Family moments 1:Repetition 2
日本の国民的漫画、ちびまる子ちゃんで出てきた一文であるが。

年寄りの家というのは、どうしてこうも娯楽がないのだろうか。

これはまあ当たっている家もそうでない家もあるだろうが、荻倉家はおそらく、どちらかというと娯楽が無い方の家に含まれる。

もっと正確に言うと、娯楽はあるのだ。
ただ、それは言うなれば年寄り向けというか、若者の肌に合わない娯楽。
ゲームがあるわけでもないし、漫画もないし。

代わりにあるものは、古い本。
料理のレシピ。
花。盆栽。将棋。日本酒。

紫希には結構合っていて、実は田舎に行くと随分寛ぐのだった。

「はあ・・・・」

ぐったりとした疲労ではなく、満足感からの溜息を吐く紫希。

祖母がいつも常備している、良い茶葉の水出し麦茶。
蚊取り線香の香り。
縁側から聞こえる風鈴の音。
そして座椅子とちゃぶ台で、まだ読めていなかった本を読んで疲れたら休憩。

ああ。
落ち着く。

今紫希は一人だった。
祖父は友達に呼ばれて碁会所に行き、祖母は両親とともに買い出しへ。

家でたった一人だったが、別に落ち着かないとかそういう事は思わない。
静けさが心地いい。

その時だった。

「あ・・・・」

別に、何のことはない風景だった。
風通しの為に少しだけ開け放した窓の隙間から、家の前の通りが見えて。
そしたら赤いものが横切ったから、ああ、郵便配達のバイクかなと思ったのだ。

そして思い出した。

「・・・・・・・」

紫希は先日暑中見舞いを配って貰った。
そしたら、思いのほか返事をーーーはがきでの返事を貰えて、非常に嬉しかった。
忙しいのに手間を取らせて悪いという気持ちはあるけど、それでもやっぱり嬉しい。

ただ、一人だけ返事を貰えない相手がいた。
丸井だ。

他は全員分返ってきた。
仁王でさえ、柳生と真田に書けと言われて返してきたくらいだ。

でも丸井のはがきは来ない。
丸井の分だけが。

別に、元より返事を期待して出したわけじゃない。
皆忙しいのだし、返ってこないのも十分想定内だ。

ただ。
正直、返ってこないたった一人が丸井になるとはあまり思っていなくて。

「・・・・・・」

ふる、と首を横に軽く振った。

勝手に期待しただけだ。
それで寂しいなんて自分勝手も良い所。

別に暑中見舞いが返ってこなかったからって、嫌われてるとかそういうわけじゃない。
・・・・と、思う。
多分。

此処に至って尚その点を疑ってしまうのがまあ、紫希の性格だが。

そんな事を思いつつ、なんとなく手がスマホを起動し。
なんとなくLINEを起動し。

なんとなく見つめていた時。

〜〜〜♪〜〜〜♪

「!は、はい!どちら様で・・・」

『もしもし〜?』

「え?」

何か。
すごく可愛らしい声が向こうから聞こえる。
まだ活舌もしっかり出来てないような幼児の声。

「も、もしもし・・・?」

『もしもし、聞こえましゅかー?』
『おい、ちょっと待て兄ちゃんが先!もしもし?』

丸井だ。
丸井の声だ。
という事はこの幼い声は。

「弟さんですか・・・?」

『そ。今何してる?』
「本を読んでまして・・・でも、急ぎとかじゃないので大丈夫です。暇ですから。」
『そお?だったら悪いけど、ちょっと電話付き合ってやってくんねえ?最近電話ブームで、誰かと通話したがってしょうがねえんだよ。放っとくと勝手にLINE開きだすし。』
『にーちゃん!健太もー!』
『もうちょっと待った!』
「ふふっ!私、大丈夫ですよ。」
『そう?じゃあ・・・あ。』
「え?」

とおーくから微かに、なんだか母親らしき人の声が聞こえた。
きゃー!という声と、足音も。

「・・・・あの、」
『悪い、行っちまった。おやつだって。』
「うふふふふっ!可愛いですね。」
『まあ可愛いけどさ。』
「丸井君は行かれないんですか?」
『んー?うんまあ、おやつは多分逃げねえし?』

桑原辺りが聞いたらひっくり返るような発言である。
本当におやつに足が生えて逃げたとしても、その前にふんじばって捕まえて食べるような性格なのに。

『それにほら、もしなくなってても作ったら、良い・・・』
「そうですね、丸井君は出来ますものね。」
『・・・・・・』
「・・・あ、あれ?あの、丸井君?」
『春日って、今家だよな?図書館だったら電話出来ねえし。』
「あ、私・・・家は家なんですけれど、今は母方の実家に居まして、」
『え、田舎!?どこ?』
「京都です。桂の方です。」
『ごめん、教えてくれてもどの辺か全然わかんねえ。』

そもそも丸井は、京都になんて数えるくらいしか行った事がない。
それもうんと小さいころで、もう記憶なんて殆どない。

『でも、京都まで行って本読んでんのお前らしいな。観光しねえの?』
「あはは、暑くって・・・京都の暑さって、何か独特なんですよね。湿度が凄くてべたつくというか・・・」
『へえ、辛そ。』
「それに、昨日レポートの為に清水寺には行きましたし。」
『うわ。』
「え?」
『レポート忘れてた・・・そんなのあったな、あーくそ。お前がこっち居る間にどっか行っとけば良かった。』

え、と紫希は口内で呟いた。

紫希が湘南に居る間にどこか行けば良かった。
それはまあ、どういう意味かと言うと。

(・・・一緒に行っても良い、って思ってもらえてるんでしょうか・・・)

そうなのかな、どうかな、とか紫希が思っている間に、丸井はもう次の話題に移ってしまう。

『清水寺って面白れえの?俺行った事ねえんだよ。』
「面白いですよ。最近老朽化のために一部改修して、ちょっと綺麗な部分もありますし。舞台は・・・ちょっとだけ苦手ですけど。」
『舞台?』
「あの・・・清水の舞台から飛び降りる、って言いませんか?あれって、清水寺の舞台・・・ええと、凄く大きいバルコニーみたいなのがあるんです。」
『へえ?で、お前は怖くて行けねえの?』
「・・・・・・」
『あはははは!』
「い、行こうとはしたんです一応・・・でも人と一緒に居たので、あんまり一人でぐずぐずチャレンジしてるわけにもいかなくて、結局行けず仕舞いだったんですけど・・・」
『人?家族って事?』
「あ、いえ。家族は皆行けなかったので、一人で行ったんですけど、成り行きで知らない男の子と一緒に。」
『・・・・へ?』
「チケット売り場で話しかけてきてくれたんです。自分も一人で寂しいから、一緒にどうかって。私も一人でしたから、丁度よかったです。」
『それはあれなんじゃねえの?』
「あれ?」
『ナンパ。』
「違うと思います・・・」
『そうとしか聞こえねえだろい。』
「でも本当にそうじゃないと思います、なんていうか、紀伊梨ちゃんに近いタイプの子で・・・人懐っこいというか。」
『・・・ふうん。』

不機嫌。
という程じゃないけど、電話の向こうの空気が少しトーンダウンしたのを紫希は感じた。

「ま、丸井君?」
『ん?』
「ど、どうかしましたか・・・」
『いや?ちょっとずっけーと思っただけ。』
「え?」

『俺も京都行きたかった。』

例えば、紀伊梨は夏休み明けによく人から良いなと言われる。
セーシェルにほいほい旅行する日本人家庭なんて少なくとも大多数とは言えないし、セーシェル行ったなんて言うと、良いなー私もセーシェル行きたかったなー!と言う人は多い。

ただ。
そのセーシェル行きたかったー!というのは、行きたいというのは本当でも、行けないことを分かっている行きたかったー!なのだ。
本気で行こうとは思っていない。行けたらラッキー、くらいのもの。

でも、今の丸井の声音は違う気がする。
本当に行きたかったと思っている声。
行けたかもしれないのに、みすみす機会を逃した。悔しい。
そんな気持ちがちょっとだけ混じってるような、そんな声の気がした。

「・・・・あ、あの・・・・あの・・・」
『ん?』
「その、あの・・・も、もし良かったら、その・・・・」
『何?』
「あ、あの・・・無理にとは言いませんけど、その・・・来年にでも・・・一緒に、どうでしょうか・・・」
『・・・マジ?良いの?』
「ビードロズの皆や幸村君は、来たことがありますから・・・友達が来るのは初めてじゃないので、良いと思います。」

幸村も棗も、友達の男子である。
だから男子であるという理由で弾かれることも無い筈だ。

と、紫希だけが思っている。
親からすれば丸井は祖父にアウトを食らう可能性はある。普通にある。

『じゃあ、来年な!』
「はい!来年に・・・忘れないようにしないといけないですね。メモに書いて、手帳の見える所に・・・」
『良いよ、別にメモとかしなくても。』
「え?でも、」
『来年の夏になったら思い出すって、絶対。お前が忘れても、俺は思い出す。』

優しい声。
丸井は偶にこういう口調になる。
いつも明るく溌溂と喋るけど、ふとこうして驚くほど柔らかい声で話す時がある。

紫希はこういう時いつもどきっとしてしまうのだ。
いつもと何かが違うのは分かるけれど、何が違うのかわからないから。

怒ってたりするわけじゃないというのは分かるから、怖いわけじゃない。
でも何考えているか急に読めなくなる気がして、緊張する。

『ん?』
「え?」
『いや、声がして。悪い、何か呼ばれてるみてえ。』
「あ!良いんですよ、行って下さい。それじゃあ・・・ええと、また。」
『おう。またな!』

通話を切ると、また再び部屋に静けさが戻る。
でも紫希の顔には知らない間に微笑が浮かぶ。

もう暑中見舞いの事なんて気にならなかった。




そんな孫娘を、祖父は部屋の外からそっと伺っていた。

今紫希は家に一人と聞いていたのに、話し声がするから何事かと思ったら通話中で。
スマホから漏れ聞こえてくる声で、会話の中身は分からなくても何か男子っぽいなという事は伺い知れて。

あんなに腹立つ腹立つと思っていたのに。

「・・・・・・」

結局、孫の笑顔に勝てるものなどないのだ。
祖父はそっと、部屋を離れてまた外出する事にした。

行きつけの喫茶店にでも居よう。



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