Someday


「あっ!」

この第一声を発するのは、可憐が居れば大体可憐。

「何忘れたんだー?」
「忘れ物前提で話されちゃうとこが悲しいよね・・・」
「違うのかよ?」
「違いませんっ!社会の1問1答忘れてきちゃった・・・今日宿題なのにっ!」
「あ。」

忍足の脳裏に過る、社会科教師のお言葉。

「そう言うたら、なんやそんなん言うてたな。」
「なんだ、お前も忘れてたような口ぶりだな。アーン?」
「知らねえの?侑士って結構色々忘れるぜ。」

網代や可憐辺りにももうバレているが、忍足はこれでそこそこ抜けている。
ドジと言うほどでもないけれど、意外とうっかりというか天然と言うかそういう所がある。ミスしてもリカバリーが上手いし狼狽えないから皆気づかないだけで。

「戻ろか、可憐ちゃん。」
「うんっ!ごめんね皆、お疲れさまっ!」

「はあい、お疲れ様。また明日ね♪」
「お前らも気を付け・・・まあ、侑士が居るから良いか。」
「大丈夫だろ、忍足が居れば。」
「ああ、桐生1人じゃないしな。」

「・・・・・・」
「・・・行こか。」

夕暮れ時の空の下、可憐と忍足は再び学校に足を向けた。




夏至も通り越した今は本当に日が長い。
部活やって短冊書いて、校門出る前に戻れたとは言え忘れ物まで取りに行っても尚、遠くの遠くの空は白々としていてまだ薄暗い。

「夏になったなあ。」
「そうだねっ!明るくて暑くて、7月だなーって感じだねっ。」

無事テキストを鞄に収めた2人は、やれやれ感に包まれながらのんびり学校を抜けようとしていた。

ああ、夏だ。
もう夏。
やりたい事とやらねばならない事が山のように押し寄せてくる季節。

こうやって帰り道の前庭に笹がさらさらと涼しい音を立てて揺れるこの光景も、あっという間に懐かしい景色へと変わるのだろう。

「あっ!」
「どないしたん?」
「あそこっ!」

可憐が見つけたのは、庭に1枚だけ落ちてしまっている可哀想な短冊であった。

「付け直してあげた方が良いよねっ?」
「せやなあ。気の毒やな。」

又周りはきちんと全部吊るされているのが余計に可哀想だった。
なんだかあれを書いた人1人だけ願いが届かなさそうで、そんなの気の毒じゃないか。

「わあっ、可愛い字っ!女の子だねっ。」
「せやな。お願い事も可愛らしいわ。」

本当は見るのは失礼なのだろうけど、この場合はもう仕方がない。
ごめんね、と心中で呟きながら拾い上げた薄緑色の短冊には、女子らしい見やすい丸文字で宛名の無い願いが記されていた。


『いつか素敵な彼と出会えますように』


「上手だなあ・・・」
「上手?字が?」
「あっ!ううん、ごめんなんでもないっ!」
「?」

可憐が上手と思ったのは字ではない。
いや字も上手だけどそうじゃなくて、可憐が上手いと思ったのは言い回しであった。

実を言うと可憐も、ここ最近の話に感化されて、中学生になった事だし一つ恋のお願いでもこっそり書こうかと思っていたのだ。
でも好きな人とか居ないし、どう書けば良いのか分からなくて結局書かなかった。

(そっか、いつかその人が見つかりますようにって書けば良かったんだ・・・思いつかなかったなあ)

いつか。
この空の下、どこか。
自分と恋をする誰かと出会えますように。

胸にほんのりあたたかい気持ちが広がるようで、微笑んで短冊を眺める可憐の横顔を見て、忍足は少し目を眇める。


自分にはこんな顔は出来ない。


運命には憧れがある。
でも根がロジカルな自分は、運命なんて数字で測れないものは信じられない。

有れば良いと思うし、信じる人が馬鹿だとか思ったりは一切していないけど、自分の指標にする事はどうしても出来ない。不確かなものを当てにする度胸もないし、成功の体験もないから。
それを差し置いて夢だけ見るなんて器用な真似は自分には出来ないのだ。そういう性格だ、昔から。

(理屈に「だけ」頼るっていうのんも、バランス悪いって分かってんねんけどな)

「忍足君、吊るそっかっ。」
「ああ、せやな。どの辺がええやろ。」
「やっぱり上じゃないかなっ?」
「せやな。見られたないやろうしな。」
「うんっ。それにほらっ、上の方がお願いが叶いそうな感じがするよねっ!」
「そうなん?」
「思わないっ?何かこう、お星様から見えやすいっていうかっ。」
「そう言われたらそうやな。」

(叶うと良いなあ、お願いっ)

書いた人がどこの誰なのかもわからないけれど、素敵なお願いだ。
叶いますように、と願う可憐と、頑張って上の方に手を伸ばす忍足の頭上で、ひっそりと星が1つ流れる。




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