Reason 4


「で?」
「うん?」
「弾くのかい?今日は昼の予約は無いから、ちょっとならステージに立っても良いよ?」

紀伊梨は足をぶらつかせながら、本来観客が座る足の高い椅子に腰かけていた。
プリズムはそんなに大きいライブハウスではないので、土日だろうと日中は今日のように人が居ない事も多い。
今なんて、小田桐と紀伊梨の2人しか居ない。

「んー、どーしよっかなー。」

弾いても良いけど、もう少しボーっとステージを見て居たい気もする。
まあ弾きたかったらいつでもどうぞ、という小田桐の言葉に甘え、ギターのケースをなんとなく触っていると。

「ほらもう、早くってば!」
「でもそんな事言ったって〜!」

「?」
「お、あの声。」

紀伊梨は誰だろー、とぼんやり思うが、小田桐は知っている顔らしく入口に目を向けた。

「ほら、此処此処!此処なら・・・小田桐さーん!こんちはーっす!」
「やあ、翠ちゃん。暫く。」

扉を開けて入ってきたのは、恐らく年上と思われる少女が2人。
1人がもう1人の手を引いているが、その引かれて居る方の少女の背中。

(おー!)

「その子はお友達かい?」
「そ!」
「あ、私翠ちゃんのクラスメイトで目黒彩乃です!はじめまして・・・」
「これはご丁寧に。店長の小田桐です。ところで、今日は何の用事・・・」

「ねーねー!おねーさんもギター弾くのー?」

目黒の背負っているのは、紛う事無くギターケースであった。
もしかしてギタリスト仲間ではと声をかけた紀伊梨にいち早く反応したのは、しかし目黒ではなく翠の方であった。

「可愛いー!」
「およ?」
「可愛いー!チョー可愛いー!マジ可愛いー!」

翠はサッと寄ってきて、紀伊梨の顔をまじまじと至近距離で見つめた。

「え、やばくない!?マジ美少女じゃない!?天使じゃない!?」
「えー?そっかなー?」
「声まで可愛いー!やばいやばい、ドストライク!ねえねえ、モデルとかしてないの?」
「あ、翠!」
「翠ちゃん、年下の子を苛めるのは感心しないよ?」
「えー!苛めてないっすよー!」

確かに苛めてるというのとはちょっと違うかもしれない。
しかし紀伊梨を抑え込むテンションの高さというのはなかなか、なかなかと言わざるを得ない。

「うはー!肌スベッスベ!チョー真っ白!目でかっ!睫毛長!」
「えへへー!そお?そお?紀伊梨ちゃん可愛い?」
「あーん!もー、チョー可愛いー!」
「むゆっ!」

ぎゅう!と首に飛びつかれる紀伊梨。
何時もは飛びつく側なのでなんだか新鮮である。

「こらもう、翠!やめなってば!」
「えー!こんなに可愛いのにー!」
「それとこれとは関係ないでしょ!」
「あのー、そろそろ良いかい?」

さっきからほっとかれっばなしの小田桐。

「翠ちゃんと、目黒さん?結局2人は何しに来たんだい?」
「あ!そうそう、忘れてた!」

翠はそう言うと、目黒を小田桐の方に向けて背を押した。

「あの!彩乃に此処で、演奏させてあげて欲しいんです!」
「ちょ、ちょっと、」
「演奏!?」

演奏、と聞いて俄然目が輝く紀伊梨。
聴きたい。是非に。

「おねーさん演奏するのー!?聴きたい聴きたーい!」
「ほら、あの子も聴きたいって、彩乃!」
「ちょっと翠〜!!」
「ふむ・・・」

小田桐は少々思案した。

「演奏するのは構わないよ。」
「やったー!さっすが小田桐さん、話分かるぅ!」
「ただ、目黒さん。」
「は、はい!」

「君は演奏したいのかい?」

その質問に、目黒は詰まった。

「・・・・・」
「おねーさん、弾きたくないの?」
「・・・ううん、弾きたくないわけじゃないの。ただ、その・・・」

話すうちにどんどん下を向いてゆく目黒。
その両肩を、翠がそっと抱いた。

「小田桐さん、彩乃はバンドを組みたいんです。」
「おー!」
「ほほう。それはうちとしても喜ばしいねえ。」
「でしょ?で、誘いたいメンバーももう居るんです。ただ、1人どうしても誘えない人が居て。」
「どーしてー?」

紀伊梨が問うと、翠はパチンとウィンクしてみせた。

「そりゃ勿論、彩乃の好きな人だから♪」
「もう、翠!!」
「おおー!」
「成る程ねえ。言いにくいねえ。」

告白ではないけれど、お誘いはちょっと似たものがある。断られると悲しい所とか。

「はあ・・・でも勿論、彼を誘いたい気持もあるんです。でも踏ん切りがつかなくて・・・」
「だから、ちょっとおまじないっていうか、願掛けっぽい事考えて来たんです!」
「がんかけってなーにー?」
「ううん、まあざっくり言うと自分で作るジンクスみたいなものだねえ。試験に合格する迄赤いペンは使わないとか、告白する迄髪を伸ばすとか。自分でルールを作って、これを守り切ったらきっと上手く行く、って自己暗示をかけるんだ。自信に繋がるんだよ。」
「へええー!あ!甘い物食べなかったら、きっと痩せるっていうアレと似たようなもんですな!」
「ちょっと違うかなあ。」

小田桐はこういう時紫希ちゃんに聞くと良いよと言いたくて仕方がなくなる。

「まあその話は後として。その願掛けの内容は?」
「観客の前で、曲を1曲間違えないで弾き切ったら、です!この子上手いのに、引っ込み思案で出来っこないって思い込んでるもんだから。」
「だってー!」

(ちょっと紫希ぴょんに似てるなー。)

「ふむ。それで此処へ。」
「はい!此処なら、少なくとも小田桐さんは絶対居るでしょ?だから良いかなって。」
「おねーさんはー?」
「それよ!彩乃ったら、私の事「お客様には見えない」とか言うのよ!」
「わ、悪い意味じゃないよ!だって、翠は付き合いが長過ぎて半分以上身内というかなんというか、」
「まあまあ、その話は一旦置いとこうねえ。それで?此処へ来た理由は分かったけど、目黒君の気が進んでいない理由は?緊張かい?」

小田桐の追及に、目黒はギュッとギターケースを抱き抱えた。

「・・・私、一曲弾けてしまうのが怖いんです。」
「ああ、成る程。」

小田桐は納得の声を上げるが、紀伊梨は思い切り疑問符を出した。

「えー?なんでー?」
「弾けたら誘わないといけなくなるからだよ。」
「その為にそういうルールにしたんっしょ?」
「紀伊梨ちゃんは、こういう時キッツいねえ。」
「ええー!?なんでよー!!」

一曲弾けたら、誘う。
このルールは裏を返すと、弾けたら嫌でもそうしなければいけないのである。
ルールを厳しく遵守するからこそ願掛けというのは効果を発揮するのであり、その点をなあなあにするとそれはもはや願掛けではなくなる。

目黒はそれを重々承知しているから、やりたくないのだ。
それがどんなに本末転倒な考えであっても。

「そうよね!やっぱなんでって思うわよね!ほら、えーと、紀伊梨ちゃん?紀伊梨ちゃんもこう言ってるじゃん、彩乃!」
「翠ちゃんと紀伊梨ちゃんはもうちょっと乙女心の勉強した方が良いね。」
「「えええ!?」」

この分じゃこの2人に春は未だ遠そうである。折角2人して美少女なのに勿体無い。

(しかしねえ、そういう事なら・・・)

「・・・・」
「小田桐さん?」
「・・・紀伊梨ちゃん。」
「うにゅ?」
「目黒さんに演奏を見せてあげてくれないかい?」
「私?」

目黒は混乱しているのだ、と小田桐は思う。
願掛けするのは良いが、願掛けに囚われ過ぎていて根本的な事をすっかり忘れている。目の前のことしか見えていない。
だから土壇場で怖気付いてしまうのだ。

口で言うより、紀伊梨の演奏を見た方が早かろう。

「良く分かんないけど良いよー!曲は何が良い?知ってる奴だったらリクエストにお答えしますぜ、おねーさん!」
「マジ!?やったじゃん彩乃!良く分かんないけど、頼んじゃないなよ!」
「えええ!?そ、そんな事急に言われても・・・」
「そーお?じゃ、知ってそうなのにしようかな!ちょっと待ってねー、アンプ、アンプ・・・小田桐のおっちゃーん!ライトー!」
「はいよ。」

紀伊梨がステージに向かってせかせかと準備を始めるのを、翠と目黒は小田桐と見ていた。

「ところで、なんで彩乃の事と紀伊梨ちゃんが演奏するのが関係あるんですか?あ!もしかして、先に演奏者が居たら後に続きやすいとか、そういう気遣い?」
「違うねえ。」
「じゃあ、年下の子でもあんなにやれるんだから、っていう背中押し?」
「翠、こういう事に年下だから年上だからとかは関係無いって。」
「目黒さんの言う通りだよ。というより、見たら直ぐ分かるだろうから今言うけれど、紀伊梨ちゃんは此処に来る大概の人間よりは上手いからねえ。」
「「そうなんですか!?」」
「うん。あの子は音楽の申し子だ。」

幸村と言い、紀伊梨達5人はなんというか、一芸に秀でている子達が多い。
短所もあるけれど、お互いバランスを取り合っているから、見て居てなんとなく安心する。

「目黒さんに紀伊梨ちゃんを見て欲しいのは、紀伊梨ちゃんが本当に上手いからだよ。」
「本当に?」
「上手い・・・?」

上手い事に本当も何も無いのではない?
と思う2人に小田桐は微笑む。

直分かる。
一曲終わる頃には。

「良し!おっちゃーん!良いよー!」

「はいよ。」

バチ、バチ、バチ!と点くライト。

スポットが当たると急に逆光になり、小田桐達の表情は急に見え辛くなる。
でもなんとなく雰囲気で分かる。
どんな顔をしているか。

(彩乃おねーさん、暗い顔してるなー。)

あれは多分、紀伊梨とは関係無い。
自分の事に意識が向いて、その事で悩んでいる顔だ。

曲は決めた。
色々考えたけど、最近弾きたいと思ってた曲があるのだ。
ぶっつけ本番だけど、今迄ぶっつけで困った事とか特に無いし、大丈夫だろう。

「ようし!1、2、3、4!」

勢いよく飛び出すギターの音。
箱に響くサウンドは、3人の耳を、心を揺さぶるが。

(これ、なんの曲・・・?)
(知ってそうな曲弾いてくれる、って言ってたけど。)
(なんだっけねえ、これ。此処まで出かかってるんだけど・・・)

そっちが気になって、演奏に集中出来ない。
聞いた事無い。でも、何故か全然知らない、という感じがしない。

(・・・待てよ。知ってそうな曲にするとは言ってたけど、それがどんな曲かは言ってない。)

ロックなのかポップなのか。
歌謡曲なのかインストゥルメンタルなのか。

まして、イントロがある曲だなんて、一言も。

小田桐がその事に思い至って顔を上げると、紀伊梨はニイッと笑ってみせた。


さあ。
いくぞ。


「いーーつかーー!かなーらずー!おーうーじさーまが!私をー!見つけ出ーしー!お城へ!連れてー行くーー!」

翠と目黒が目をまん丸に見開いたのを見て、紀伊梨はガツンとテンポを上げた。


「「『いつか王子様が』!?」
「これかあ。ロックアレンジだね。」

本来はジャズ・クラシックに分類される。
この曲はイントロが無く、いきなりメロディから入るのが特徴の1つだが、紀伊梨は自分でイントロを考えて頭に付け加えた。


「鳴りー響ーくー!でーしょーうー!」


この曲は短い。
でも、紀伊梨は続けてもう一度イントロを挟む。

今度はどの曲か分かったでしょう?
だからもっとちゃんと聞いてよ。

自慢のイントロ。
自慢のアレンジ。

もっと見て。
もっと聞いて。

「someday!my prince will come!」


目を覚まして。



「・・・・・・・!」

ドキン、ドキン、と高鳴る心臓。
目黒は思わずギターケースをなぞった。

一体自分は何をしてるんだろう。
何をボーッと見ているんだろう。

紀伊梨は同じギタリストなのに。
あんなに輝いているのに、自分ときたら。

(私も・・・)

自分だってやれる。
自分だってやりたい。

(・・・私もやる!)

「凄い!ね!凄いね彩乃・・・彩乃?」

目黒の目に輝きが戻ったのを、翠は不思議そうに、小田桐は満足そうに見た。

そう、その顔。
ギタリストの顔が小田桐は見たかった。

目黒はすっかり忘れていたのだった。
どうして好きな人をバンドに誘おうと思ったのか。引いてはそもそも、何故バンドを組もうと思ったのか。

それば演奏が楽しいから。
ギターを弾くのが大好きだから。

その事を丸きり忘れて、ギタリストの情熱を見失ったままその好きな子とやらに声をかけても、その子は加入したいと思わないだろう。

火の消えた眼差しに再び熱を灯すのは、目黒と同じギタリストの紀伊梨しか出来ない。

(とは言っても、ギタリストなら誰でも出来るわけじゃないからねえ。紀伊梨ちゃんが居てくれてよかった、ってところかな。)

何かを好きになるのは簡単だ。
でも、好きで居続けるのが難しい事もある。

いつの間にか、どうして自分が努力していたのか忘れてしまったり。
楽しいと思っていた筈なのに、苦しさばかり感じるようになってしまったり。

そんな時には、人には2種類の人間が必要なのである。

1つはこの場合の目黒にとっての翠のように、細かい事情が分からないからこそ忌避ない励ましをしてくれる友人。

そしてもう1つは、紀伊梨のようなカリスマ性に秀でた同ポジションの人間。

(・・・テニス部に入って欲しい友達、ねえ。)

小田桐は紀伊梨の話を思い出す。
大人としてはこういう話を聞くと、部活に入って貰うことよりも辞めないで居て貰う事の方がハードルが高いと思われるのだが、少なくとも後者はなんとかなるだろう。


幸村精市。
あの噂に聞く、鬼の様に優秀な子が居る限り。




「baby to me!someday、someday!・・・・イェーイ!」

1曲弾き終わり、高らかに天を指差す紀伊梨。
3人は、惜しみない拍手を贈った。

「すっごーい!めっちゃ上手ーい!ボーカルもチョー上手だし!」
「そお?やったー!」
「いやいや、流石だ。また腕を上げたねえ。」
「でしょでしょー?紀伊梨ちゃんは日々進化しているのです!・・・さ!」
「え?」
「彩乃おねーちゃん!次は彩乃おねーちゃんの番っすよー!」

小田桐と翠は傍らの目黒を見た。

「弾くっしょ?」

「・・・うん!弾く!弾きたい!」

此処に来た時の尻込み具合は何処へやら、打って変わって気合十分にギターの準備を始める目黒。
その様子に小田桐と翠は顔を見合わせ、微笑んだのだった。



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