Reason 4
又ぶらりと足を運ぶと、今度は花壇に囲まれて正面に木が見える。
「わあ。」
「凄いね、今が見頃・・・」
「どピンクだ。」
「その言い方はどうかと思うよ?」
濃いピンクの花を咲かせるその木は、立て札に「花蘇芳」と書いてある。
読めない。
「漢字の勉強もしとくべきだったかな。」
「ふふ。すおう、って読むんだよ。これはハナズオウだ。」
手を当てて真上を見上げると、深いピンクで視界がいっぱいになる。
「花弁、変わった形ね。」
「蝶みたいだろう?花が枯れた後も、この木は面白いよ。ハートの形をした葉が、落ちてくるんだ。」
「へえ、可愛いじゃん。花言葉は?」
「・・・・」
「精市?」
「・・・実は、花言葉はあまりよろしくなくてね。尤も、花言葉は人がつけたものだから花に罪は無いけれど。」
この木は、ユダの木という別名で知られる。
「・・・どういう?」
「『疑惑』。それに、『不信仰』、『裏切り』。」
ユダの木。
イエス・キリストを裏切ったとされているユダ。そのユダが自殺を行なった時、首を吊った木がこのハナズオウであった、とされている。
木からすれば迷惑でしかない話だが、ともあれそれが今日まで尾を引き、ハナズオウは花言葉という点では名誉な扱いを受けられていない。
そのハナズオウの樹皮に手を当てて、千百合はニッと笑った。
「仁王だ。」
「ふふっ!言うと思ったよ。」
千百合は満足気に笑みを深くした。
なんてお似合いなんだろう、そっくりそのままじゃないか。
「彼奴と喋る時は話半分で聞いてないと、って最近分かってきた。」
「ああ、その所為かな。」
「ん?」
「最近、仁王は不意打ちが上手くなったよ。会話に入る前に、引っ掛けの種を用意してるんだ。」
「げ!」
引っ掛けられる側が対策を取ると、対策の対策を考えて打ち出してくる。その対策を取ろうとも、更にその対策をそのうち考えてくるであろうことは想像がつく。
「イタチごっこか。」
「ふふふ。でも、それも楽しいと思ってるんじゃないかな。俺達も。」
そして勿論、仁王も。
そういう所可愛げがあるから、なんだかんだあのイリュージョニストは憎めないのだ。
「さて。後は五十嵐と・・・」
「あ、紀伊梨は決まってる。」
「そうなのかい?」
「うん。確かあっち・・・」
そう言って指差そうとして。」
「・・・・・」
「千百合?」
挙動を止める千百合。
もしかして場所を見失ったのだろうか。
そう思い、幸村がズボンのポケットから地図を出そうとした右手を、千百合が掴んだ。
「え?」
「・・・・こっち!」
何度やっても、自分から手を繋ぐ瞬間はドキドキする。
特に今日みたいな日は尚更そう。
デートに来てお花に囲まれながら彼氏の手を引っ張るなんて、なんなんだお前いっぱしの女の子かよ、とか自分で自分に対しておかしいだろと思う所が多すぎて手に負えない。そんな事する性格じゃないだろ私。いつからどうしてこうなった。
「・・・千百合。」
「・・・・・」
「千百合。」
「何!」
話しかけてこないで欲しい。
今アクションを取られると恥ずかしいから黙って手を引かれるままで居て欲しいのに、嬉しそうに微笑む幸村はそれを許さない。
「凄く嬉しいんだけど、繋ぐなら左手にして貰えないかな。」
「・・・なんで。」
「利き手が空いている方が安心だからね。何かあっても、千百合を守り易そうだし。」
何からだよと言いたくなったが、先日不審者に会った身としては、流石にこれは幸村を責められない。
「それから。」
「まだあんの!?」
「出来れば、繋ぎ方は指が絡む方が良いかな。」
恋人繋ぎしろというのか。
目の前に居るのが幸村でさえなければ、千百合は間違いなくくたばれと叫んでいる。
「しない!出来ない!ほら、早く!閉園するから!」
「ふふふっ。そうだね、行こうか。」
左手が良いという願いだけ叶えてやる。
手首を掴んだまま、千百合はハナズオウの生えている丘から降りていく。
照れ隠しの為に早まっていた足のペースが段々緩んで、幸村がそっと千百合の隣に並んだ頃、2人はその花に辿りついた。
「あれ。」
「ああ、ラナンキュラス。確かにピッタリだ。」
黄色にピンクにと鮮やかな色。
薄い花弁は幾重にも折り重なって球体を形成し、茎の上に色の塊がそのまま乗っているように見える。
蕾から開けば開くほど、さらに美しく更に魅力あふれるその姿。
「『晴れやかな魅力』。」
「『光輝を放つ』。ふふ、五十嵐が聞いたら飛び跳ねて喜ぶね。」
「くどいようだけど言わないでよ。」
紫希は放っておくと引いて行くので寧ろ積極的に褒めるべきと思うが、紀伊梨は褒めたら褒めただけ舞い上がるばかりか、千百合が褒めてくれた千百合が褒めてくれたと言って回るので、どうも褒めるのに二の足を踏んでしまうのである。
「紀伊梨ってこう、あれよね。」
「うん?」
「・・・光ってる。」
どういう風にと言って、どういう風にでも。
例えば太陽のように明るく。
花のように可愛らしく。
月のように親しげに。
星のようにロマンチックに。
初めて会った時からそうだった。
弾けるような笑顔が眩しすぎて、思わず目を眇めたら顔怖ーい!と言われた時のことは今でもがっちり覚えている。色んな意味で。
「あ、思い出したら何かムカついて来た。」
「え、ムカついて?何を思い出したんだい?」
「色々と。芋づる式に。」
此奴やるじゃないか、と見直したらその直後にそれをひっくり返しがちなのも紀伊梨の特徴である。
つい先日だって、ライブの後一緒に帰ってる時に「ゆっきーに新曲の話したよ!」というから、よしよしそれを頼みたかったんだよと頷いたのに。なのにすかさず「千百合っちにももっと構うように言っておいたから安心してね!」と言われて思わずあの軽そうな頭を引っぱたきそうになった。
「ふふふ。でも、少し分かる気もするな。」
「なんかムカつくの?」
「いや、腹が立つとかそういう意味じゃなくて。五十嵐と居ると、常に感情が忙しいから、1つ思い出すとつられて色んな事を思い出しがちだと思ってね。」
「ああ、それだわ。」
常に感情が忙しいというが、正にそれ。
「紫希は逆に、紀伊梨と居て疲れないのかな。」
「春日はあれで満足だと思うよ。その人がその人らしくしてるのを見るのが、春日は好きだからね。」
紀伊梨みたく明るい人が好きだから、じゃない。
千百合みたく静かな人が好きだから、でもない。
その人その人がしたいようにしている、その嘘偽りの無い姿を傍で見て居るのが紫希には幸せなのだ。
そしてそういう裏表のない人間はひときわ輝く空気を持っている。
「・・・ねえ。」
「うん?なんだい?」
「・・・なんでもない。」
「・・・・?」
(ああ、くそ。)
千百合は偶に。
ごくごく偶にだが、ふいっと心に、ある『波』が立つ瞬間がある。
誰にも、悩みがある時に一番打ち明けやすい紫希にさえ、一言も漏らした事は無い。
理由は1つだけ。
あまりにも格好悪すぎるから。
ただただこの一言に尽きる。
もう、悩みそのものがくだらなさ過ぎて馬鹿過ぎて、こんな事で引っ掛かりを覚えているなどと誰にも言えない。
冷静になると、直ぐ消えるのだ。
馬鹿らしい。何考えてるんだ。あるわけないだろそんな事。
そう思い直して、だってこういう事だってあったし、あの時はああだったし・・・と自分で自分に言い聞かせるように根拠を内心で並べ立てて、ほら悩む事なんかないだろ、という結論で落ち着く。
そして又、忘れた頃に何かが過る。
もうずっとその繰り返し。
「・・・行こ。」
「・・・うん。」
「そうだ精市。」
千百合は振り切るように話を振る。
「精市には自分で選んで貰おっかと思ってたんだけどどう?」
「俺?」
「そ。」
「自分の花をかい?」
「うん。」
「難しいな・・・少し待って。」
幸村の頭の中には今、無数の花がザッと駆け廻っている。
「・・・うん。決めた。」
「どれ?」
「こっちにあるよ。」
千百合の右手が再びそっと取られて、2人は歩き出した。
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