Step up
今日は、昼の音楽室を抑えてる。
ビードロズで練習とか集まる時でも抑えるけれど、今日は違う。
(もう居んのかな。)
から、と入口の戸を開けると。
「・・・居た。」
その呟きを、相手の耳は拾ったらしい。
彼は入口を振り向いて、千百合を目にするとちょっと微笑んだ。
「黒崎さんかな?」
「はい。」
「初めまして。僕は一条直樹だ。2-Dだよ、よろしく。」
「黒崎千百合。1-Cです。今日はどうも。」
呼んだ側のくせして素っ気ないと自分でも千百合は思ったが、一条は気にならないようで、ニッと笑った。
「それで、柳君だったかな。彼から聞いてはいるんだけど。」
「はい。」
「僕に、ベースを教えて欲しいんだって?」
千百合は柳に、この立海で腕の良いベーシストを探してと頼んでいた。
初めて会った時テニス部以外のデータもあると言っていたから、ひょっとして分かるのではと思ったのだ。
「はい。」
「ううん、そうか。まあ、ちょっと座って。」
一条に促されて、2人は適当な椅子に座った。
「先ず、黒崎さんはビードロズのベーシストだろう?」
「はい。」
「つまり、初心者ではないわけだ。歓迎会の時の演奏は僕も拝見させて貰ったけれど、今の時点で十分弾けて居ると思う。」
「それじゃダメなんです。」
千百合がそう言うと、一条は目を見開いた。
「あ。ごめんなさい、話遮って。」
「いや、良いよ。寧ろそれが聞きたい。君は何故、弾けてるのに尚僕に教えを乞おうとするのかな?」
「・・・・・」
一言で言うのは難しい。
ビードロズのバックボーンを知らない人には尚更だ。
「端的に言うと、リーダーに置いてかれたくないからです。」
「リーダー。というと、あのギターボーカルの子かな?」
「はい。分かって貰えるか分からないけど、紀伊梨・・・リーダーには、才能があるんです。あんまり好きな言葉じゃないけど。」
「そうだね。」
それは一条も分かった。
というか、音楽を齧っている人間は多分皆分かった。五十嵐紀伊梨という少女の、底知れぬ音楽の才を。
「だから私ももっと弾けるようになりたいんです。紀伊梨の為に。」
「うん?あの子の為?」
「はい。彼奴本当は、きっともっとやれるんです。私や兄貴が上手くなったら、その分だけ。だから、足を引っ張りたくない。」
「・・・・・・・」
千百合はずっと考えていた。
外部でのフェスや、二度と与えられない中学生という時間。
それらを余すところなく使い切るには、今の自分の実力では足りない。
普通か、それ以上の事は出来る。
でもそれじゃ駄目。それじゃ、あの音楽の申し子を活かしきれない。
紀伊梨はそれでも良いと言うだろう。
そんな事気にしなくて良い、楽しくやろうよと言うだろうが、そうはいかない。そんなの嫌だ。自分の能力不足で、親友の足を引っ張るなんて。
きっと紫希は既にそう思っている。
だから何時だって直向に呼んでは書いてを繰り返している。
なら自分だって、いつまでも我流で、与えられた曲だけ弾けるようになってなんて、その状況に甘んじていて良いわけがない。
レベルアップしなければいけない。
面倒だけれど、それ以上に大切なビードロズの為。
紀伊梨の為に。
「・・・自分の為、とは言わないんだね。」
「それは無理です。」
「無理?」
「私別にベース、其処まで言うほど好きじゃないんで。」
一条は目をパチクリさせた。
「・・・・ははははははは!あはははははは!はははははは!」
これ言って大丈夫かな、と千百合はちょっと思った。
ベーシストに向かって、今からベース教わろうという人間が、ベースそんな好きくないなんて。
気を悪くするかな、とは思ったが笑われるのは予想外だったぞ。
(まあ、怒ってはないみたいだけど、ちょっとムカつく。)
「はあ・・・いや、すまない。」
「そんなに可笑しいですか。」
「ああ、可笑しい。最高に愉快だ。」
はっきり言う人だ。
「君は、ベースを弾いてもときめかない。」
「はい。」
「もしバンドなんかをやってなければ、多分ベースには触らない。」
「はい。」
「ベースを弾くようになって何年になる?」
「3・・・いや、4年目?3年目?なんか、その位です。」
「ベースなんてもう嫌だと思った事は?」
「ちょくちょく。どうしても上手く弾けなかった時も何度かあるし。逆に猛烈に好きと思った事は無いですけど。」
「それをなんて言うか知っているかい?」
「は?」
「情だよ。君はベースを愛してる。」
今度は千百合が目をパチパチさせる番だった。
「君は自分で思っているよりはベースが好きだよ。君の所のリーダーが音楽に恋愛感情を抱いているから、それと比べて冷めて見えるだけさ。君はベースに恋してない。でも愛はしてる。」
「適当言って無いですか。」
「ピンとこないだろうね。でもね、君が思ってるより遥かに、僕等中学生は正直な生き物だよ。愛して無い事を友達の為だからと言って何年もは続けられない。」
「・・・・・・」
そうなんだろうか。
考えた事なかった、そんな事。
「ま、そうするとベースに恋してる人と比べるとやはりその分上達は劣るだろうがね。」
「え"」
「なあに、其処は愛でカバーさ。」
一条は愉快そうに言った。
「もっとベースを愛しろって事ですか?」
「違う違う。君にはもう別の愛があるじゃないか。」
「別?」
「友情。友達を愛する心だよ。」
大丈夫。
千百合はきっと上手くなる。
「決まりだ。僕は君が気に入った。何処まで力になれるか分からないが、君のコーチを引き受けよう。」
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