Pupil

「きっとゆらゆらゆらゆら♪揺蕩う思いー♪金魚みたくなーつの空ー♪」

我が世の春を得たと言わんばかりに、紀伊梨はスキップしたり紫希と丸井の周りをうろうろ、行きつ戻りつ、歌いながらちょろちょろしている。
そんなに机に座っているのが苦痛なのかって?苦痛ですとも何を仰るんです。

「もう夏の曲か。早ええな。」
「何時もはもう少しスローペースなんですけどね。」
「今年はフェスがあるかんねっ!夏に向けてサクサク曲作って、いっぱいいーっぱい練習するんだよ!」

やーふう!と叫んで拳を振り上げる紀伊梨。
こういう所は努力家なのに、どうして勉強となるとあそこまでああなのだろうか。

「ゆっきーは来てくれるって言ってたけど、ブンブンどーお?来る?来るよね?」
「なんで行く事確定みたいになってんだよ。行くけど。」
「いよっしゃー!」
「有難う御座います。」
「良いよ。俺もお前らのライブ好きだし?」
「よしよし!紫希ぴょんと一緒に、いっちばん前で見ててよねっ!」
「はいはい。」

あしらうようにはいはいと言いながらも、紀伊梨を見る丸井の目は楽しそうだ。
いつだったか、棗が紀伊梨と丸井をして「兄弟みたい」と言っていたが、確かに兄弟みたいと思う事が良くある。
微笑ましくてつい笑ってしまうけれど。

「紫希ぴょんどったのー?なんか楽しそうだねっ!」
「あ、いえ。紀伊梨ちゃんと丸井君は仲良しだなと思いまして。兄弟みたいだなって。」
「「兄弟?」」

顔を見合わせる紀伊梨と丸井。
別に友達としてお互い好きだし、兄弟みたいだねと言われて嫌ではない。

嫌ではないけど、1つ聞きたい。

「「どっちが上?」」
「え?」
「俺が兄貴だよな?」
「えー!違うよね紫希ぴょん!私がおねーちゃんでしょ!?」
「ええええ・・・!」

別にどっちが上だとか下だとか、そういう事を想定して言ってるわけじゃなかったから、そんな事を振られても困る。

「お前と兄弟でも良いけど、俺のが弟とか有り得ねえだろい。」
「えー!ぜーったいブンブンのが弟で、私がお姉ちゃんだよ!」
「絶対ない。俺のがしっかりしてるもん。お前と違って、隣の席の奴のノート間違えて持って帰ったりしねえし。」
「ぐ!あ、あれはちょっと間違えただけだもん!」
「俺のが成績も良いし。」
「うぐぐぐ・・・・!せ、成績の話をされると辛い・・・!」
「後俺のがじゃんけん強えし♪」
「それはかんけーないでしょそれはー!」

(ううん・・・言い難いですけど、こうして言われてみると紀伊梨ちゃんの方が妹側の様な気も・・・)

わあわあ騒ぎながら辿りついたコンビニは涼しくて、冷房が効いている。
逆に涼しくて気持ちいいと思うという事は、それだけ今年の5月は暑いのだ。

「すーずしー!えーと、何買うんだっけ?」
「ちょっとお待ちくださいね、ええと・・・紙パックのお茶と、飴、コーヒー、おまんじゅう・・・」
「良しきた!えっと、これと、これと、」
「手じゃ持ちきれねえだろい。籠ねえかな籠。」
「あ、こっちにありますよ。」
「ん。」
「・・・・・・」
「・・・おい。」
「・・・・・・」
「おいって。」
「何やってんのー?・・・あー。」

コンビニの籠を、紫希と丸井が2人で持って居る。
どっちも離そうとしない。

「駄目だよブンブン、こういう時は紫希ぴょんより先に籠持たないとー!」
「先に言えよい。っていうか、離せよ。」
「持ちます。」
「駄目。」
「持ちます。」
「却下。」
「持ちます・・・!」
「・・・そ。分かった。」

丸井はニッと笑った。

「じゃ、ジャンケンだな♪」
「じゃんけん・・・!?」
「おー!ナイスアイディアだー!ブンブンあったま良いー!」
「だろい?」

まずい。
これはまずい。

「ようし、いくぜ?じゃーんけーん・・・ぽん!」

丸井はチョキを出した。
自分のパーに開かれた掌が紫希は悲しい。

「負けました・・・」
「はい、俺の勝ち♪って事で、俺が持つからな?」
「でも悪いですよ、」
「悪くねえの。良いから任しとけって。」
「すみま・・・」

紫希の口が「あ」の形でストップする。

「・・・有難う御座います。」
「うん、よしよし。」
「おー!」
「?何だよ。」
「紫希ぴょんがごめんなさいを言わなーい!」

人に何かして貰う時、紫希は大抵「ごめんなさい」「すみません」「ご迷惑をおかけしまして」である。

「でもそっちのが良いよ、紫希ぴょん!」
「だろい?」
「そう、ですか・・・?」
「うんうん!良し、練習だ!紀伊梨ちゃんにも有難う言ってー!」
「お前何もしてねえだろい。」
「ふふふ。・・・紀伊梨ちゃん、何時も有難う御座います。」

そう言って笑う紫希の顔は、上手く言えないけどあんまり見た事の無い笑顔。
でも素敵な笑顔だったのが満足で満足で、紀伊梨もつられて笑ってしまう。

「えへへー!ようし!お菓子詰めちゃおー、紫希ぴょん!」
「ス、スナックは止めましょう紀伊梨ちゃん!油でノートが汚れますから・・・」
「駄目ー?でもしょっぱいのも欲しいー!」
「せんべいにしとけ。お、新作♪」
「あー!LO/OKだー!」
「オレンジ味ですか・・・夏ですものね。」

楽しそうにお菓子と飲み物を突っ込んでいく3人を見て、コンビニの店員はちょっと遠い目になる。

ああ、自分にもあんな時代があったな。もう遠い昔、戻れない青春の話さ、というノスタルジー。
でも、自分はあんなに女の子ときゃっきゃ出来なかったぞ畜生、という丸井に対するやっかみ。
後、丸井と紀伊梨が来たらお菓子の補充が大変なので、頃合いを見計らって裏に行かなくちゃという、業務に対するげんなり感。

ああ、今日は和菓子まで買っていくんですね、と柳に頼まれた饅頭を手に取る紀伊梨を見て彼は思う。

「ほいっ!おまんじゅー!」
「ええと、飴と、コーヒーと・・・あ!ま、丸井君!それは微糖ですよ!」
「良いじゃん良いじゃん!彼奴いっつもこっちの事引っかけてくんだから、偶にはお返ししてやろうぜい?」

(すぐバレると思いますが・・・)

「それより春日も、好きなの入れろい。金は出て来るからよ、ジャッカルのとこから。」
「駄目ですよ!」
「あ!ブンブン、それもう入れてあるー!」
「マジ?じゃあこっちのにすっか。」

ねえ、それ、何人分なんです?
と問いたくなるようなお菓子の量。
もう籠の中がパンパン。

そろそろ溢れますけど、な頃になって、漸く3人は会計を始めた。

「よ、と。お願いします。」
「はい123円が1点、294円が1点、100円が1点・・・レジお願いしまーす!170円が1点、」

レジ袋が見る見るうちにパンパンになり、1袋2袋3袋。
合計額で5000円余りのお菓子の袋詰めを、3人は受け取った。

「いやー!買いましたなあ!」
「おう!なるべく早めに戻らねえとな、チョコレート買ったし。」
「今日は暑いですから溶けますね。なるべく日影を通りましょう。」

などと言いながら外へ出た。

途端に紀伊梨と丸井は足を止める。

「・・・?紀伊梨ちゃん?丸井君?」
「・・・暑いー。」
「おう。暑いな。」
「?」

何をいきなり、と紫希がキョトンとしていると、2人は声を揃えて言った。

「「アイス!」」
「えっ?えっ、えっ、ちょ、ちょっと、」
「さーさー戻りましょー!」
「ま、待って下さい、溶けますよ持って帰るまでに、」
「なーに言ってんだよ、帰る途中で食べるに決まってんだろい?」
「えええ!?」

結局コンビニに引き換えす3人。

「あの、皆の分は、」
「良いの良いの。買い出しの特権って事で♪ほら、選べよ。」
「おー!ガリガリ君ココア味だー!私これにするー!」
「どーすっかなー。白熊にしとくか。」
「髪の毛赤いのにー?」
「1つも関係ねえよ。春日は?」
「ううんと・・・じゃあ、ピノで。」

再びレジにて会計する3人。
此奴らなんぼほど食べる気やねん、とうっかりツッコミも関西弁になってしまうコンビニ店員。

「100円が1点、100円が1点、158円が1点、合計358円になりまーす。」
「あ、割り箸を一膳お願いします。」
「「「え?」」」

店員でさえも、声に出して聞き返してしまった。
いや、こんなに買ってくれたんだし、あげないとかそういうわけじゃないけども。

「割り箸・・・ですか?」
「はい。」
「なんでー?」
「爪楊枝が欲しくて。」
「「???」」

なんだか良く分からない、な顔をされつつちゃんと割り箸をつけて貰い、再度コンビニを後にする。
背中にかかる有難うございましたー、の声の主が3人はちょっと羨ましくなった。良いなあ涼しい所に居られて。

「よっし!食べちゃお食べちゃお!がーりがーり君っ!」
「お!ちょっと溶けてる。食べごろだろい。」
「そういう時がいっち番食べやすいよねー!」
「な!」

1人1袋づつレジ袋を腕に下げながら、各々アイスを開封して歩く。
冷たくて美味しそう。やっぱり今年は暑くなりそうだ。

「・・・良し。紀伊梨ちゃん。」
「んー?」
「お1つどうぞ。」
「良いの!?わーい、やったー!」

ガリガリ君片手にうきうきでピックを手に取る紀伊梨。

「丸井君もどうぞ。」
「マジ?」
「ええ。割り箸に付いてる爪楊枝、お使いください。」
「・・・それか!」

爪楊枝とか何処で何に使うんだろうと思っていたら、自分と紀伊梨、両方にピノを食わせる為。

「おお!紫希ぴょんあったま良いー!」
「いえ。」
「お前・・・早く言えよそういう事は。」
「何故です?」
「知ってたらスプーン追加で付けて貰ったのに。」

お返しにこっちもちょっとあげる、が出来ない。スプーンは今一本しかないのだ。

「ま、言ってもしょうがねえか。ちょっと待ってろい。」
「はい?」
「よい・・・よ、と。はい、あーん。」

丸井が持っているのは、箸。
さっきの割り箸で、白熊を掬っているのである。

「・・・え?え?」
「ほら。」
「おー!すごーい!アイスって箸で掬えるんだねー!」
「其処まで溶けてねえからな。」
「いえ!いえいえいえ!結構です、自分で食べますから!」
「言ったな?」
「え。」
「はい、食えよ?」

(しまった・・・・!)

やられた。
すっぱい顔をする紫希を見て、丸井はとっても満足そうである。
何か最近、こんなのばっかりだ。世話になるまい、迷惑かけまいと思えば思うほど世話を焼かれる。

「ほら、箸。」
「有難う御座います・・・・」
「・・・・」
「何だよ。」
「ブンブンって、いっつもそーやって紫希ぴょんとお喋りしてるの?」
「そうやってってなんだよ。普通にしてるだけだぜ?」
「えー!普通じゃないよー!」
「何処がだよ・・・」
「だって紫希ぴょんが先回りされてるとこなんて殆ど見た事ないもーん!」

自分達5人の中では、紫希はどちらかというと紀伊梨や千百合の先回りをする方なのである。
紀伊梨のやらかしそうな事を想定してフォローに前以て入り、千百合が意地を張りそうなタイミングで力を抜くのが紫希の標準的な振舞い方だ。

だから人に振り回されて、言うなれば良いように手玉に取られて居る紫希を見るのは珍しい。

「良いなー!良いなー!私も紫希ぴょんの事振り回してみたいー!」
「お前何時もやってんだろい?」
「そーじゃないのー!お世話してみたいのー!」
「自分の世話出来るようになってから言えよ。」
「まあまあ・・・あ!紀伊梨ちゃん、アイスが!」
「え?・・・あああああーーー!」
「あーあ・・・」

溶けて棒から落ちたココア味のガリガリ君が、スカートに着地。
帰宅してから母に叱られる事を思う紀伊梨の絶叫が、町の一角に響き渡った。


6/7


[*prev] [next#]

[page select]

[しおり一覧]

1年1学期編Topへ
1年夏休み編Topへ


-