First RAINBOW FESTA:Idea
「zzz・・・・・んが!」
ガクン!と車体が揺れて、一瞬呼吸のリズムが崩れる紀伊梨。
だが、一瞬だけ。
「・・・・zzzz・・・・」
「・・・紀伊梨、起きなさい。お友達も居るのに、失礼だぞ。」
「お、おじさん!紀伊梨ちゃんはその、今日は凄く頑張ったので、寝かせてあげてください・・・」
「別に眠っていたところで、我々の中に気を悪くする者など居りませんよ。」
「そもそも寝てるとか、授業中とかで今更だし?」
「ブン太は起こしてやれよ・・・」
「起こしてもすぐ寝るんだよ。」
娘の学校での生活態度の惨さを、娘の友人経由で聞かされる・・・なんていうのは、紀伊梨の両親はもう慣れっこである。昔から過ぎて。
「・・・皆は、紀伊梨と同じクラス・・・」
「俺だけです。後は皆、五十嵐とは別。」
「・・・確かにそうですね。」
「柳生君?」
「ああいえ、少し改めて感慨深くなってしまいまして。私などは思えば部活もクラスも、ビードロズの皆さんとは違うんですね。」
「はは。確かに、一緒に遊びすぎてあんまりそんな感覚はないな。」
「そうですね。まだ初めて会ってから、半年も経ってないのに・・・」
「そうそ!なんか、結構前からずっとこうしてたみたいな気がする。」
「・・・・・・・・」
(・・・おじさん?)
そう。
という竣介の呟きが、この場で起きている人間で、ただ一人竣介の声をよく知っている紫希の耳だけが拾った。
そうしてもっとよく聞こうとして、一番後ろに居た紫希はちょっと伸びあがったのだ。
「おじさーーー」
「おっと、野良猫ーーー」
「え!?」
キッ!と軽く音が鳴る程度には急なブレーキを踏まれ、乗っていた一同はそこそこ大きく揺さぶられた。
後ろで紀伊梨のギターケースが、ガン!とどこかにぶつかった音がする。
「・・・ごめん、急ブレーキを・・・皆、大丈夫だった・・・」
「少々、驚きました・・・ですが、大丈夫ですよ。」
「俺も大丈夫ですけど・・・ブン太、春日?」
桑原は後ろを振り向くが、いかんせんもう夜なのであまりよく見えない。
「大丈夫か?」
「おう、平気平気。俺はな。」
「いたたたた・・・」
「って、お前大丈夫じゃねえの?どっか打った?」
「だ、大丈夫です・・・ちょっと姿勢を変えた直後だったので、びっくりしただけで、す・・・」
「・・・どうした?」
「あ、な、何でもないです、はい。」
今紫希は3列あるワゴンの、一番後ろの列に丸井と座っている。
が、実はこの列、正確に言うと2人だけではない。人間は乗っていないが、紀伊梨のギターや衣装ケースなどの荷物が乗っているのだ。
勿論竣介は、出来る限り広く乗れるように荷物を寄せて積んでくれていたのだが、それが今の急ブレーキでちょっと動いてしまった。
今、紫希は元の位置に座り続けるために、腕と体で荷物を押しておけないといけない。
それに対して何でもない風を装う紫希だが、それに気づかない丸井でもなく。
「・・・なあ、荷物崩れそうなんじゃねえの?」
「えっ!」
「本当ですか、春日さん?」
「あ・・・ああ、そうだ・・・ごめんね紫希ちゃん、おじさん、何も考えないで荷物の一番近くに・・・」
「い、いえ、良いんです大丈夫です!寧ろ私で良かったです、選手に徒に負荷をかけるわけにもいかないので・・・」
「もうちょいこっち来たら?」
「え?」
「だからさ、それが浮いてるからお前が支えなきゃいけないわけじゃん?だから、それが座席に降りるくらいスペース空けてやったら良いんじゃねえ?」
「え、で、でも・・・」
そうは言うが、それをしようと思うと結構ズレなければいけない。
目算してみる。
うん。
「・・・無理がありそうなので、このままで・・・・」
「え?何でだよいけるって。」
「いえ無理ですよ、」
「でーきーる。やってみろい。」
「・・・・・・」
にじ。
とちょっと移動してみる。当然、ちょっと過ぎてほぼ無意味。
「もっとこっち来いってば。」
「・・・・」
「もっと。」
「・・・・」
「んー・・・」
埒があかない、と判断すると丸井は次の行動に踏み切るのがとても早い。
手招きをやめて、ちょっと目を眇めるようにして数秒。
直後。
「よい、」
「え、」
「しょ!」
肩を抱かれたと思った、次の瞬間にはもう引き寄せられる。
止む無く紫希の手が離れた荷物は、ゴト、ゴトン、みたいな音を立ててバランスが一時崩れ、当初の予定通り荷物は紫希の腕でなく座席に着地した。
そして紫希は、丸井に肩を抱かれたままもう元の位置には戻れなくなった。
というか、今居る位置よりあっち側にいけない。つまり、ずっとこのままで居るしかない。
「・・・・・!」
かああっと顔が赤くなっていくのが自分でわかる。
え、嘘。そんな事あっていいのか、駄目だろう。
これはあまりに恥ずかしい。いくら何でも近すぎる。何年も一緒に居る幸村や棗だって、こんなに近かった事はない。
というか、丸井は何かこういうのが多いのだ。男の子の友達とずっと一緒に居た紫希にも、経験がないような事を平気でしてくる。
いやでも。前パーソナルスペース近いって話はしたけど、これはあまりにもあんまりでは。
「あ、あの、」
「何?」
「あの、せめて、せめてというか、離してくださいもう大丈夫ですから、」
「駄目。」
「どうしてですか?」
「お前、元に戻ろうとしてまた荷物押したりしねえ?」
「・・・・・・」
「ほーらな。だから駄目。」
「辞めてください、お願いですから!」
「なんでそんな嫌がるわけ?」
「だって、その、あの、ええと、」
(丸井君・・・)
(嫌だとかそういう問題じゃないだろ・・・)
桑原と柳生はさっきから聞いているが、聞いているだけで助けない。
というか、助けられない。紫希には気の毒(?)だが、荷物から逃れるには丸井の言う通りにしているしかない、というのも現実なのであるからして。
紫希の心情に寄り添うなら好きにさせてやれよと言ってやりたいが、男子として女子に荷物の支えに戻れと進めるのはなかなか難しい。
一方の紫希は、どうにかしてこの状況を処理しようと頭を働かせていた。
(なんで嫌がる・・・なんでと言われても・・・)
そもそも確かに、どうしてそこまで逃れたいのかと言われると、きちんと自分でも整理できていないかもしれない。
どうして?それは恥ずかしいから。
ではどうして恥ずかしい?男子だから?それって女子とどう違うの?
生真面目な紫希は、段々哲学のような思考にはまりだしてくる。
「えと、えと・・・その・・・」
「うん。」
「・・・・わ・・・・」
「わ?」
「私が、馬鹿だからです・・・多分・・・」
「「「は?」」」
これは柳生も桑原も振り返った。
何。なんて言った、今。
「・・・え?どういう話?」
「あの、私、その、馬鹿なので、」
「・・・ので?」
「ええと、多分その、同じことをされても、紀伊梨ちゃんも千百合ちゃんもこんなに動揺しないと思うんです、」
(まあ確かに、その2人は・・・)
(ですがこの場合、どちらかというとそのお2方の方が特殊な例でしょうが。)
「だから?」
「だから、ええと、こんな風に戸惑うの私だけだと思うので、でもどうしてって言われると、その・・・あの・・・う・・・い・・・」
「ん?」
段々声が縮んでいく紫希に、丸井はぐっと顔を近づける。
桑原も柳生もそういう所なんだって、と内心で言いはするが、多分言っても響かないのも知っている。
「い・・・い・・・」
「い?」
「・・・意識、して、しまう、ので、やめて、下さい・・・・」
蚊の鳴くような声だった。
間違いなく丸井以外に聞こえていない声。
これが夜の、走行中の車の中で、本当に本当に本当に良かったと紫希は思う。
走行音が、この暗さが、自分の発言とか真っ赤になってるであろう顔をマスキングしてくれる。
わかっているのだ、丸井に他意がない事なんて。
わかっているから猶更恥ずかしい。他意がない相手に向かって意識してますとか、自意識過剰乙免疫なさすぎと思われるのが関の山でしかない。
わかってるけど、言わないと分かってもらえないのなら言うしかない。
自分は馬鹿なんです。貴方が純然たる友情から私にこうしてくれてるのは、分かっています。でも私は馬鹿だから、それを分かった上で友情以上の何かを感じてしまって、一人で恥ずかしくなってしまうんです。ですから、お願いだからやめて下さい。これ以上自分を馬鹿にしないで下さい。しんどいんです、後生ですから。
「・・・・・・」
「・・・・あの・・・・」
「・・・ああ、」
「・・・!あ、有難うございます・・・!」
良かった。離してもらえた。
ぴょんと音がする勢いで体を離して、荷物にへばりつくようにする紫希。
それでもさして離れてないけど、あのままよりは数倍良い。
ああ安らぐ。心が落ち着く。
ふう・・・と安堵の息を吐く紫希の斜向かいでは、桑原がそれこそ隣の柳生にしか聞こえないような声で、えええ・・・・と呟いていた。
(どうかしましたか?)
(いや、どうかっていうか・・・ブン太が手を離したと思って・・・)
(それは・・・離さないと思っていた、という事ですか?)
(ああ・・・離す離さないっていうより、基本的にブン太は自分のやりたいようにしかしないから・・・)
桑原はこういう時、紫希こそウィザードの名に相応しいんじゃないかと思う。
何を言ったんだか知らないが、たった一言で丸井を折れさせる事が出来るなんて。
(しかも、何かやたらに大人しくなってるな・・・)
(丸井君の顔は・・・あれは、所謂何か考えている顔、に当たるんでしょうか?)
(いや、あれは考えてるっていうより、多分・・・)
(多分?)
(・・・何か感じてるんだと、思う・・・何なのかは知らないけどな。)
丸井とは親友なだけに流石というか、桑原の予想はドンピシャであった。
丸井は今、未知の感覚に戸惑っていた。
「・・・・・・」
はっきり言おう。
自分は人と距離を詰めることに躊躇いがない方の人種である、という自覚はある。世の中、自分ほどぐいぐいはいかない人間の方が、どちらかというと多いであろう自覚も。
もっともっとはっきり言うと、だ。
紫希みたいな反応は、丸井にとって非常に慣れたものであった。
意識しちゃう、ドキドキしちゃう、その気になっちゃう。近づいて行った女子がそう感じているのであろう場面に、丸井はもう何回も何回も居合わせた。
でも、それに対してそんなに戸惑いを覚えた事はない。
相手がどう思うかと自分がどう思うかは別なので、囃し立てられても自分はそんな気ないしなあで流せたし。
だから今だって同じの筈だった。ごめんごめんちょっと近すぎた、って言って笑って謝ったら、相手もきっと許してくれる。
ずーーっとそうやってきたのに。
『・・・意識、して、しまう、ので、やめて、下さい・・・・』
「・・・・・・・」
ああ何で。どうして。どうしてだよ。
生まれて初めて言われたみたいに、どうして良いかわからない。久しぶりだこんな感覚。下手すると、人生初かもしれない。
「・・・ええと、ごめんね。此処からどう行ったら・・・」
「あ!ええと、このまま直進して、突き当りを曲がったら俺の家です。そこから道なりにもう少し行くと、ブン太の家で・・・柳生の家は?」
「更にもう少し先ですね。なので、桑原君の家が最初になります。」
「わかった・・・」
もう家が近い。
近くて助かった、と各々が各々の理由で思った。
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