Outing 5

後片付けも終わり、彼方此方で着替えた生徒達の、お疲れっした!お疲れー!が響く中、可憐は制服に着替えてコートでキョロキョロしていた。

「可憐ちゃん!お疲れ様。」
「茉奈花ちゃん!お疲れ様っ!」
「良かったら、一緒に帰らない?」
「あ、ごめん・・・今日はちょっと。」
「あら、誰かに用事?侑士君かしら?」

かしら、と言いつつまあそうだろうな、と半ば以上決めながら網代は聞いた。

だが、可憐は首を横に振った。

「違うの?」
「うん。跡部君に・・・」

跡部に何の用事だと言うのだろうか。
しかも制服姿である以上、恐らく部活そのものとあまり関係無い話と見える。

「でも、跡部君は何時も最後まで残りがちだから、待ってたら何時になるか分からないわよ?」
「うん。分かってるんだけど、でもなるべく早めに済ませたくって・・・」
「んー・・・分かった!なら、ちょっと急かしちゃいましょ?ね?」
「えっ?」
「女の子が待ってる、って知らせたら、跡部君も多分早めに切り上げてくれるわよ!」
「ええええっ!?」

そんな申し訳ない事をするつもりは無かったのだが、あわあわしてる間に網代はサッと可憐の手を取って、ぐいぐい部室棟に引っ張って行ってしまう。

「ちょ、ちょ、ちょっと茉奈花ちゃんっ!」
「だって、跡部君遅い時は本当に遅いんだもの。そ・れ・と・も。リムジンで帰りたい?」
「う・・・」
「あ、丁度良い所に。侑士くーん!向日くーん!」

着替え終わって一緒に帰ろうとしていた忍足と向日は、ブンブン手を振る網代を見つけて足を向けてきた。

「お疲れさん。」
「よ!お疲れ!どうした?」
「跡部君って、もうロッカーに居たかしら?それともまだ部室?」
「ロッカーには居らへんかったけど・・・どないしたん?」
「可憐ちゃんがね?」
「わ、私ちょっと跡部君とお話したい事があってっ!待ってようかと思ったんだけど・・・」

あー、と向日がため息気味に言った。

「今日は遅い日だぞ。」
「そうなの!?」
「樺地が居ったわ。」
「あらー・・・」

樺地宗弘。

彼は氷帝学園所属の、幼稚舎の生徒である。
従って中等部テニス部に出入りしている事そのものがおかしいと言えばおかしいのだが、王たる跡部が、樺地、樺地、と何くれとなく呼びつけるので、なんだか誰も「お前誰だよ」とか「出て行けよ」とか言えない雰囲気なのである。
まあ樺地本人は極めて大人しい性格で、誰かに何か迷惑をかけたりする事も一切無いので、最近は皆居ても段々気にしなくなっている。それどころかバロメーターとして扱われている始末。

なんのかって?跡部がいつ迄残るのか、である。

「樺地君が居るって事は、今日は21時コースね。」
「そーだなー。何時もそのくらいだよな。」
「急ぎや無いんやったら、出直した方がええんとちゃう?可憐ちゃん。」

急ぎではない。
急ぎではないが。

「・・・ううんっ!私、残って待ってる!」
「ええっ!?」
「可憐ちゃん、どないして帰るつもりなん?」
「・・・リ、リムジンでも良いよっ!この際だもんっ!」
「お前どんな用があるんだよ・・・」

大事な用である。
可憐にとっては、大事な大事な。

「じゃあ私、行って来るねっ!」
「ちょっと、可憐ちゃ・・・」
「皆お疲れ様!又明後日、部活でねっ!」

可憐はパタパタと部室棟迄駆けて行ってしまった。

「・・・なんの用事やろ。」
「さあ?かなりの急ぎなんじゃねえの?」
「ひょっとして、告白かしら?」
「こっ!?」
「えらい唐突ちゃう?」
「あら、告白なんて本人が今!と思った時するものよ?可憐ちゃんにとってはそれが今だったとかじゃないかな?と思っただけ。」

確かに、用事の中身を知らないから絶対無い!とは言えないかもしれないが。

「・・・ねえわ。」
「ないな。」

跡部の隣に網代が寄り添って居る図、というのが身分違い過ぎてちょっと笑えるレベル。
網代だけがそーお?と言って首を傾げていた。






もう誰も居ない部室棟を、可憐は歩く。
何処の部屋に居るかは知らないが、跡部のいる部屋はすぐ分かる。

「・・・あ!お疲れ様、樺地君。」
「・・・ウス。」

樺地が部屋の前に立って居るからである。

さて。此処からが本題。

(・・・良し!行くぞっ!)

「・・・あ、あのね、」
「・・・跡部様は・・・まだ・・・」
「あ、あの、違うの!違くて、その・・・樺地君に聞きたい事があってね?」

そう言うと、樺地はほんの僅かに目を見開いた。
樺地の表情が変わるのを見るのは、可憐はこれが初めてである。

「・・・自分に、ですか。」
「うん。・・・駄目かな?」

樺地がふるふると横に首を振ってくれた事に、可憐はホッと胸を撫で下ろして樺地の隣に移動した。

(ええと、ええと、何から聞こうかな・・・)

正直、今日樺地が居るのは想定の範囲外だったので、聞きたい事はあるが詰めた考えは持てていないのだ。

ただ、このチャンスを逃す手はない。樺地は何時も会えるわけではないのだから。

「・・・あの、樺地君。」
「ウス。」
「ええー・・・と、あの・・・うん!ねえ、樺地君にとって、跡部君ってどんな人?」

そうだ。先ずそこからいこう。

「・・・・・・・・」

樺地は可憐の方に僅かに首を傾けて、その後僅かに上に向けた。
考えてくれているようだ。

「・・・跡部様は・・・」
「・・・うん。」

「・・・王、です・・・」

(・・・・!)

氷帝学園の、特にテニス部に居る者ならば、「あまりに今更」と思う者が大多数かもしれない。
だが、直接樺地に言われた可憐は分かった。

自分達も普段跡部の事を王だのなんだのと言っているが、樺地はそういう比喩的な意味で言っているのではない。

樺地は本気だ。
跡部の事を王と本気で思っているから、従うのだ。

「・・・そっか。」
「ウス。」
「・・・じゃあね、えーとね、」

正直、これは答えて貰えるか分からないが。

「・・・跡部君は、樺地君の事どう思ってる、と思うかなっ?」

これにも樺地は些か驚いた反応を見せた。

「・・・跡部様は・・・」
「うん。」
「・・・分かりません・・・」
「・・・だよね。」

これは樺地でなくても難しい質問だろうと思う。相手が自分をどう思ってると思うか、なんて。

「・・・じゃあ、別の事を聞くねっ。」
「ウス。」
「樺地君は、跡部君の事好き?」

可憐がそう聞くと、樺地は少し。
ほんの少し、表情を緩ませて、小さく、でもはっきりと頷いた。

「・・・そっか!」
「ウス・・・」

良かった。
それで十分だ。

そう可憐が思った瞬間、ガラ!と勢い良く引き戸が開いた。

「おい。うるせえと思ったらお前か、アーン?」
「あ、跡部君っ!」

元気よく返事をする可憐に、跡部ははあ・・・と溜息を吐いた。

「何の用だか知らねえが、樺地にちょっかいかけてる暇があるなら、」
「違うよっ!確かに樺地君ともお話したい事あったけど、私そもそも跡部君を待ってたんだもんっ!」
「何も、今日じゃなくても良いんじゃねえのか。そんなに急ぎか?アーン?」
「急ぎじゃないけど、私ドジだから、言おう言おうと思ってタイミング逃しちゃいそうだもんっ!それは嫌なのっ!」

確かに、ドジなのは知ってる。
よおおおく知ってる。
跡部は二度目になる溜息を吐いた。

「・・・手伝え。話は作業しながらだ。」
「分かった、有難うっ!」

中に入ると、机の上には各種資料が広げられていた。
多分、テニス部関連のものだけではない。生徒会関連のあれこれも沢山混じっている。

「何をしたら良いかなっ?」
「先ず、青い付箋の束を止めていけ。」
「はーい。」

ホッチキスを取り出し、準備完了。

(ええと、青い付箋、青い付箋・・・これ?)

「言っておくがそれは水色だぞ。」
「あああっ!ごめんなさいっ!」

又やってしまうところだった。
あわ、あわ、とホッチキスをガチャガチャ言わせる可憐の姿に、危ねえぞ、と思いながらも跡部は少し微笑んでしまう。

「針のねえホッチキスを買うか。」
「だっ!大丈夫、ですっ!」

そんな細かい面倒まで見て貰うわけにはいかない。
普通ならあはは、で済む所だが、跡部にははっきりNOと言っておかなければ、本気で学校中の備品のホッチキスを針無しに買い替えかねない。

気を取り直して、今度こそ。

(青、青・・・)

パチン、パチン。
ペラ、ペラ。

可憐がホッチキスをする音と、跡部が資料を捲る音だけが聞こえる。

「・・・で?」
「え?」
「用件はなんだ?」
「あ、えーと・・・」

促されると、どう言ったものか戸惑ってしまう。
聞き方が重要だと可憐は思うが、バサッとした切り込み方がお好きな王様は、容赦なく可憐を急かす。

「早く言え。」
「えと、えと・・・あ、跡部君は!」
「アーン?」


「跡部君はお友達居ますかっ!」


シー・・・・ンという静寂が室内を包んだ。

「・・・ああああのっ!あれ、違うっ!あの、跡部君に友達居ないとかそういう事じゃなくってっ!」
「そうとしか聞こえねえが。」
「違うの!違くて、あの、跡部君は私達の事どう思ってますかっていうか、あの、その・・・!」
「何が言いてえ。」

ああ、やっぱり自分みたいなドジには、コンパクトに話を纏めるなんて土台無理なのだ。

「・・・今日、紫希ちゃんがね。」
「・・・春日が?」
「跡部君が、ヘリ出してくれたりとか、東京バナナ買ってくれたりとか。」
「それがどうした。」

「義務だって言ってた、って・・・」

ノブリス・オブリージュ。
高貴には義務を。

富める者、気高きものは、貧しい者や平民に対して、施しや責任を請け負う義務がある。
それは貴族を貴族足らしめる、重要な要素の一つである。

「だからなんだ?」
「だから東京バナナ代は何時か返すって。」
「は?」
「跡部君と友達になりたいからだよっ!一方的に貰ってたら、貴族と平民になっちゃうから、でもそんなの嫌だからって・・・」

『きっと紀伊梨ちゃんも千百合ちゃんも棗君も、同じ気持ちです。』

紫希はそう言った。

こうやって何くれとなくしてくれる事。
それが義務であり、享受する事によって跡部が身分違いの人間という事になってしまうのなら、それは嫌だ。
そうじゃなくて、友達になりたい。義務だから、じゃなくて、友達だから、と言い合える仲が良い。

だから後日学園の方にでも送金する、と言った紫希の発言を聞いて、可憐は思ったのだった。


じゃあ、自分達は?


学校にありあまる設備を寄付して貰って、湯水のように湧いて出て来る予算を使って、困った事があったら金銭が絡んでいようといなかろうと、跡部に頼って。

もしかして、氷帝学園のテニス部という所属は、「跡部の友人」という括りから最も遠い存在なのではないだろうか。

「・・・紫希ちゃん達は、跡部君のお友達になれそうだよね。」
「・・・・・・」
「でも、私達ってもしかしてなれないの?」

言いながら泣きそうになってきた。
そんなの嫌だと心底思うが、既に入学して1月。気づくのがあまりに遅い気がする。

「・・・・・・・」

珍しい事に、跡部は直ぐに返事が出来なかった。

正直言って、ちゃんと考えた事が無い。
いや、庶民に対する義務があると言う意識はあった。
ただ、だから友人にはなれないのかと言われると、そもそも自分の友人とは一体なんだろうかという話になり、そして跡部は「友人とは?」というテーマについてそれほど深く考えた事がなかったのだ。

「・・・春日に対して義務だと言ったのは。」
「・・・うん。」
「あの時点で、彼奴らが「貸しのある庶民」だったからだ。それ以上でも以下でもなかった。名前も碌に知らねえような奴らだったからな。」
「今は?」
「今は友人だ。」

多分紫希は本気で東京バナナ代を送ってくるだろう。
その時は桁を一つ増やして突っ返してやろうと思っている。
序に一筆添えておこう。友達ならこの金で、古典を読めるようになっておけと。

「・・・じゃあ、私達は?」
「氷帝学園の生徒全般に対しては、少なからず義務だと思ってる所はあるな。まあ、これから世話になるって意味での手土産みてえなもんだ。そんなに施してやってるという感覚はねえんだが。」

一応形の上で「寄付」という事になっているが、跡部財閥のスケール感的にはそんな仰々しい名前を付けて貰う程の事じゃない。他所様の家に行くのに、ちょっと良い洋菓子を持って来た位の感覚だ。

「・・・・・」
「ただ、その中でもテニス部となると又話が変わってくる。」
「えっ?」

別に、友達って思ってないわけじゃない。
かといって、どうしようもない格差の違いも感じないわけでもない。

でも、それよりもっともっと、自分達の間には相応しい言葉があるじゃないか。

「なあに・・・?」


「仲間だ。」


志を共にする者。一緒に戦う者達。
家臣とか、友達とか、そういう言葉では表現出来ない。

自分が作り上げていく、氷帝学園中等部テニス部という名の王国。
其処に居る者達こそが、王国を王国足らしめ、自分を王にしてくれる。
皆が居るから。ついて来てくれるから、自分は自分のありたい王国の姿を。

テニスで勝ち取る、頂点の座を目指せる。

だから跡部は、テニス部メンバーに対して何かをする事を惜しいとか思わない。
義務でも施しでもない。個人の為であると同時に、自分の為。部に居る、全員の為だ。

(跡部君・・・・!)

「分かったら、義務だとか友達だとか無粋な事言ってないで部に貢献しろ。」
「・・・はいっ!」

ああ、王様。
我らが、王様。
だから、私達は、貴方について行くのです。

一方的に貰ったり。守られたり。
そうじゃなくて、一緒に戦いたいと思うのです。

「あ・・・これで終わったよっ、跡部君!」
「じゃあ次だ。緑の付箋の冊子を2部づつコピーしろ。」
「これ?」
「それは黄緑だろうが、隣のが緑だ。」
「あああっ!ごめんなさいっ!」

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