのくせ、同じくらいしたい気持ちもある。
我ながら陳腐な表現と思いつつ、これほど文字通り甘美な誘惑と言えるものも世の中にあるまいと思える程度には。
この強烈な自己矛盾は幸村の人生において、テニスに関わる時か、もしくは千百合に関わる時かしか感じないもので、幸村はこういう時、ああ自分はこの子に恋をしているんだなと強く実感する。

「・・・・俺も頑張らないといけないな。」

誰より愛しい彼女のために、出来る事はまだ沢山ある。
それこそ、先日みたいな事は何度も繰り返したくはない。どんなに頑張ったって自分は人間で千百合も人間だから、これから一生トラブルを避けて通り続けるみたいな真似は出来ないけど。でも、それに向かって努力は出来るはずだし、しなくちゃいけない。

これもテニスと同じ。
どんなに自分を割いたって、譲れないからまだ足りない。

千百合に思いを馳せながら、車に揺られる幸村は気づかない。
自分の呟きを聞いた同乗者達から、これ以上何にどう磨きをかけるつもりなんだと内心で突っ込まれていた事なんて。

5/5


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