Reason 4

「・・・お。」
「うん?」
「あの花、綺麗。」

千百合が指差した先にある花は、それこそ先の矢車菊ではないけれど繊細な見た目をしていた。
花弁は薄く、そして大量に折り重なって、ドレスか何かかよと思ってしまう。

「なんか、牡丹桜に似てる。」
「それも正解。これは牡丹の仲間だからね。」
「へえ。何これ、えー・・・?薬・・・?」
「芍薬だよ。」
「っていうとあれ?立てば芍薬。」
「座れば牡丹、歩く姿は百合の花。そう、その芍薬だ。」
「へえ、これ。初めて見た。」

牡丹は植木に採用されるし、百合は贈答の花束で良く見かけるが、芍薬をこんなにまじまじと見る機会は無かった。

「薬って事は、漢方なの?」
「ううん・・・諸説あるけれど、元々はこの漢字じゃ無かった、っていう説が大きいかな。本当は約束の約の字で、姿が嫋やかで優しいっていう意味があったんだよ。」
「・・・花言葉は?」
「ふふふ。なんだと思う?」

姿が優しい。
その言葉で、千百合が誰を連想しているのか幸村にはもう想像がついている。

「・・・『内気』、かな。」
「当たり。他にも、『謙遜』『恥じらい』『思いやり』が代表的だね。」
「凄い似合う。」

千百合は微笑みながら、爪の先でそっと芍薬の花を揺らした。

春日紫希。
あの心優しい控えめな親友にぴったりだ。

「ふふふふっ。」
「何よ。」
「ううん。ちょっと昔の事をね。千百合は、春日が嫌いだっただろう?」
「ちょっともー・・・それ言わないでよ、今の所私の一番の黒歴史なんだから。」

幼い頃、幸村に紹介されて、紀伊梨に手を引かれてきた紫希と初めて顔を合わせた時、千百合は紫希がとても気に入らなかった。

おどおどしていて直ぐ後ろに引っ込むし、面倒を押しつけられても引き受けるし。口に出して言った事は無かったけれど、此奴自分の意思とか意見とか無いのかよとずっと思っていた。

でも、自分と紀伊梨の為にとお菓子パーティーを開いてくれた時に分かった。

紫希は紫希の中で、ずっと考えていた。
考えて、自分で決めて、その結果が普段は流されて普通の事をしているだけのように見えているだけ。
本当は紫希の行動は内気で優しいという個性と思考に基づいていて、だから困った事が有った時にこそ、紫希は無難な選択でお茶を濁すような真似はしない。

紀伊梨と喧嘩しなくなったあの日、千百合は紫希の本当の姿も、やっと見え始めたのだ。

「紀伊梨は知ってたのかな。紫希が本当はどんな子なのか。」
「そうだね、知っていた・・・というより、分かってたんじゃないかな。五十嵐は勘が良いから。」

本当に、何時いかなる時も無難オブ無難な行動しか出来ない人なら、紀伊梨の性格からして其処まで積極的に仲良くしたいとは思わないだろう。
そういう意味では幸村は最初から紫希に一目置いていた。
紀伊梨ががっつり懐いている時点で、何処かに何か一本通った個性がある筈と踏んでいた。

今はもう分かっている。
紫希が芍薬の様な女の子である事を。

最後にもう一度芍薬を揺らして、2人は歩き出した。

「芍薬綺麗だった。うん、本当ぴったり。」
「ふふ。でも、春日は『芍薬なんて大袈裟です』とか言って引っ込むかもしれないね。」
「ああ、言いそう。」
「かすみ草なんかも、春日なら合うと思うけど。」
「それね。私もかすみ草は凄く紫希っぽいって思ったんだけど・・・」

思ったんだけど、かすみ草がピッタリ!と言えない重大な問題があるのだ。

「・・・香りかい?」
「そ。かすみ草ってなんであんな臭いんだろ。」

かすみ草は、それ単体で大量に纏まっている事が少ないのであまり知られていないが、実は匂いという点ではかなりよろしくない。
甘い香りではなくて、如何にも植物のような青い匂いがする・・・とかそんなレベルではない。結構はっきり、「悪臭」にカテゴライズされる香りなのだ。
敢えてどんなと言うなら、掃除してないトイレの香り、ないし加齢臭に似ている。カスミソウが生成する化学物質がその原因なのだが。

「確かに、そういう意味では人のイメージにカスミ草は少し躊躇うね。」
「でしょ?特に最近は紫希はなんていうか・・・」
「なんていうか?」
「なんていうの、バニラエッセンス?お菓子の匂いが良くする。」
「ああ。」

幸村は苦笑した。
さもありなん、である。

「中学に入ってペースが上がったね。」
「ねだる奴が2人に増えたしね。」

誰の事、なんて言わなくてもお察し。

「私さあ。」
「うん。」
「正直、丸井がどういう奴なのか未だに良く分かんない。」
「ん?」

幸村はちょっと目を見開いた。
予想外の話の方向。

「そうかい?丸井はどんな時でも誰に対しても態度がほぼ一緒だから、千百合が思う丸井がそのままの丸井だと思うんだけど。」
「私もそうかと思うんだけど、紫希と丸井の話すると急に私の中の丸井像がブレる。」
「・・・・・」
「なんかさ、丸井に向かって良く「優しい」「頼りになる」「お世話になってる」って言うんだけど。別に優しくないとは思わないし、ああ見えて面倒見良い、良い奴だとは思うけど、彼奴そんな言う程優しい?其処まで言う程頼りになるか?そんなしっかりした奴だっけ?ってなる。」
「ううん・・・」

これは答えに詰まる。どうしよう。

「・・・でも、結局そうとしか表現のしようがないんじゃないかな。」
「?」
「春日にとっては・・・ああ、丁度良かった。あんな風に見えてるんじゃないかって事だよ。」
「ガーベラ・・・?」

幸村が顔を向けた先には、ガーベラが纏めて育てられている一角があった。

「えらくポップじゃない?まあ、明るくて軽い感じはそうか。これは花言葉なんだっけ?」
「ガーベラも色別で沢山あるけれど、代表的なのは『希望』『前向き』『常に前進』だね。」
「へえ・・・・・」

希望。前向き。常に前進。

成程。

(確かに丸井っぽいけど。)

明るくポジティブに、それでいて前へ前へ。
エネルギッシュに進みたい方へ進むその姿は、千百合も抱いていたイメージの通りではあるけれど。

「・・・紫希はこれが違うもんに見えてんの?」
「違うもの、というよりもっと細かく見えてるというべきかな。千百合はこれは何に見える?」
「・・・ガーベラ。」
「じゃあ、隣のこれは?」
「ガーベラじゃないの?」
「ガーベラだよ。でも春日は多分、こっちのは赤いガーベラで、こっちのは黄色いガーベラだっていうところまで気がついて居るんだ。」

例えば、赤のガーベラが『情熱』を表すように。或いは、黄色のガーベラが『親しみやすさ』を表すように、人には多かれ少なかれ多面性というものがあって、それが丸井は少々一面的に見え易い。

そして紫希は早くも把握しだしているのだ。
丸井の『情熱』も、『親しみやすさ』も、『我慢強さ』や『希望』や『思いやり』も。

「成る程。流石紫希、察しが良い。」
「・・・・・・」

いや。
正確に言うと、これは紫希の察しが良いという話ではなくて、多分。


多分。


(嘘を言ってるわけじゃないけれど、今度折を見て春日には謝らないと。)

「精市?」
「なんでもないよ。行こうか。」
「ん。」
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