First national convention:Speak out
棗の読みは流石の精度で、紀伊梨は入浴を終えると誰より先にあっさり眠り始めた。
とはいっても、元々今日は千百合も言っていた通り遊びに集っているわけではない。
明日は全国大会という事もあって、皆入浴後はもうさっさと寝てしまおうかという事になった。
棗は別室をあてがわれ、紫希の寝室で紀伊梨と千百合と4人で可憐は眠っていた。
が。
「・・・・ううん・・・・」
可憐はむくっと起き上がった。
喉が渇いた。
下のキッチンで水を飲もう。
と。
「・・・あれ?紫希ちゃん?」
紫希は布団に居なかった。
手洗いかどこかかな、と思いながら可憐が階下に降りると、紫希は誰も居ないリビングで何か書いていた。
「紫希ちゃん?」
「え?あ、可憐ちゃん。どうなさったんですか?」
「あ、ううんっ!私、お水貰いに来ただけなんだけどっ!紫希ちゃん何してるの?」
「私、ちょっと詩を。日課なんです、でも今日はデスクを点けてると、皆を起こしちゃいますから。」
そうか。
そうだった、紫希は作詞担当なのだった。
そこから可憐は、結局ごたごたのあまり、ビードロズにろくすっぽフェスの事を話せていない事を思い出した。
「ご、ごめんね紫希ちゃんっ!皆にもっ!」
「えっ!?ど、どうしたんですか急に、何を謝ってるんですか・・・?」
「違うの私、フェスの感想全然ちゃんと言えてなかったなって今気づいてっ!その・・・あの日が今のごたごたの始まりだったから・・・」
「そうだったんですか・・・」
「うん・・・あっ!でも、演奏の時は普通だったから、ちゃんと集中して聞いたよっ!あのねーーーー」
「ああっ!ちょ、ちょっと待ってください、ストップで!」
紫希は可憐の口を軽く抑えた。
「あの、言って下さるのは凄く嬉しいんですけれど、出来れば明日の朝に・・・」
「明日の朝っ?」
「はい。どうせなら皆で聞きたいですし、それに・・・フェスの日、ステージで頑張ったのは紀伊梨ちゃんたちですから、私だけ先に言葉を貰うのはちょっと気になるというか。筋が違う、って気がするんです。」
「あ・・・・」
可憐は気づいた。
紫希はなんというか、自分の立ち位置をバンドにおけるサブ、サポートだと思っているのだ。
勿論それはそれで大事なんだけれど、メインではない。ギターボーカルが居ればそれだけでステージは成り立つが、作詞担当一人だけではフェスでのステージは成り立たないのだ。
自分に似ている。
マネージャーは大切な存在だと思うけれど、マネージャーだけ居ても全国には行けないのと同じ。
「・・・凄いねっ。」
「え?」
「あの、演奏の話じゃなくてっ。ビードロズってこう、グループとして凄く統制が取れてるっていうか・・・一枚岩なんだなあって感じるのっ。私、自分が大勢の中に所属して、それが凄い事なんだって最近やっと分かったんだっ。」
それぞれが自分のポジションをしっかり弁えて行動できる。それが出来る組織は、もうそれだけである程度の強さを約束されている。
その上で+αが出来れば勿論もっと良く、ビードロズはきっとそれが出来ているのだろう。
紫希は可憐の言わんとしてる事を感じ取って、ちょっと苦笑した。
「そう言って頂けると嬉しいですけれど、私は特に役に立ってるわけじゃ。紀伊梨ちゃん達が凄いんです。」
「そんな事ないよっ。紫希ちゃんだって凄いから、ビードロズはちゃんと回ってるんだと思うっ。本当に・・・・」
「・・・可憐ちゃん?」
「・・・皆凄いね。私、今日一日で皆が凄く偉いなって思ったよ。紀伊梨ちゃんも千百合ちゃんも・・・あんなに悩みを抱えながらあんな凄い演奏が出来るなんて、知らなかった。」
自分とは居るフィールドが違いすぎて比べるとかそんな事考えた事もなかったが、それこそ綽綽余裕で凄いことをやってるように見えるのはビードロズに対しても同じだった。
千百合はあんな素敵な恋人が居るなんて凄いなあ、とは思っていたけど。それが大人数と常に競り続ける事と繋がっていることを初めて知った。
紀伊梨は誰がどう見てもアイドル足りうるだけの資格があると思っていた。まさか恋をしてない、なんて理由でプロダクションから門前払いを食らってるなんて夢にも思わなかった。
「・・・ねえ紫希ちゃん、聞いても良いかなっ?あ、駄目なら全然良いんだけどっ!」
「ふふ、大丈夫ですよ。どうしたんですか?」
「・・・紫希ちゃんは、誰かを好きになった事があるっ?」
それは。
紫希が時折考えつつ、未だに結論が出ない事の一つ。
「・・・そうですね、一応・・・初恋は小学校の時かな、って思うんですけれど。」
「へえ・・・でもそうだよね、私も初恋はそう・・・って!ご、ごめんっ!もしかして、幸村君とか棗君ーーー」
「ふふふっ!大丈夫です、全然違う子ですから。」
「あ、そうなんだ良かった・・・」
ふう、と息を吐いた。
迂闊だった。自分は仲の良い友達というと、小学校の頃は女子onlyだったのですっかりそのノリで話を振ってしまった。紫希は昔から幸村や棗や、恋してもおかしくない男の子が近くに居たのだ。
「どんな子だったか聞いても良いっ?」
「はい・・・でも、お話しできることがそんなに無いんです。隣の席の子で・・・筆箱を忘れてしまった時に、鉛筆を貸してくれたんです。私が忘れた、って言う前に気づいて貸してくれて・・・」
「へえ・・・優しい子だったんだねっ。」
「はい。誰に対しても優しい人でした。」
懐かしい。
遠い日の記憶。
今はもう未練も何もなく、ただほんの少し甘酸っぱいだけの思い出としてそこにあるだけだけど。でも自分の初恋はいつか、と聞かれたら紫希にとってはあれがそうだったと思う。
「可憐ちゃんの初恋も、聞いても良いですか?」
「あ、うんっ!でも、私も実は似たような感じで・・・そんなに話せることないんだよねっ!えへへ・・・」
「いつの頃でしたか?やっぱり、小学校ですか?」
「ううんっ!私、幼稚園だったなあっ。その日偶々お父さんもお母さんもなかなか迎えに来れなくて・・・いつもとっくに家に帰れる時間なのにって思って、寂しくなってたら、一緒に遊ぼうって声をかけてくれた子が居たの。」
「わあ・・・!素敵な子ですね。」
「うんっ。凄く良い子だったよっ。会いたいとかは今は思わないけど、元気かなあ・・・」
そう言う可憐の目には、本当にもう恋の色はない。
初恋ではあるけれど、可憐の中ではそれはもう終わってしまって、完全に昔の1ページなのだ。紫希にとっても初恋がそうであるように。
さっきの目とは違う。
「・・・可憐ちゃんが・・・」
「えっ?」
「あ!ご、ごめんなさいなんでもないんです!気にしないでください!」
「そんな事言われても気になるよっ!良いから言ってっ!」
「でも、」
「良いからっ!本当に今日は・・・色々全部話したから、今更言われて困るような事なんてないよっ。」
「可憐ちゃん・・・・」
本当に。
なんならちょっと、情けなさすぎないかと思うところまで話してしまったけれど、なんだか不思議とすっきりしている。
「・・・・その、答えにくければ良いんですけれど・・・」
「うんっ。」
「・・・初恋と、今忍足君を好きな気持ちって、やっぱり違うと思いますか?」
初恋に対して、そうーーー言うなれば、本気の恋とでも呼ばれるべきものに紫希はまだ経験がない。ないゆえに、初恋とどう違うのか、がピンと来ないのだ。
紀伊梨は初恋がまだだし、千百合は幸村が初恋だし。
「・・・・うん、そうかなっ。違うと思うっ。」
「そうなんですか・・・」
「私の場合、忍足君と普通に友達だから、っていうのが大きいかもっ。滅多に話さないクラスメイトと友達だと、やっぱり話す回数とか一緒に居る時間が違うから・・・それがなくなったら、って思うとやっぱり・・・ううん、上手く言えないけどっ。」
「いいえ・・・分かります。分かります・・・」
友達を好きになるという事は、滅多にしゃべらないクラスメイトを好きになる事とは違う。
どちらが本物だとかそういう話ではなくて、単純に積み重なる時間は友達の方が当然多くて、その分だけ温かい思いは増えていきやすい。
憧れのあの人への恋が希望をくれるものだとすれば、友達へのそれは日常をくれるもの。
最早可憐の中学校生活でかけがえのない人である一人である忍足を失ったら、自分はどうなるんだろうかと可憐も考える。
それでも毎日を過ごしていくしかないのだろうが、それはもう前の生活にはなれないのだろう。
それに何より、もっとシンプルな事。
傍に居れば居るほど、その人の素敵な顔を見つけて、その分だけ好きになっていくという単純かつ強力なロジック。
「私・・・」
「可憐ちゃん?」
「明日からも頑張るねっ。明日にはもう氷帝に戻るけど・・・今夜、湘南に来れて良かったよっ。」
「・・・可憐ちゃんがそう思ってくれたのなら、私達もそれが一番嬉しいです。」
「有難うっ。跡部君にも心配かけちゃったなあ・・・あっ!そうだ、そもそも跡部君が頼んでくれたんだよねっ?」
「はい、昨日の夜に。話を聞いてやってくれないか、って。」
「あはは・・・跡部君、面倒見が良いんだよねっ。言っちゃえば、たかだかマネージャーの一人なのにーーー」
「そうじゃないです。」
「えっ?」
「勿論、可憐ちゃんの事を大切なマネージャーだと思ってると思いますけど・・・でも、跡部君仰ってました。」
「?何てっ?」
「助けてやって欲しいって。きっと他にも同じことを思ってる人も居るはずだ、友達だからって・・・そう仰ってましたよ。」
自分達じゃ今力になれない事は、可憐の何も話してくれない態度を見れば分かる。
この人には言えるけどこの人には言えない、そんな話があるのもわかるし、あって当たり前だと思う。
でも。
何とかするのが自分じゃなくても良い、どうにか元気になって欲しい。
友達、だから。
「明日も晴れるそうです。ですから・・・」
「・・・うんっ!頑張る、私頑張るよ・・・明日からはきっと、ちゃんと頑張れると思うっ!」
大丈夫。
大丈夫。
全てを失ったわけじゃないから。
雲一つない夜空に、星が小さく一つ流れる。
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