Outing 5
「本当にすみませんでした・・・」
外靴に全員履き替えた頃、紫希はようやっと泣き止んだ。しゃっくりはまだ微妙に止まっていないが。
「紫希ぴょん、ティッシュ持ってるー?」
「はい・・・大丈夫です、有難うございます・・・」
「寧ろお前が持ってんのかよ?」
「何おー!ブンブンしっつれーな!私だってちゃんと・・・あり?あら?あれ?」
「ほら見ろい。」
「偶々だもーん!あ!そうだ紫希ぴょん喉乾かなーい?」
紀伊梨も大概良く泣くので、泣いた後は何か飲みたくなる事を良く知っている。
「私、お茶なら持ってるよ!」
「あ、有難うご、ざいます・・・でも、大丈夫です。持って、ます。」
しゃっくりしながら紫希が鞄から出したのは、ファンタオレンジ。
「・・・まだ持ってたのか。」
絶対炭酸もう抜けてる、と思いながら丸井はポソ、と言った。
誰にも聞こえない独り言レベルの音量で。
「・・・勿体なくって、つい。」
嬉しげに囁くような紫希の返事に、丸井はドキ、と心臓が少し。
ほんの少し跳ねた。
そっと顔を傾けて紫希の方を見ると、紫希は涙の跡がまだ残る、嬉しそうな柔らかな笑顔でファンタオレンジをいそいそと開けていた。
「・・・・・・・」
「ブンブン?どったの?」
「え?あ、いや、なんでも。」
「ふーん?」
「いやー。もうア/ルバ/ス・パ/ーシバ/ル・ウ/ル/フリッ/ク・ブ/ラ/イア/ン・ダ/ンブ/ルド/ア校長も真っ青なウィザードぶりですねーw」
「今のは呪文か?」
「桑原、それは違う。今のが正式な本名だ。」
「どっちかというとパ/ルプ/ンテな気もするがのう。」
「いや、あれで正解なんだってw」
「パ/ルプ/ンテとはなんだ?」
「ド/ラク/エ知らないの、あんた。」
まあ、真田がド/ラク/エに勤しんでいる図というのもおかしな話ではある気がするが。
「・・・ところで、千百合。」
「ん?」
「具体的に何が遭ったのか、教えてくれないかな。」
何処の誰だか知らないが、自分の大切なビードロズに一体何してくれたのだろうか。
珍しくコートの外で厳しい空気を纏う幸村に、千百合は何から言ったものか考えた。
「・・・ま、さっき兄貴が丸井に言った次第なんだけど。」
「詩は文字の羅列だね?でも、それだけじゃあそこまで泣かないだろう?」
ちょっと後ろを見る千百合。
大丈夫。紫希は紀伊梨と丸井で話しているから、聞こえまい。
「・・・ステージに立つ度胸が無い腰抜けとか。甘えてるとか、お前みたいなやつ大嫌いとか。」
「へえ・・・」
言ってくれる。思わず目も据わってしまう勢いだ。
「なんだと!「真田。気持ちは分かるが春日に聞こえてしまう。」むう・・・!」
「ひでえなそりゃ・・・」
「初めて会う人間に向かって、よう其処まで言えるの。」
仁王辺りは逆に感心してしまうのだが、棗は苦笑して首を横に振った。
「その初めて会う人って言うのがミソでさ。」
「どういうことだい?」
「そいつ学校で好きな子取合いしてる奴が居るらしいんだけど、その子が紫希と被るんだって。そいつに向かって言いたい事を、紫希に代わりに吠えてたってわけ。」
「自分勝手かよ・・・」
「その通りよ。だから紫希は「怒ってない」って言ってたけど、私はフェスの時謝ってくるまで絶対許さないわ。」
思い出しただけでイラッ・・・とした感情が腹の底から湧いてくる。
紀伊梨の事まで馬鹿っぽいとか(確かに成績は悪いけれども)なんだとか言っていたし。
リーダーが務まらなさそうで悪かったな。見る目の無い奴。
「たわけが・・・!」
「ケロ。本当に怒っとらんのか?」
「怒ってはないと思うよw傷ついたけどねw」
「・・・紫希は、自分が今好きな人居ないから。あんな酷い八つ当たりをするくらい片思いって苦しいんだ、みたいな風に思ってるのよ。」
紀伊梨は初恋未経験であるが、紫希は小学校の頃ほんの淡い恋心を抱いていた男子が居た。
とはいっても本当に淡いもので、付き合いたいとか気持ちが抑えられないとか、そういう恋ではなかった。
だから木崎がしているのであろう、全身全霊を相手に向けるような強い恋を紫希は知らなくて、知らないものを責める気にはなれないのである。あんたに何が分かるのよ、と言われると確かに何も分からないからだ。
それはそれで筋の通った話ではあるのかもしれない。しれないけれど。
「誰かを好きだっていう気持ちは、人を傷つけて良い理由にはならないよ。」
幸村も又、今日の昼の4人と同じ事を思い出していた。
懐かしい。
懐かしく、良い思い出でもあり、同時にやるせない記憶でもあるあの頃の事。
なんでもない日々だったけど、自分達にとってはちょっと変わった毎日を過ごして居た頃の事を。
「まして春日は当人でもなんでもないからね。」
「まあねwでもリーダーもお怒りだし、次会う時は流石に頭も冷えてるでしょう、多分w」
「ほう。五十嵐が誰かに怒るとは珍しいな。」
「怒りが持続しないのよ、紀伊梨は。怒ったら原則その場で仲直りするタイプだからね。」
まあ今回は本人が逃げてしまったので、それも出来なかったのだが。
「ねーねー千百合っちー!なっちーん!お土産だそーよ、お土産ー!」
少し後方に居た紀伊梨が大声を上げる。
「菓子ならもう貰ったが・・・」
「プッ・・・・ハハハハハハw」
「おい、何がおかしい黒崎棗!人の顔を見て笑うな!」
「他にもなんぞあるんか?」
「そうそう、紀伊梨がね。」
紀伊梨は鞄の中から例の靴紐を取り出した。
袋は紙袋なので中が見えず、ペンでそれぞれ宛名が書いてある。
「先ずえーと・・・はい!やなぎー!」
「有難う・・・これは、察するに靴紐だな?」
「うん!開けて開けてー!」
全員が柳の手元を覗く中、ピリピリ・・・と袋を開ける。
「・・・ほう。縮緬柄か。」
「おお!良いじゃん!」
「和柄の靴紐か・・・うむ!風流だな!」
そう言う真田に、棗はまた吹き出しそうになる。自分の靴紐の柄を知った時、此奴はなんと言うだろう。
「それ、紫希のセンスね。」
「そうだったか。有難う、春日。気に入った。」
「良かった・・・そう言って頂けると嬉しいです。」
ちょっと微笑んで柳は靴紐を眺める。大切に使おう。
「柄は、全員分春日が選んでるのか?」
「いや、偶々w」
「え?」
桑原の質問に対する返答に、全員が固まった。
偶々。偶々って、返事としておかしくないか。
「ほら、俺達4人居るじゃん?w」
「だから、取合えず皆の分、1本づつ選ぶっしょー?」
「で、その中から誰のが採用されるかはくじ引きしたんです。」
「ま、上手い具合にバラけたわよ。」
ニヤ・・・と笑う千百合と棗の顔を見て、幸村を除くテニス部の面々は、俄かにこの2人が双子である事を思い出したのだった。
「・・・俺のは当たりというわけだな?」
「失礼なwまるでハズレがあるかのような言い草ではないかw」
(あるじゃろ、確実に)
そのニヤニヤ顔がもう、ありますと如実に物語っている。
「ようしっ!じゃー次は・・・お!桑ちゃん、はいっ!」
「おお・・・有難うな。」
凄く開けるの怖い。
靴紐というのが、また憎いチョイスだと思う。使ってなかったら直ぐバレるではないか。
皆が見守る中、桑原も自分の分を開けた。
「・・・なあ。」
「良いでしょ、チェック柄w俺のチョイスよw」
「なんでピンクなんだよ!」
可愛い。あまりにも可愛らしすぎる。
こういうのは女の子がスニーカーをお洒落にしたりするのに使う物だ。
断じて自分みたいな色黒ハーフの男子が使う代物じゃない。
「せめて迷彩柄とかなら恰好がついたのに・・・!」
「えー、恰好がついたら面白くないじゃんw」
「おい、今面白くないって言っただろ!」
「まーまー!良いじゃんジャッカル、ほらピンク可愛いぜ?」
「お前、自分のがどんななのか分からないのに、良く言えるな・・・」
まあ此奴ならピンクのチェック柄程度なんでもないのだろうなと思うが、こういう奴に限ってこういう時に貧乏くじは絶対引かないのだ。知ってる。
「えー、次はねー・・・あ!ニオニオだ!はい!」
「一応礼は言うとくぜよ。」
「ブフッ!」
「やっぱり撤回する。」
もうこの時点で半分以上ハズレが確定したようなものである。
ああ嫌だ。
「・・・これはお前さんのセンスじゃろ、五十嵐。」
「おー!なんで分かるのー!?」
「他の誰が虹色のお化け柄なんぞ選ぶんじゃ。」
目に痛い。チッカチッカする。
「可愛いっしょー!ほら、このべろ出してるお化けとか、めちゃんこ可愛いよ!」
「ムカつく顔しとるぜよ。」
「どこがー!?」
「あ、あの、紀伊梨ちゃんなりに仁王君のイメージで選んだんですよ!」
「そーだよー!ほら、七色のいりゅーじょん!って感じ☆」
それってつまり、紀伊梨から見た自分ってこんな感じ、という事であろうか。
「・・・・・」
「まあ、その・・・なんだ。」
「真田、放っておいた方が良い。無理なフォローは逆効果だ。」
紀伊梨は容赦なく次の袋を出す。
「えっとー・・・あ、ブンブンだ!」
「おう!」
なんだかんだ丸井は恐怖より楽しみの方が大きい。
このポジティブシンキングも又、貧乏くじを引き当てないコツなのかもしれないが。
「・・・お!」
宇宙柄、である。
「かっこいい!すげえ、気に入った!」
「ホラ見ろ!」
「何だよ、ジャッカル?」
それにしても綺麗だ。気に入った。カラーのトーンが赤で纏めてある所が又よろしい。
「これ、春日が選んだだろい?」
「えっ?」
さも当然のように言う丸井。
「違う?」
「いえ、そうですけど・・・」
「すっごーい!ブンブンどーして分かるのー!?」
「テニヌ戦隊は、宇宙から来たから。」
そうだろ?と言うような微笑みを向けられて、紫希は頷いた。
そう、その通り。
ライブの日以来、テニレンジャーの事を少し調べた紫希は、テニヌ戦隊が地球を守る為に宇宙からやってきた戦士で有る事を知っていた。
「テニレンジャーか、懐かしいな。」
「む?桑原、テニレンジャーとはなんだ?テレビ番組か?」
「そうそう、特撮だな。アニメじゃなくて、実写のヒーロー物ってやつで。」
「実写のヒーロー物・・・成程。」
GWだからと遊びに来ている甥の姿が、真田の脳裏に再生される。
ウルトラマンがどうのこうの、仮面ライダーがどうのこうのと毎朝騒いでいるが、多分あの系統だろう。
「確か5年前の4月2日から丸2年間、テレビTOKYO系列で放送されていた筈だ。時間帯は朝の8時丁度から30分、毎週日曜日だった。」
「俗に言う深夜32時番組ぜよ。」
「ブフッw」
結構好きでちゃんと見ていた棗としては、仁王の物言いには吹き出さざるを得ない。
「ああ、なんとなく分かるわ。」
「千百合も知ってるのかい?」
「兄貴に付き合ってなんとなく見てたからね。」
「深夜32時ってなーにー?一日は24時間でしょー?」
「ええと、朝の番組でも大人向けのニュアンスがある、という事です。」
「?特撮は大人向けではないだろう?あれは子供の見るものではないのか?」
「いやいや、そんな馬鹿に出来たもんでもねえぜ?あれはヒューマンドラマだろい。」
最も、あれがヒューマンドラマであった・・・と丸井が気づいたのは小5になって見返してからであった。
丸井に限った話ではないが、あれにときめく年齢層の男子に向かって、登場人物の細かい感情の機微を踏まえて見ろというのは如何にも辛い。
「ま、それは後にしましょ。まだ後靴紐あるでしょ、ちゃっちゃと渡すわよ。」
「あ!真田っちの分!」
鞄から取り出される靴紐。これで紀伊梨の鞄にはもう靴紐は無い。
「はい、真田っち!」
「ああ、すまない。礼を言う。」
「素直に礼を言えるかどうかは、まだ分からないけどな・・・」
「全くナリ。」
有難うとは思うが、気に入ったよとはちょっと言い難い代物を貰った仁王と桑原は、溜息を禁じ得ない。
真田はピリピリと自分の袋を開けた。
「・・・分かるぞ。」
「何がよ。」
「選んだのはお前だろう黒崎千百合!」
皆が笑っている声を背に、千百合はちょっと笑って、フンと鼻を鳴らした。
「良いでしょ。黒とかあんたっぽいじゃん。」
「色の問題ではない!柄だ柄!」
「ははははは!なんでハート柄なんだよ!」
「おい、ブン太・・・くくくっ、そんなに笑ったら・・・」
「いや、あれでなかなか似合うんじゃなか?のう、マスター。」
「少なくとも、相手の動揺を誘える確率は78.549%だな。」
「ふふふっ。案外高いんだね?」
ビードロズの3人も、中身が分かっていてもやっぱり笑ってしまう。
実際にあの真田がハート柄の靴紐と睨めっこしている図、というのは見ごたえ抜群だ。
「いやー、ウケたウケたw」
「ぷぷぷぷぷー!私、真田っちがあれ付けて試合してる所見たいなー!」
「あはは・・・でも、きっと使ってくれますよ。真田君は義理固いですから。」
そう、真田は義理堅い。
それに、段々千百合と馴染んでもきている。なんだかんだ言いつつ大切にはするのだろうなと、一同は2人を見て思ったのだった。
「大体、人から物貰っておいてそれに文句付けるとかどうなの?」
「悪意がある物は別だろう!」
「悪意があるとか、なんなの?あんたはエスパーなの?私は、あんたに似合うだろーと思って選んでやったのに、なんなのその言い草は。」
「見え透いた嘘を・・・!」
「嘘じゃありませんー。」
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