Reason 4
「わあ・・・!」
今、丸井の皿にどーん!と乗っているのはそこそこのサイズのクロカンブッシュである。
「凄いですね!丸ごと貰えるんですか?」
「んー、どれくらい分けますかって聞かれたから、丸ごと欲しいって言ったらくれたぜい?」
普通なら食えるわけないだろとスタッフに苦笑いされるところだが、丸井はありつくことが出来る。
何故かと言って、この男はこの近辺では有名なバイキングの王子様(バイキング荒らしともいう)だからだ。
実は今日入店した時点で、厨房で「おい、王子だ。」「プリンスが来たぞ、備えろ!」とか会話されていた事を丸井は知らない。紫希も知らない。
「まるで山ですね・・・」
「な!食いでがあるよな!おし、頂きます!」
此処でクロカンブッシュとはそもそもなんぞやという話をしておこう。
クロカンブッシュと言うのは、かなりザックリ言うとプチシュークリームを積んで作る山の事である。
タルトやパイ生地などの土台の上に小さいシュークリームを円錐形に積んで、崩れないようシュー同士を生クリームで接着したり糖衣で包んで固めたりして成型する。
後は外をデコレーションすればクロカンブッシュの完成である。
大きさは様々だが、例え小さめのサイズであってもバイキングで丸ごと食べようなどというやつはいない。
普通は。
「うん、美味い!」
「ええ、美味しそうですね。」
「要るか?」
「いえ、ちょっと休憩します・・・今お腹いっぱいなので。」
バイキングが始まっておよそ50分。
その間、一切休憩も取らないしペースも落ちない丸井の胃は、いつぞやに千百合が言っていたように本当にブラックホールなのかもしれない。
(しかも、バイキングだから意地になってとか色々食べたくてとか、そういうのじゃないんですよね多分。)
食べたいから食べる。
丸井はその思いだけで只管に食べ続けている。
文字通り山積みのシューの向こうに見えるそれは満足そうな笑顔に、紫希も自然と顔が綻ぶと言うもの。
「?何笑ってんの?」
「いえ、何というわけではないんですけれど。丸井君が幸せそうなので、私も嬉しくなってしまいまして。」
「あのな・・・いや。いいや。」
「?」
紫希は自分と同じ思考を丸井が持ってるかもとは考えないのだろうか。
紫希が丸井の笑顔を見て喜ぶのと同じように、丸井の側だって紫希が嬉しそうに笑っててくれてた方が幸せなのだから、普段からもうちょっと自分の前でにこにこしててくれても良いんだぞ。
と、喉まで出かかったが。
(でも多分、春日は春日で頑張ってくれてんだよな。)
すみませんが少なくなったし、笑った顔もじわじわ見られているし、今日も事情があったとはいえ紀伊梨と天秤にかけて自分を取ってくれたし。
徐々に徐々に馴染んでは来ているんだろうなという、手ごたえの様な物は感じられる。
何より笑えと言ったら逆に困った顔になっておろおろするだろうから、それなら何も言わないでそのままニコニコしといて貰った方が良い。
「丸井君?」
「何でもねえよ。それより、本当に要らねえの?」
「ええ。」
「でもさっきからちらちら見てねえ?」
割と分かりやすく目がクロカンブッシュを追うのが、正面の丸井にはよく分かる。
欲しいならそう言えばいいのにと思ったが。
「いえ、食べたいわけではないんです。これを作れないかなと思いまして。」
「あ、そっちか。んー・・・」
ちょっと食べる手を止めてしげしげと半分になったクロカンブッシュを眺めまわしてみる。
「・・・一番辛いのはシューですよね。」
「だな。シューが出来たら、後は生クリームでどうにでもなりそうだろい。あんまり積むと、中のシューが潰れそうだけど。」
「最近のクロカンブッシュで高さの高いのは、土台を作ってあるらしいですよ。」
「へえ!まあそうなっちまうよな。んー、でもどうにか出来ねえかな・・・」
「あ!クッキーシューで積むのはどうでしょうか、多少丈夫になるかもしれません。」
「それだ!ナイスアイディア!」
だからそのシューが難しいんだって、というツッコミは尤もだが、それがどうしたというのだろう。
難しいなんて理由で尻込みして居られるか、美味しいお菓子の為なのに。
「良いな、なんかやる気出てきただろい。今度時間見て作るかな。」
「・・・・・・」
「どうした?」
「いえ。何時か作れたら良いなあって。私、今すぐ作る気はあんまりないんです。」
もっともっと、遠い未来に。
紫希の声音からはそういうニュアンスが感じられた。
「なんで?」
「ふふふっ!丸井君、クロカンブッシュって、何処でどうやって生まれたかご存知ですか?」
「いや、それは知らねえ。」
「これ、フランスのお菓子なんです。
・・・ウエディングケーキなんですよ。」
そう。
これは結婚式に使われるケーキ。
「へえ?ウエディングケーキっていったら、皆こう、2段とか3段のでけえのかと思ってたぜ。」
「そうですね、どちらかというと伝統的なケーキなので昨今ではフランスでもそうだと思います。でも元々はフランスで結婚式に使われていたんですよ。このシューが子供の数であったり、お祝いしてくれる人の数であったり・・・そういう意味合いがあるので、高ければ高いほど良いとされてるんです。ですから私、いつか・・・」
いつか、作ってみたい。
何年先になっても構わない。
式でじゃなくて、皆でつつくだけで良いから。
「いつか、千百合ちゃんと幸村君の為に。これを出してみたいんです。」
いつか、いつかの夢。
そうなったら良いなという、甘くて淡い、遠い遠い未来に託している夢。
あまり考えたくはないが、勿論あの2人が結婚しない未来ももしかしたらあるかもしれない。
先の事は誰にも分からないけれど、それでも抱いていたい夢だ。
「・・・そっか。」
「ええ。あ!勿論紀伊梨ちゃんがご結婚される時も、きっとお祝いしますよ!今付き合っている男の子とかは居ませんけれど、紀伊梨ちゃんならきっとその内、素敵な彼氏が出来ますから。」
「そう、かあ?それについてはちょっと疑問の余地ありありじゃねえ?」
「ええ?何故ですか、紀伊梨ちゃんはあんなに素敵な女の子ですよ!何時も太陽みたいに明るくて眩しくて、笑顔が可愛くて見ているだけで元気になるじゃないですか?」
「んー・・・」
そう言われたらそうなのかもしれないけれど、丸井にはどうもイマイチピンと来ない。
確かに見目は抜群に良いし、明るくて遊ぶと楽しいのは本当だ。それは丸井も、心の底からそう思う。紀伊梨と同じクラスで毎日楽しいけれど。
「・・・いやでも、やっぱり彼女にしたいかって言われるとどうも疑問だろい。」
「確かに個人の好みがありますから、丸井君の恋人にしたいタイプではないのかもしれませんけれど・・・でも、紀伊梨ちゃんとお付き合いしたいと思う人は絶対に居ますよ!」
「ま、そうだな。ああいうのが好みの奴ってのは居るんだろうな、改めて考えると。」
それでも丸井には全然分からないのだが。
どうも紀伊梨と話していると、いつだったかの紫希のセリフではないけれど半分妹みたいな目で見てしまう事が度々あるし。
「話が逸れましたけれど、紀伊梨ちゃんの結婚のお祝いも作りたいんです、いつか・・・・あ、でも紀伊梨ちゃんならクロカンブッシュみたく伝統的な側面のあるお菓子よりは、奇抜で新しい方が喜ばれるでしょうか?」
「これも大概奇抜だけどな。あ!虹色にしてやったら喜ぶんじゃねえの?カラフルだー、とか言って。」
「青をどうするかが問題ですね・・・」
「まあな、ブルーベリー使うっつってもあれ半分紫だからな・・・」
「若しくは、今流行のびっくり系ケーキにしましょうか?切ったら中に空洞があって、そこからマーブルチョコレートがザラザラ出て来る、とか。」
「おお!あ、でもあれだな。そうすっと中が空くから、あいつの食べたがる量考えると厳しいな。」
「確かに隙間は多いですね・・・」
「ウエディングケーキじゃねえけど、あれはどうよ?ガレット・デ・ロア!ほら、くじ引きみてえにしてさ!」
「あ!それは楽しそうです!」
「あ、待て!やっぱ駄目だ!」
「え?何故ですか?」
「彼奴絶対誤嚥する。」
「ふふふっ、流石にしませんよ。紀伊梨ちゃんは沢山食べますけれど、早食いではないですから。」
「えー、するって!」
取りとめもなく続くお喋り。紫希は楽しくて仕方がなかった。
今日家を出た直後に感じていた、「今日一日楽しく丸井と過ごせるだろうか」と懸念して胃を痛めていたのが嘘のようだ。
結局何時もこうなる。
会った直後は緊張して、ちょっとよそよそしくなってしまって、でも一緒に居る内に段々中学校からの友達だという事を忘れる位気が緩んで気分が上向きになる。
紫希は段々、丸井を信用してきていた。
勿論他の人を信じていないとかそういうわけではない。友情を信じてるとか信じてないとかいう話ではなくて、紫希の人見知りの話だ。
そんなに緊張しなくても、楽しい事しか起こらないから大丈夫だよ。
会う度にそう言われてるような気がして。
(丸井君って、本当に不思議な人です・・・)
「だから、そもそも土台のスポンジが・・・どうした?」
「いいえ、なんでもありません。」
「そう?・・・そういえばお前は?」
「はい?」
「自分が結婚するってなったら、何作る?」
(私・・・?)
我が身の事は考えた事がなかった。
言われてみて、ちょっと想像を巡らせてみるも。
「・・・・・すみません、ちょっと、自分がどなたかと結婚している図というのが思い浮かばなさ過ぎて考えられません。」
「はははは!まあまあそう言わないで考えてみろい、未来の旦那さんが悲しむぜ?」
「ううん・・・」
「あ、でも良く考えたら春日が祝われる側なのに自分で作るのはおかしいな。」
そうだそうだ、其処を失念していた。
「いえ。それでも私、自分で作りますよ。」
「自分のお祝いなのに?」
紫希は微笑んだ。
「それは違いますよ丸井君。」
「?」
「私のお祝い、ではないです。私"達"のお祝いです。結婚は2人でするものですから。」
これもまた、千百合と幸村を見ていて学んだ事だ。
今丸井の目の前には紫希しかいないけれど、もし紫希が誰かと結婚という事になったら、その時にはその誰かが紫希の隣に居る。
丸井にはまだその発想が育っていないのだった。
「・・・確かに。」
「そうでしょう?ですから私が作ります。相手の方に、少しでも喜んで頂きたいですから。」
そして相手を喜ばせるのが、出来れば自分であって欲しい。
きっと自分はその場になればそう思うのだろうと紫希は考える。
「丸井君もそうではないですか?」
「へ?」
「もしご自分がご結婚されるとして、お祝いにお菓子を作るなら、人じゃなくてご自分でやりたいと思いませんか?大好きな奥さんを喜ばせるために。」
勿論、普通はお祝いのお菓子というのは本人は貰うだけである場合が多い。
ただ、紫希も丸井もお菓子を作るのが好きなのだ。
そして作るのが好きだからこそ、そういう場面は寧ろ自分が!という心理が働かないだろうか。
まして相手は将来を約束している人。
世界で一番愛している人なのだから。
「・・・そうだな!俺ももし結婚すんならそう思うかもな。」
「お菓子の醍醐味ですよね。」
自分で甘くて美味しいものが作れたら嬉しい。
誰かと食べたらもっと嬉しい。
だから何度でも作ってしまうのだった。
美味しい、と言ってくれる笑顔を夢見て。
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