Outing 5
小学校が公立であるという事は、それ即ち其処に通っている生徒の大部分はお互いに家が近いという事。
小学生の足で歩いて通える範囲内に全員収まっているのだから、当然と言えば当然だ。
その近い距離、のんびり歩いて凡そ10分の距離を今、幸村は歩いている。
目的地は、黒崎家。
「もう、着くよ・・・と。」
LINEを送ると、直ぐに既読が付く。分かった、と簡素な返事が返ってきたのとほぼ同時に、黒崎家の玄関扉が開いた。
「ありがと。行こっか。」
「うん。」
余所行きの靴じゃなくてクロックスを履く千百合を見て、幸村はやっぱり可愛いなあと思うのだった。
靴紐をビードロズは全員に配ったが、真田を一頻り笑った後、やっぱり突っ込まれた。
幸村の分は?
そう尋ねるテニス部メンバーに向かって、紀伊梨はあっさり、幸村の分はくじとかじゃないからと言ってのけた。
幸村は全てを察してくれて(本当に有難いと千百合はつくづく思っている)、どうしたら良い?と囁いてきた。
帰りは皆一緒だし、荷物もあるし、一度家に帰りたいと返事をしたら、幸村は微笑んで、さも当然のように「じゃあ迎えに行くから」と言った。
「別に良かったのに。」
もう日の落ちきった通りを、公園目指して2人で歩く。
「何が?」
「私が一度帰りたいって言ったんだから、私がそっちに行っても良かったでしょって事。」
「駄目だよ。千百合は女の子なんだから危ないし。そういう嫌なドキドキは、今日はヘリの件だけで十分。」
「う・・・」
その話をされると、どうも分が悪い。
公園は人がほぼ居なかった。
だだっ広い敷地内に、ほんの数人、歩いている人が見受けられるだけ。
「此処の公園、丸井が走り込みに通るらしいわよ。」
「そうなのかい?知らなかったよ。」
「私も知らなかったけどね。紫希が今朝会ったんだって。」
「ふうん・・・ふふ。」
外灯に照らされた幸村の横顔はおかしそうに微笑んでいた。
「何、その笑顔は。」
「いや、別に大した事じゃないけどね。春日は、よくよく丸井に縁があるなあと思って。」
「ああ、それは言えてるかも。」
漸くベンチまで辿りついて腰を下ろすと、夜になっても座る部分は暖かいままだった。
今日の気温の高さが窺い知れるというもの。
「さて・・・はい。」
「有難う。」
受け取った小さい紙袋に入ってるのが靴紐だなんて、とっくのとうに知っている。
知ってはいるけれど。
「・・・その嬉しそうな顔、止めたら。」
「実は、これでも結構控えめにしてるつもりなんだ。」
「嘘でしょ・・・」
たかだか靴紐を貰うくらいで、いちいち大袈裟なと千百合は思う。
でも、思うだけ。口には出さない。
自分だって逆の立場ならおおいに喜ぶとよく分かっているからだ。
ゆっくりゆっくり袋を開けて、紙袋を逆さにしたら、幸村の手に白い紐の束が着地する。
(真っ白?いや、違う・・・)
傍らの外灯に照らされるそれは、動かすとキラキラ光っている。
ラメか、と一瞬思ったが違う。良く良く見ると刺繍が入っていて、その部分の糸が光るのだ。
「・・・羽の柄?」
「そう。なんか、早く走れそうな気がして。」
スピード感もそうだけど、軽やかで柔らかで、そういう感じが幸村にぴったりだと思った。
幸村の分は選ぶんだよ、と3人に言われた時も、そんな事言われたって・・・と思ったのはほんの数十秒。
紀伊梨と違ってフィーリングには弱い千百合にしては、びっくりするくらいサッと決まった。
「・・・・・・」
「・・・なんか言ってよ。」
気に入ったとか、気に入らなかったとか。
感想は無いのか感想は、と促すと、幸村は嬉しそうな笑顔で斜め上の事を口にした。
「なんだか、千百合みたいだ。」
「は?」
「有難う。大事にするよ。練習の時とかはすぐ汚れるから、試合の時に付ける。」
「ああ、うん。それは良いんだけど・・・」
それは良いんだけど、今幸村の脳味噌の何がどうなって「自分っぽい」という結論に落ち着いたのか。
聞きたいような聞くのが怖いような、と思っていると、幸村は千百合の顔を見てクスクス笑った。
「どこが「千百合みたい」なのか分からないって顔をしてるね。」
「その通りよ。」
そう返すと幸村は尚も笑みを深めた。
「最初に手に出した時に、真っ白で無地なのかと思って。」
「ああ。それ、選んだ時皆にも言われた。無地かよ、って。」
「ふふ。でも、良く見たらキラキラ光るだろう?だから。」
「・・・うん?」
「良く見ないと光ってる事が分からないって、千百合の可愛さと似てると思ったんだ。」
千百合は女子にしては、可愛さに頓着が無い。
ただ普段はそうであっても、幸村の前ではそれなりに「可愛い」と思われたい、と考えている事を幸村はなんとなく分かっていた。そのくせそれが成功して、実際に「ああ可愛いな」と思われると、それはそれで恥ずかしいのだ。
だからそういう意味では、千百合はいつも幸村の前では態度をくるくる変えている。
可愛くありたい。可愛く振舞いたい。
可愛いと思われるのは恥ずかしい。女の子扱いされるのも照れくさい。
相反する感情の間をうろうろと行ったり来たりする、その態度そのものが可愛くて愛しくて仕方がない。
そしてそういう千百合を見られるのは、千百合の事をよくよく見ている一握りの人間だけなのだ。
「・・・・・・・」
「白いから、汚れたら目立つなあ。マメに洗わないとね。」
「・・・精市って。」
「うん?」
「・・・いや、良いや。なんでもない。」
どこまで本気で言ってるの、と聞きたいのをグッと堪える。
どこまでもも何も、全部本気だと返ってくるのが分かりきっているからだ。
「本当に有難う、千百合。」
「もう3回目よ。たかだか靴紐なんだから、そんな・・・」
「いや、靴紐の事だけじゃないよ。」
じゃあ何、と問い返す前に、幸村との間に置いていた左手が暖かくなった。
幸村の右手に包まれる、自分の手。
「精、市・・・」
「ずっとこうしたかったんだ。何時もだけど、今日は特に。」
「・・・どうして。」
「色々あるけど、帰る時の話は結構考えてしまうものがあったかな。」
「・・・ああ。」
分かった。
「それ、東京でも皆で思い出してたわ。」
「やっぱり?」
「帰る時は言わなかったけどね。私達に話してた奴がまあ、フォローのつもりなんだろうけど、自分とこのメンバーより紫希みたいな子の方が、女の子としてどうの・・・とか言うから。余計にというか。」
「それは困ったね。」
千百合の手に重ねた右手に、つい力が入ってしまう。
「どうして、みだりに人と人とを比べたりするんだろうね。誰も得しやしないのに。」
「それは、得になる人が居るからじゃないの?」
「最終的には得になんかならないさ。勝負事なら順位が付くものだから受け入れるべきだけれど、個性に向かって上だとか下だとか、そんな滅多な事を言うものじゃないんだ。」
それを実感したのは、やはり小学生の折である。
そして思い出す度に、幸村は千百合の顔を見て、手を繋いで居たくなる。
(・・・ううん、違うな)
小さい頃は、それだけだった。
ただ傍に居たくて、悲しんでいないか確かめたくて。
でも、今は多分違う。
今はきっと。
きっと。
もっと。
「精市?」
「・・・ううん、なんでもないよ。後、そうだね。今日こうして居たいのは、やっぱり沢山心配したからかな。」
「・・・ごめんって。」
気を付けて行ってきてと散々言われていて、自分も出かける時には、そんな変な目には遭わないからと思って
出かけた。それなのにいざ、終わってみたらご覧の有様である。
「違うのよ、ほんと。只の親切のつもりで。」
「分かってるよ。俺だって、困ってる人を手伝って、そのお返しがリムジンとかヘリでの送迎だなんて予想出来ないからね。」
「なら、」
「でも、それはそれとして心配してしまうんだよ。怒ってるんじゃないんだ。只、待ってるだけって言うのは辛くて。」
「・・・・・・」
分かるだけに言い返せない。
「だから千百合がヘリから降りて来た時は、本当にホッとした。」
「・・・ホッとした結果があれ?」
「そう。」
思い返しても顔が熱くなる。
あんなに強く抱きしめられた事なんてなかった。
というか今日を除くと、今迄抱きしめられた事なんて一回しかない。
ああ今になってもドキドキする。
「ごめんね。皆の前だし嫌だったと思う。でも、顔を見たら体が勝手に動いてしまって。」
「・・・・・」
「・・・怒ってる?」
幸村が怒ってる、と尋ねてくるのは珍しい。アクションを取る時はいつも、恥ずかしいだけで怒りはしないだろう、と踏んで行動するからだ。
逆に言うとこれを聞いてくるという事は、本当に今回は考える前に体が勝手に動いたのだろう。
しかしその聞き方、頼むから止めてくれないだろうか。ずるい事山の如し。
「・・・別に。」
「別に?」
「・・・・・・・い、」
「・・・・・」
「・・・・・」
あかん。
言えない。
嫌じゃなかった、というその一言がどうしても言えない。
意識すると余計恥かしいからサッと言うのが得策と分かっているのに、いざやれと言われるとどうしても。
どうしても。
(千百合・・・)
段々千百合の顔が、向こうへ向こうへと背けられていく。
その態度が返事の代わりになっているのに、本人はそれに気が付かないで、今凄く頑張って返事しよう、返事しようとしているのだろう。
そういう所が可愛くて堪らない。
「ふふふ。」
「・・・何よ。」
「何でもないよ。」
重なった手を握り直すと、凄く小さな声で「変な奴」と零された。
その反応すらも可愛くて、夜遅いんだから早く家に返さないとと思うのに、ついつい幸村はもうちょっと、もうちょっと、と自分に言い訳をしてしまうのだった。
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