Step up


「1年生の男の子?ああ、さっきまでこの辺に居たけど、あっち行っちゃったわよ?」

「見た。見たけど、なんか入口で彼奴とちょっと話したら直ぐどっか行った。」

「そっちに登ってったよ。3年の教室じゃない?」


「ごめんなさい丸井君、ごめんなさい・・・!」

紫希は平謝りだった。

棗は今日は特に方々移動しているらしく、全然捕まらない。
幸い見た人間は居るのだが、皆二言目には「もう居ない」と続ける。

「それは別に、春日の所為でもねえし。でも彼奴、本当に何処迄行ってるんだ?」
「分かりません・・・」

「ああ居た居たw」

後ろからかけられた声に振り向くと、ひらん、とスマホを持って手を振る棗。

その後ろに、結構がっちりめの体格の見知らぬ男子の先輩が居て、紫希はちょっと人見知りが発動する。

「ごめんごめん、ちょっと携帯見てなくてw」
「じゃ、何か友達来たみたいだし俺はこれで。」
「どもっすwあざっすw」

彼はあっさりと棗の元を離れて、クラスへと戻って行く。

「どなたですか・・・?」
「ちょっとねwで、なあに2人揃ってw」
「いや?俺は付添い。」
「あれ、そなの?w」
「上級生のフロアはちょっと怖かったので・・・丸井君が付いて来て下さったんです。」
「俺、我儘だからくっついてきただけだけどな。」

サッと自分の都合の良いように補足する丸井。
この辺がちゃっかりしているが、紫希だって負けていない。

「違います、私が狼狽えていたから見かねて、」
「ちーがーう、俺がついてきたの。」
「違います、」
「お前これで抹茶の時の話チャラにしようと思ってんだろい?」
「う・・・」
「ほら見ろい、違うからな、絶対違うからな。」
「違います、私が困っていたから、」
「違う、俺が来たかったから。」
「私が、」
「俺だってば。」
「その辺にしておけwなんか俺がしょっぱくなってくるw」

お前ら自分に用があったんじゃないのか。
何でわざわざ合流した後に自分そっちのけで2人の世界作っているんだ。

「メインの用事はなんなんだよw」
「あ、ええと、それなんですけど・・・」
「もしかして、俺居ない方が良い感じ?」
「いえ、それは構わないんですけどあの、出来るかどうかも分からないので、千百合ちゃんと、特に紀伊梨ちゃんにはくれぐれも秘密で・・・」
「ほほう?」

その時点で用事の種類としては大分限られる。
が、紫希の発言は丸井はおろか棗をも驚かせた。


「私、ステージで皆と演奏してみたいです。」


丸井は先ず、聞き間違いを疑った。

「・・・わり、もう一回言ってくんねえ?」
「私、ステージに立ってみたいんです。」

どうやら聞き間違いではないようだ。
いやいやいや。
何故そうなるおかしいだろ。

「・・・やっぱり、おかしいでしょうか。」
「ん、おかしいっていうと語弊があるねえw」
「それそのものがっていうより、お前がそれしようとしてるのがおかしい。」
「ですよね・・・」
「・・・どうしたんだよ、急に。」

立ってみたい、とか言う割に、顔が全然やりたそうじゃない。
如何にも気が乗らない風というか、怯えている風というか。

「・・・先日のGWからずっと考えていたんです。」
「お前まだあれ引き摺ってたのかw」
「あれ?」
「舞台に立つのが怖い腰抜けだとか言われたんだよw」
「え、詩の話だけじゃなかったのかよ?」
「違うよw全部話す前にブンブン君が紫希の事泣かせちゃったんじゃんw」
「泣かせてねえよ!」
「違います違います、あれは私が悪いんです・・・ええと、その話ではなくてですね。あの、要するに、私はあれはあれで当たってると思ったんです。」
「・・・何が?腰抜けのくだりが?」
「はい。」

ずーっとずーっと思っていた。
図星を刺されたと。

「私、大勢の前に出るのは苦手です。目立つのも好きじゃありませんし、人前で発表とかも得意じゃないですし。」
「まあ、そうねw」
「反面、文章は好きです。読んだり書いたり。なので、ビードロズで作詞をさせて貰える事は、私、とっても幸せだと思っていました。でも・・・」



『何が詩よ!ステージに立つのが怖い腰抜けじゃない!』



「・・・分からなくなってしまったんです。自分がどうして作詞しているのか。作詞が好きだから作詞していると、ずっとそう思って来ましたけれど。でも本当は私、舞台に立ちたくないだけなのかも知れない。作詞担当だって言ってれば人前に出なくて済むから、作詞を言い訳に使ってるだけなのかもしれない・・・」
「・・・・・・・」
「ふむ。それで出た結論がこれってわけね。」
「はい。舞台に立つ事が出来たら・・・今迄やった事はなかったですけれど、私だってステージで発表できるんだって証明できれば。その上で作詞を選ぶ気になれば・・・私は本当に、作詞が好きなんだなって自分を信じられます。確かめてみたいんです。」

作詞が嫌いなわけじゃない。
好きだからこそ確かめたい。
自分に、木崎に、作詞を隠れ蓑なんかに使ってるわけじゃないんだと証明したい。

「その為には逆説的に、ステージに立ってみなくてはいけないと思いまして・・・」
「まあそうですねw」
「ですから、お忙しい所本当に申し訳ないとは思っているんですけれど、棗君にキーボードを教えて頂きたいんです。」
「お前ピアノまで出来んの?ドラムだろい?」
「編曲は俺がやってるのよwピアノの一つも弾けないようじゃ務まらんwまあでもそれを差し引いてもキーボードは良いチョイスだけどw」

何故キーボードが良いかと言うと、とっつきやすいし春日家にはその昔懸賞で当てられたキーボードがあるから。
誰も楽器は弾かないけれど、捨てるのも勿体無いし、いつか何かで必要になるかも・・・としまわれていたのが今、正に必要とされてタンスの肥やしを脱却しようとしている。

「あ、でも、棗君もお忙しいでしょうから無理にとは、」
「そんなに忙しくないし大丈夫よw教える教えるwそれよりお前は本当に大丈夫なのw」
「私も時間は、」

「時間じゃなくてさ。人の為じゃなくて自分の為にわざわざ人前に出る方を選ぶなんて、お前にはきついでしょって言いたいの。」

注目を浴びる。
人前で発表する。
失敗してはいけないというプレッシャー。

その全てが、紫希の天敵というべきものである。

脅したいわけじゃないが、特に紀伊梨辺りにこんな事言い出そうものなら1も2もなく飛びついて、すっかり成功する気になってやろうやろうとはしゃぎたてる。
紫希もその事を踏まえて、可能かどうか分からないのに徒に喜ばせるよりはと思い、言うなと言ってるのだろう。

つまり、リーダー無しでこの話は進んでいく。
だから棗は、リーダーである紀伊梨の分まで確認を取らねばならない。

覚悟はあるのか。
やっぱり無理です、が通用しない世界で、たった1人の観客相手に「お手本」用の歌でビビってるような為体なのに、本当に出来るのか。

「・・・ちゃんとやる自信はありません。」
「・・・そお。」

もうこの時点で駄目なのだと分かってはいる。
自分で言い出しておいて自信が無いとか、笑えないギャグも良い所だ。

でも。

「・・・でも。」
「ん?」

「皆と、楽しむ、自信なら、ちょっとは、あります・・・!」

棗は今度こそ大きく目を見開いた。

どうした事だ、紫希が。あの紫希が自分の事に向かって、曲がりなりにも「自信がある」などと言うなんて。

一体どうした、悪いものでも食べたか、いったんこの話切り上げて保健室行くか、とか棗の頭に色んな事が一気に駆け廻る。

そしてその横で、丸井はニッと自信ありげに笑うのだ。

「良いじゃん!」
「へ・・・」
「出来るよ、心配すんな!」
「いえ、でも、」
「大丈夫、大丈夫♪絶対楽しいって。」
「でも、」
「テニスだって楽しくやれただろい?もうちょっと自信持てよ。」
「・・・・そう、でしょうか・・・」
「おう!五十嵐なんか特に喜ぶぜ、って、あれ?そう言えばなんで後の2人には言わねえの?サプライズ?」
「いえ、そういうわけではないんですけど・・・」
「なら言ってやったら?黒崎も嬉しいんじゃねえ?なあ、兄貴の方の黒崎・・・黒崎?」
「・・・棗君?」
「いやいいw分かった、なんかもう分かったw」
「「?」」

お前の所為か。所為というか、おかげというか。
脳裏に蘇るいつかの仁王の言葉。

(説得力とテンポが良くて、紫希の顔色も良くなる、か。確かに。)

「まあ、じゃあ兎に角この話は決定って事でw」
「はい。よろしくお願いします。」
「ただまあ、コンディションの事も含めて紀伊梨には形になるまで言わん方が良いな、やっぱwブンブン君、オフレコでよろw」
「ん、分かった。」
「発表はそうねー・・・練習時間の事を考えると、夏の発表は無理だから、」

海原祭だな。

棗の呟きが廊下に落ちた。


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