Encounter 1
それはたまたまだった。

柳は今日、幸村から友人のバンドの練習見学に行くと聞いていた。そして其処から、幸村と、ビードロズのメンバーたる五十嵐紀伊梨、黒崎棗に黒崎千百合、それに春日紫希が、昼休み一杯音楽室で過ごすのであろうことも予測がついた。

その真面目な性格故に部活中は真剣な顔ばかりしている、チームメイトにして友人たる幸村が、珍しくも楽しみなんだと笑って言う物だから、柳も楽しんで来いとにこやかに送り出したのだ。

・・・それなのに、偶然見つけたこの光景はなんなのだろう。

(外見情報、席の位置、そしてあの課題を前にして苦悩する様子・・・
彼女が五十嵐紀伊梨である確率、99.9%だが。)

だが、彼女は今頃音楽室に居なければならない筈だ。
何かトラブルだろうか。

「・・・・ふむ。」

柳は携帯を取り出し、幸村に発信した。

『もしもし、幸村・・・』

「幸村か。俺だ。」

『柳?』

「ああ。」

『どうしたんだい?』

「いや、俺の間違いかもしれないが、五十嵐紀伊梨が未だに教室に居るのを今見かけてな。どうしたのかと。」

『ああ・・・実は、五十嵐は昼休みの直前に課題を出されたそうなんだ。』

なんと。
運が悪いような半分は自業自得の様な。

『なんでも、クラスの生徒に手伝ってもらうんじゃないぞって、釘まで刺されたらしくてね。』

「なるほど、誰も手伝おうとしないのはそういうわけか。」

『そうだね。まあ、五十嵐が悪い面も多いから尚更だけれど。』

「確かにな。」

しかし、今見ている様子では昼休みをフルに使ったって間に合わないのではないだろうか。

「・・・幸村、1つ確認だが。」

『?』

「クラスの者に手伝ってもらってはいけないと。そうだな?」

『そうだね。まあ、俺が直接聞いたわけではないんだけれど。』

「という事は、クラスの外の者なら指示は無いわけだ。」

『え?』

「だから、良ければ俺が見るが。」

『ちょ、ちょっと待ってくれないかい?有難いけれど、どうして君が其処まで・・・』

幸村の疑問は尤もである。
紫希や千百合ならまだ分からなくもないが、紀伊梨と柳は顔を合わせた事すらない。

しかし、データマン柳は、その先読みの得意さゆえに思う。

幸村と、真田と、それから自分は、きっとこれから立海を背負って立つ事になる。
やらねばならない事が増えていき、割かねばならない時間もその分だけ嵩んでいくに違いない。

だから今の内に、息抜きは出来るだけしておいた方が良い。
その為に、五十嵐紀伊梨は必要だ。

「何、お前には世話になる予定なんだ。いわば、恩の先払いという所だな。」

『・・・そういう事かい。柳らしい意見だね。』

「どうする?」

『そうだね、それじゃあ・・・あ、今ーーー』

電話の向こうで幸村が会話しているのが聞こえる。
どうやら紀伊梨の話をしているらしい事を、電話の向こうに居る面々も察したらしい。

それを聞きながら、柳はB組にそっと近づいた。

『・・・もしもし、柳?すまない。返事なんだけど、君が良いならお願いして良いかな?』

「ああ。お安い御用だ。」

柳は携帯を切って、迷いの無い足取りでうんうん唸る紀伊梨の元へ近づいた。

「むむむ・・・マイナスと?マイナスを掛け算して?マイナス?プラス?」
「取り込み中済まない。」
「んお?」

声をかけると、くり、とした瞳がすぐさま柳を捉えた。

「初めまして、俺は柳蓮二だ。お前が五十嵐紀伊梨だな?」
「はい!いかにも私が五十嵐紀伊梨ちゃんですけど?」
「幸村の友人として手伝いに来た。教えてやるから、問題を見せてくれ。」
「ゆき・・・え!ゆっきーのお友達!?」
「テニス部だ。」
「へええ!ゆっきーに頼まれちったの?」
「いや。俺が自主的にやってる事だ。」
「自主的に勉強の手伝いとか、紫希ぴょん以外でそんな事言う人初めて見たよ・・・!?」

例えそれが人の物であっても、勉強と関わる事それそのものがストレスな紀伊梨には分からぬ心境である。

「でも良いの?私頭悪いよ?」
「しかし今やらなければ尚更遅れるだろう。」
「あう!」

流石に頭の回る人間は痛い所をズカズカ突いてくる。

気まずげな顔の紀伊梨に、柳はこっそり微笑みを浮かべた。
確かに勉強は苦手なようだが、成る程。
なかなか憎めない空気をこの子は持っている。

「・・・俺は、音楽の事なんかは良く分からない。」
「おう?」
「しかし、俺にも幼馴染が居るんだ。」
「・・・・?」

そう。
今は東京に居る、とても気の合う友人が。

「だから、友人との時間が大切なのは俺にも分かる。そしてそれは幸村も同じだと判断したが・・・間違っているか?」
「・・・・・!」

みるみる内に疑問顔が笑顔になる。
光が灯ったように明るくなる表情の紀伊梨に、柳は今度こそ笑みが零れてしまった。

「さあ。では時間が惜しい。始めようか。」
「はいっ!レンレン先生!」
「ではまず・・・レンレン?」
「蓮二だからレンレン。」
「・・・・・・」
「ありゃ、駄目?」
「駄目だ。」
「ちぇー!」


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