Pupil


さて。
居残り組は教室に残っているわけだが、じゃあのべんだらりと待って居られるのかと言われるとそうではない。
こっちはこっちでやる事が有るのだ。

「春日は居ないが、此処で各々のテーブルの進度を聞いておこう。どうだ講師陣、今日一日である程度目途は着きそうか?」

一応データ上で「最低限この位は進むだろう」と推測を立ててやっているが、やはりやってみない事には分からない。
まして紀伊梨のように、何をするか分からないトラブルメーカーが居るなら尚更だ。

「千百合は順調だよ。今日で一通りは終わるから、後はまめに問題集を解くだけで問題ないレベルまで行けるんじゃないかな。」
「そうか、データ通りだな。」

千百合はやらないだけで出来ないわけではない。
地頭が良いので、ちょっとやる気になればある程度のレベルまではあっという間だ。

「お前さんは本当にそつが無いのう。」
「まあね。面倒だから最低限しかやらないけど。」
「たるんどる!常に向上心を持ってだな、」
「うっさいわね、私の勝手でしょ。」
「はいはいはい、その辺その辺w」

(まだ真田と黒崎は2人に出来ないな。)
(誰か、もう1人2人他に居れば良いんだけどね。千百合と弦一郎の2人だけで何か、っていうのは辛いかな。)

一時に比べれば飛躍的にマシだが、それでも放っておくと段々ヒートアップする気配はまだまだ消えない。
春日には苦労をかけるなあ・・・と幸村はちょっと苦笑した。

「仁王はどうだ?丸井の調子は。」
「思ってたよりは良いペースじゃな。基本は分かっとる。ただ、どうもセンスがなくてのう・・・応用に慣れるには、ちいとばかし時間が要るぜよ。」
「ブン太は、根っから文系だからな。」
「そうじゃろうな、それはすぐ分かる。理系なら感覚で分かる様な所で全部躓いとるからの。」
「ふむ・・・」

柳はさらさらとノートにメモを書き溜めて行く。

「春日の見てた国語の方は・・・桑原、黒崎。どうだ?」
「かなり快調よw」
「ああ。説明が分かりやすいし、質問もし易い。多分今日の間に、演習テキストのテスト範囲は1周出来るな。」

「捗っているな。」
「そうだね、春日は教えるのが上手いから。」

如何程上手いのかは、紀伊梨が立海に通っている事から窺い知れるだろう。
同時にその当時の苦労も窺い知れるが。

「紫希は質問もし易い雰囲気だしね。どっかの誰かさんと違って。」
「おい誰の事だ!」
「べっつにー。」
「はいはいwというか、叫んでるのは分かったけど、紀伊梨の方は実際どうよ?計画通り進んでる?」

「「・・・・・」」

紀伊梨に着いていた真田と柳は顔を見合わせた。

「そうだな。一応、想定より大幅な遅れはないが。」
「しかし・・・彼奴は幾らなんでも理解が不足し過ぎている!幾ら授業を聞いていないといっても、限度があるだろう!」
「やっぱり難航してるか。」

千百合達幼馴染組としては「知ってた」としか言いようがない。案の定という奴。

「そ、其処まで酷いのか?」
「まあ真田の喚きようを見てたら分かる様なもんじゃがのう。」
「兎に角、集中力が続きづらい。下地が分かっていないから、応用を出されるとパニックになる。とはいえ想定はしておいた。苦労はするが、巻き返せないほどじゃない。」
「ごめんね、迷惑かけてw」

想定の範囲内であるというのが又情けない。
一度くらい予想を良い意味で裏切ってくれないだろうか。

「さて・・・総合的にみると、大凡計画通りといった所だな。今のペースで進めば、赤点は無いだろう。赤点スレスレは出る可能性もあるが。」

誰とは言わない。皆分かってるから。

「明日とか明後日の予定は、どうなってるかな?」
「そうだな、3人が戻ってきたらまた細かく説明するが・・・一先ず、明日も基本的にこの講師陣と生徒陣で別れて勉強だ。明後日は自由にしておいて、その後の土、日に入るまでの2日は講師と生徒を区切らず教え合いにしようと思う。」

現在、先生役。つまり教える側のメンバーとしては、紫希、幸村、真田に柳、仁王。
この5人は苦手科目が無いからという理由で今講師の立場になっているが、苦手ではなくても得意でもない科目があるので、其処は生徒側になって得意な人に教えて貰った方が良い。

「土曜日と日曜日は学校が無いから各々自習だな。」
「待て、五十嵐も自習か?放っておいて良いのか、彼奴は?」

真田の疑問は全員の総意であった。
自習というのは1人で勉強出来る者だから意味があるのであって、1人だと勉強出来ない奴は自習時間を与えたってそんなには捗らない。大丈夫だろうか。

「金曜日に五十嵐の様子を確認する。もし駄目そうなら、土曜か日曜のどちらかに図書館で勉強だな。」
「待って。それ、柳が紀伊梨の事見てくれるわけ?」
「俺とて進んでやりたくはないが、仕方ない。消去法だ。」
「マジかよw」

先ず、紀伊梨が甘えまくってしまう為紫希と桑原は覗かれる。
千百合はやる気がない。
真田だけでは、多分紀伊梨にはペースがキツすぎてしまうだろう。
仁王はおそらく紀伊梨で遊び出す。
丸井は自分も成績が振るわない科目が複数あるので、あまり時間的効率が良いとは言い難い。
となると残るは幸村、柳、棗の内の誰かという事になるが。

「流石に悪いわいなw俺が行くわw」
「しかしお前も時間が欲しいのではないか?」
「ん?」
「最近何やら仁王と一緒に居るというデータがある。何かは分からないが、又何か考えがあって、その為に動いてるのではと思っていたのだが。」

サッ。
と全員の視線を受けて、仁王と棗はニイッとニヤリ笑いを浮かべた。

「おい、何を企んでいるのだ。」
「いや、ちょっとw」
「その内分かるぜよ。」
「その内分かる事は皆分かってるんだよ・・・」

問題は、その「その内」が完全に事後である確率が高い事である。
事前に何も知らされないで巻き込まれる身としてはヒヤヒヤするから止めて欲しいのだが。

(ああ、あの話か。)

この中でただ1人、見当がついているのは千百合。

柳生の件だ。
確認を取ったわけではないが、おそらくそうだろう。

そう。
その為に、自分も土日のどちらか1日を使って考える事がある。
多分紫希も。
問題は紀伊梨もそうである事だ。彼奴勉強以外の事に時間割いてる余裕があるのだろうか。

「棗が駄目なら、俺がやろうか。」

名乗りを上げたのは幸村である。
元々紀伊梨は身内だし、棗の台詞ではないけれど、流石に柳に何もかもさせ過ぎではとも思うし。

しかし。

「「駄目だ。」」

真田と柳は声を揃えて言った。
幸村は目をパチクリさせる。

「・・・そんな勢いで反対されるとは思ってなかったよ。どうしてだい?俺なら甘やかさないでちゃんと、」
「そういった問題ではないのだ。兎に角、お前はいかん。」
「真田の言う通りだ。幸村に出て貰うくらいなら黒崎に出て貰う。」
「?」

解せない、何故だ。
困惑顔の幸村を他所に、仁王と桑原は「でしょうね」という表情を隠そうともしない。

(今しか無いからな・・・)
(まあ、出来る内に出来るだけの事をするのは論理的ぜよ。)

(・・・あー。そうかそうか、それか。)

棗はちら・・・と目線を隣の妹にやった。

「何よ。」
「何よじゃねえし。」
「なんだってん・・・!」

分かった。
分かったぞ。


こいつら、自分達にデートをさせる気なのだ。
テスト期間中で、部活が無いのを良い事に。


「ふざけんな、嫌。絶対嫌。」
「何が不満なのだ!」
「不満しか無いわ馬鹿!」

自分も幸村もそんな、人に迷惑かけながらこれ幸いとデート出来るような神経持ち合わせていない。
恥ずかしいだけなら、この多忙な恋人を捕まえてデート出来る事を思えば耐えられるが、これは無理。許容出来ない。そんな厚かましい事出来るか。

「黒崎、我儘は良くないぜよ。」
「何が我儘?ええ?」
「いや、これは仁王の言う通りだ。」

正直に言おう。
今年の夏、全力を尽くして日本の頂点に立つ為には、幸村にはベストなコンディションで居て貰わなければならないのだ。

その為に、千百合の存在は無しにして考える事は出来ない、と幸村以外のテニス部部員は皆思っている。幸村の健全な精神の為に、ちゃんとお付き合いしておいて貰わねば困ると言うのが部の意向だ。

「頼む黒崎、言う事を聞いてくれ。」
「ちょっと桑原、あんたまで・・・」
「いや、真面目な話だ。テニス部の為に頼む。」

(此奴ら纏めて、その足りない頭引っ叩いてやろうか・・・)

何がテニス部の為だ。巫山戯るな。
こんな事がテニス部の為になるわけがない。


分かってない、全然分かって無い。
此処にいる全員、幸村精市という人間を勘違いしてる。


「・・・あのねえ、妹。」
「何よ、やる気か。」
「やる気か、じゃない。お前、」
「まあまあ。待った、棗。千百合も、皆も。」

ずっと黙っていた幸村が、とうとう待ったをかけた。

「幸村・・・」
「皆の考えてる事は分かったよ。有難う、色々気を使ってくれて。」
「・・・礼は要らんが、お前はどうするつもりだ。黒崎千百合はこう言っているが。」

千百合が幸村を見ると、幸村は目を合わせて微笑んだ。

大丈夫。
分かってる。

「要は、だよ。」
「?」

「五十嵐が土日に誰かに見て貰わなければいけない、その状況が無くなれば良いんだ。」

千百合以外の全員が目と口を開いた。

それって、つまり。

「必ず、全範囲を叩き込んでみせるよ。明日の間にね。」

にーっこり笑う幸村の爽やかな笑みは、何故だろうかなんだかいつもより怖い気がした。
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