Local 3
「本当にごめんね・・・!」
「いえ、お気になさらず。」
「大丈夫大丈夫w」
立海の練習時間は18時迄。
だが、実際可憐は18時までは居られない。
まだ中学生で当然門限はあるし、此処から自宅までと言うと結構復路に時間がかかる。
だから16時から始めた見学は、17時前後に切り上げねばならなかった。
その時間には帰る姿勢になっていなければ、門限に間に合わない。
おまけに今の時期は日が落ちるのがまだ早く、あっという間に暗くなる。
そして可憐はドジである。
だもんで、棗と紫希の2人は家まで送る事にしたのだ。
東京行きの電車にゆらゆら揺られながら、3人は可憐の家を目指す。
「でも、本当に悪いよ・・・お金もかかっちゃうし、」
「そんな大した金額ではありませんから。それに、可憐ちゃんが危ない目に遭わない事の方が大事です。」
「けど、私がドジだから・・・」
「桐生ちゃん、本当に悪いと思ってる?」
自分が危なっかしいから、こうして紫希と棗を振り回してしまうのだ、と言いかける可憐。
それを棗は遮った。
「え?」
「棗君、何を・・・」
「いや、悪いと思ってるならさ?俺としてはお礼が欲しいんだけどw」
「えっ!?」
お礼。
いや、お礼はしたいけど、この切り出し方が怖い。
何を要求されるのだろうか。
「いやねw折角だから桐生ちゃんに意見を聞きたい事があるのよw相談に乗って貰えると嬉しいなって。」
「あっ!そういう事だね!」
「良い?」
「勿論!お礼とかじゃなくても、私で相談に乗れるなら、何時でも乗るよっ!」
「・・・・・・」
何の相談をする気なんだろうか。
棗は偶に分かってて妙な事を言うから、紫希としてはハラハラしてしまう。
「桐生ちゃんってマネージャーでしょ?」
「うんっ!」
「マネージャーって、ぶっちゃけ部員の事好きになったりする人はどれくらい居んの?」
「・・・え?」
可憐は目をパチクリさせた。
一体何の話かと一瞬思ったが、棗の目はあくまで真剣である。
「・・・棗君、そんなに気になりますか?」
「いや、分かってるよ幸村が千百合の事好きでいてくれてるっていうのは。でもあんなんが2度も3度もあっちゃ堪らないからさ、露払いできるものなら、なるべくしておきたいじゃん。」
「あんなん?って何・・・?」
可憐がおろおろ尋ねると、紫希は曖昧に笑った。
「ちょっと、小学校の時に。千百合ちゃんと幸村君のお付き合いの前に、色々ありまして。」
「そうなんだ・・・」
「それに俺達もう、小学校の頃とは違うしね。マネージャーって存在が如何なるもんなのか、ちょっと聞いておきたいのよ。」
(そっか・・・確かに、小学校の頃は部活って毎日打ち込むものじゃないし、マネージャーさんも居ないもんね)
今迄必要性をあまり感じなかったから、そんなに真剣に考えた事はなかった。
だがこれも良い機会かもしれない。
「うん、分かったよ棗君っ!私なりの意見しか出せないけれど、恋愛的な意味でのマネージャーさんっていうのを考えてみるっ!」
「助かるわ有難うw」
「い、良いんですか可憐ちゃん?」
「うんっ!もしかしたら、私達自身も参考になるかもしれないし!」
今現在進行形で千百合と幸村はお付き合いをしているわけだが、氷帝だってあれだけ部員が居るのだし、部の内外問わず恋人が居る者が居るだろう。特に入りたての自分達1年生は兎も角、上級生は。
あまり考えたくないが、もし恋愛関連で部にイザコザが発生するかもしれないし、考えておくのは悪い事ではないと思われた。
「でも、うーん・・・マネージャーの中で部員を好きになる人、かあ・・・・」
身内の恥だから言いたくないが、今現状氷帝のマネージャー陣は1年生が圧倒的に多いのである。先日の1件以来上級生の中にもマネージャー業復帰者が現れたが、それでも全員ではなかった。
だから恋愛云々の話となると、そもそも入学したての1年生はあまりサンプルとして役に立たないのに、その1年生の方が多いとなると。
そう考えた途端にふと過る。
2人で笑いあう、忍足と網代の姿。
「・・・・」
「・・・可憐ちゃん?」
「あえ!?あ、ご、ごめん!ええと、そのう・・・質問の返事なんだけど、正直そこそこは居るんじゃないかな・・・って思うな。」
「やっぱり?」
だろうなとは思っていたが。
「もっと細かく言うと、学級にも左右されると思うんだ。一緒に過ごしてる時間が長いと、やっぱり色々考えちゃうと思うし。単純に部員の数だけで考えるんじゃなくて、1年生の時点でこのくらいの割合、2年生の時は、3年生の時は・・・って考えるべきだと思う。」
「それもそうだなー、そう思うわ。」
「単純接触効果、という奴ですね。」
単純接触効果。
会った回数、話した回数、関わり合った回数が多いほど人間はお互いに好意を抱きやすい、という心理効果である。
当たり前と言えば当たり前なのだが、これを知っているいないでは行動に差が生まれる。
好かれたいなら、絡みに行け。それが出来ないのなら、好意は抱かれにくいと思え、というやつ。
そしてそういう意味では、部員とマネージャーという関係は非常に有利なのだ。
「それはそうですよね、ほぼ毎日顔を合わせているわけですし・・・」
「うん。それにやっぱり、部活の事は部内の人間にしか分からないから、クラスメイトとは違うなっていう感じはするかなっ。恋愛的な意味だけじゃないけど、私も普通のクラスメイトと、クラスに居る部員の男の子とは、なんとなく意識がちょっと違うから。」
今日跡部の話を海で紫希としたが、それこそ部活の人間に対しては普通、「友情」という感情に加えて、「仲間意識」という奴が芽生える。それこそがその意識の違いの発端であろう。
「でも、この事に関しては、千百合ちゃんと幸村君の場合は大丈夫なんじゃないかなっ?元々皆仲良かったんだし、幼馴染っていう括りが最初からあるよねっ!」
「そうですね。それは私もそう思います。新しい友達も大切ですけれど、どちらがより大切とかではなくて、紀伊梨ちゃん達の事は特別ですから。」
「ねっ!そうだよね!」
(・・・今のところはね)
棗は内心でぽつりと言った。
それに胡坐をかくような真似を続けると、いつしかそれも覆る。
そこんとこ分かってるのだろうか、あの妹は。
「それから、部活に打ち込んでいればいる程、その人の事を好きになったりするんじゃないかなっ?これは一般論だけど、やっぱり頑張ってる人ってかっこいいよね!」
「そうですね。男性でも女性でも、頑張る人は素敵ですね。」
「それ、マネージャーもそうっしょ?」
「うん。だから棗君、今マネージャーの中でどれくらいって話をしたけど、実際は部員の方からマネージャーさんを好きになる人の方が、絶対数としてはちょっと多いんじゃないかな?どうしたって、部員の方が人数は多いしねっ!」
ただ、この点も幸村に関しては心配ないと思われる。
幸村は千百合以外の女子に対して、恋愛的な意味では見向きもしない。
「・・・でも、可憐ちゃん。」
「うん?」
「私のイメージですけれど、部員とマネージャーって結構な人数差があると思うんですが。絶対数的には、「ちょっと」しか差はないんですか?」
紫希が尋ねると、可憐は少ししょんぼりした顔になった。
これは千百合達にとって、良くない材料の話だから。
「・・・あのね、部員の人って、例えばスポーツの部活だと、部活動の大半が練習でしょ?」
「はい・・・」
「でもね、マネージャーって、「部員の事を注意して気に掛ける」っていう事そのものが部活動の内だから。」
部員がマネージャーに対して払わなければいけない注意の度合いと、マネージャー側が部員に対して払わなければいけない注意の度合いが全然違うのだ。
「他所の部なんかだと、「もう!やって貰って当たり前だと思ってるんだから!」って、愚痴ってる人も居るけど。でもっ、好意にしろ愚痴にしろ、部員の事を考えてるから出てくるものだと思うんだっ!」
「・・・そうですよね。マネージャーさんの本分は部員の為に・・・ひいては部の為に、ですものね。」
「だよねー・・・」
分かってる。
部員の為に心を砕けるのは、良いマネージャーなのだ。そして良いマネージャーは多いに越した事は無い。
それは分かってるけど。
「・・・でも、だから、良いマネージャーさんであればあるほど、皆の事良く見てるから。誰かの事、ちょっと良いな、って思ったりする確率も高いんじゃないかな、って。」
「そうねー、めちゃめちゃ妥当だわ。」
『次は、△△。△△です。お降りのお客様はお忘れ物の無いように・・・』
「あっ!あの、此処で降りるから、」
「はい。分かりました。」
「あの・・・本当に、家迄送ってくれるの?」
「もう此処まで来たからw」
「可憐ちゃんがお嫌でさえなければ。」
「嫌だなんて!・・・有難う!」
プシュ、と音がして電車の扉が開いた。
ただいま、東京。
「すっかり暗くなっちゃった、ね。」
「言うて未だ18:30やけどな。」
「5月もまだ初めだもの!」
「せやなあ。まだまだ日ぃ短いわ。」
忍足と網代はまだ解散していなかった。
と言っても映画を見終わった時点で15時で、其処から感想だなんだの話をしていたらもう17時を過ぎていて、更に序ででシネマ近くのモールにてグリップテープを買っていたからこんな時間になってしまったのだけど。
「良いの本当に?送って貰っちゃって。」
「ええよ。」
「送り狼にならない?」
「なるように見えてんのん?」
「ふふふっ!そういうわけじゃないけど、ね?」
そう言って茶化す網代は、多分本当に忍足が送り狼になろうとした所で、ひらりと躱すのだろう。
それが出来る。そういう子なのだ、網代という女子は。
つくづく隙が無い。
まあそういう所が好ましいのだが。
「・・・ん。」
「うん?」
「あれ。」
あれ、と言って忍足が指差した先。
前方に。
「可憐ちゃん!」
「えっ?あっ!茉奈花ちゃんに忍足君だっ!」
可憐に紫希、それに棗の3人は、偶然にも忍足と網代の前方を歩いていた。
「今帰りだよねっ?映画どうだった、茉奈花ちゃん?」
「面白かったわよ〜!可憐ちゃんこそ、湘南はどうだった?」
「楽しかったよっ!色んな事がいっぱいあった!」
「こんばんは、忍足君。」
「どーもどーもw」
「こんばんは。まさか東京で又会うとは思わなんだわ。」
「もう暗いですから。」
「1人で返せないっしょw」
「まあな。」
可憐の方をちらりと見やると、可憐は今日がよほど楽しかったらしく、身振り手振りマシマシで網代と会話を弾ませている。
(・・・良かったわ、ちゃんと帰って来れて。)
「有難うな。こんな遠い所まで来てくれて。」
「いえそんな。可憐ちゃんは大事なお友達なんですから、当然の事ですよ。ちゃんと棗君と二人で、家の前までお送りしますからご安心を。」
「・・・・・・」
「ブハっw」
棗は吹き出すのを堪えられなかった。
此処で黙るとか面白すぎる、この忍足という男。
「おい紫希、俺の後ろに居なwいつ又手が滑るか分かったもんじゃないぞw」
「えっ?」
「せえへんわ。」
「「しない」ってなんすかwあれは事故だったんでしょw」
(此奴、分かってて言うとる・・・)
どうも苦手である、この黒崎棗という男。
妙に鋭い。こっちの事を見透かしているとしか思えない言動をするし、行動をするし。
鋭いのは跡部も大概だが、跡部と違って棗は放って置いてくれない。
遠慮なく忍足の痛い所を突いてくる。
(・・・いや、落ち着け俺。振り回されたらあかん。)
そもそも、痛いってなんだ痛いって。
痛い所等ありはしないではないか。
もっと余裕を持て、忍足侑士。そうだ。
自分は余裕が無いのが、苦手なんだから。
「・・・せえへんよ。この前は堪忍な。」
「あら?素直?」
「もう、棗君!失礼ですよ!」
「ええねん。そもそもは俺が悪かったんやから。」
「・・・ほおーん。」
意味深な返事だが、ポイントは気にしない事。
忍足は早くも対棗のやり方を掴みつつある。
「それよか、自分ら帰りもあるんやろ。早よ行かな、遅なるで。」
「ああっ!ごめんね紫希ちゃん、棗君っ!私つい・・・!」
「いえ、大丈夫ですよ。」
「まあ遅くなるとよろしくないのは最もだw行こうかw」
「うんっ!茉奈花ちゃん、忍足君!また明日ねっ!」
「ええ、又明日!」
「気つけてな。」
手を振って、角を曲がっていく3人。
いつだったか、可憐を送って行った方向。
「・・・・・」
「・・・ふ〜ん。今日は大人しかったわね、お父さん?」
下から覗き込むように忍足の顔を伺う可憐。
「言うたやろ?手滑っただけやって。」
「ふふふ。そうだった、ね。事故だもんね。」
「そや。事故やねん。」
そう、あれは事故。
うっかり手が滑っただけ。
そして。
「・・・!」
「うん?」
網代がそっと忍足を見上げると、忍足は涼しい顔で微笑んでいた。
今、網代の右手は忍足の左手の中にある。
「・・・手が滑ったのかしら、おっちょこちょいな忍足侑士君?」
「どっちやと思う?事故かわざとか。」
「ん〜・・・未必の故意、って所、かな?」
「残念、はずれ。」
繋がった忍足の左手の力が、ほんのちょっとだけ。
でもそれと分かるくらい強くなる。
「確定的故意、っちゅう奴やな。」
「・・・ふふふっ。そっか♪」
嬉しい。
そう内心で呟きながら、網代も忍足の手を握り返した。
自宅まで大凡15分。
その間は、このままで。
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