100話記念企画 No.086
「本日から授業は新しい単元に入る。無論テストにも出す。そのつもりで、心して授業を受けるように。」
麗らかな天気の日の昼前。
そろそろ腹の虫が限界になりだすような4限目で、音楽教師の榊が黒板に書いた単語を生徒達が目で追う。
勿論可憐もその内の一人。
(ワルツ・・・)
綺麗なカタカナで黒板に書かれる言葉。
ワルツ。
「さて、ワルツとはどういった音楽か。誰か、答えられるものは?」
「せんせー!」
内川が手を挙げる。
「内川君。」
「あ、イヤ。あたし、ワルツっていうのは知らないんですケドー。ワルツって、音楽なんですか?ダンスじゃないの?」
「ふむ、良い質問だ。」
内川に座るよう促しつつ、榊は黒板に「ワルツとは?」と書き進めていく。
「今内川君がした質問は、極めて一般的なものだ。日本ではワルツというのは馴染みが薄く、老若男女問わずダンスの一種だと思っている者は少なくない。それはそれで間違いではないが、それだけで十分とは言えない。では、ワルツとは何か?これは正確に言うと、音楽のジャンルの名前でもあり、ダンスの名前にもなった、という言い方が正しい。つまり最初は音楽のみを指す言葉だったのだ。」
(へえ・・・・)
ワルツと言われても、具体的にこれがワルツでは?という推測すらも立てられなかった可憐は、いつものように大真面目にノートを取り進める。
「ワルツは3/4拍子で進行する舞踊曲。これに合わせて踊る社交ダンスも徐々にワルツと呼ばれ始め、今現在はワルツというと音楽の事でもあるしダンスの事でもある。社交ダンスとは何かということについては、諸君らは良く知らないながらも各種メディアのどこかでダンスパーティーのシーンなど目にした事があると思うが、大凡あれと同じだと思ってくれて良い。」
(良いんだっ。)
「これからの授業では、音楽としてのワルツに対する知識・見解を深めると同時にーーー」
この辺からいかんいかんと思いつつ、睡魔に負けてシャーペンを走らせる手が鈍くなる者が増えてくる。
榊は熱心な教師で質問や自主練に対していつも快く付き合ってくれる反面、授業を聞いてないものに対する慈悲は0なので、赤点取っても何も救済してくれないからそれは厳禁。分かってはいるのだが。
「・・・ああ、それから。」
榊が黒板から向き直った。
「本授業はあくまでも「音楽」の授業なのであるからして、ダンスの方のワルツは取り扱わない。
が。それはそれとして君達は3年生になったら、嫌でもダンスの方のワルツを踊れるようにならねばならない。今の内に覚えられることは覚えておくように。」
「・・・えっ?えええっ!?」
その直後の昼休みだった。
紅茶を片手に今日は比較的ゆったりなスケジュールで、生徒会室にて跡部が書類に目を通していると、ノックの音がした。
「誰だ?」
「跡部君・・・」
「桐生か。珍しいじゃねえか、アーン?まあ座れ。」
可憐はあまり生徒会室に近寄りたがらない。
そもそも自分が生徒会ではないので、なんだか職員室に居るような場違い的な居心地悪さを感じてしまうのだ。ただ、別に「一般生徒は立ち入り禁止」などと跡部が銘打ってるわけではないので、こうして来る事もある。主に急ぎの用事の時とか。
「で?用件は何だ?今なら時間があるが。」
「・・・卒業の時の事なんだけどっ。」
「?俺達が2年後卒業する事について、って意味か?」
「そうっ。」
「卒業がどうかしたか?」
「卒業にダンスパーティーがあってワルツを踊るって本当なのっ!?」
さっきの授業で動揺したのは勿論可憐だけではなかったが、そこかしこからちらほらと「あーそう言えばそんなのあった・・・」とか「此れの事だったのか・・・」といった呟きが聞こえてきて。
隣にいたクラスメイトに何のことか聞いた所によると、今年度から卒業式の前日に卒業祝いパーティーとして、ダンスパーティーが開催されることになったらしい。
年間スケジュールに書いてあったよ、と言われて思い出した。
可憐は入学式に遅刻したのだ。だからその辺の最初にもらう書類にじっくり目を通す時間がなかったのである。
「その通りだが。」
跡部はさらりと言った。
「嘘っ・・・!」
「あーん?何だ、嫌だってのか。」
「嫌に決まってるよっ!無理だよ踊れないよっ!」
「ちゃんと学年全体で練習の時間は取ってやる。」
「跡部君、皆と同じ練習時間で私が踊れるって思ってるの・・・?」
「それは思わねえが。」
ズーン・・・と落ち込む可憐。
ああ、もう今から目に浮かぶ。
皆が楽しそうに踊ってる中、自分だけ踊れないで壁の花になりながらぽつーんと立ちんぼうになっている様が。
「別に踊れねえからと言ってそういう奴を弾くようなパーティーにはならねえよ。」
「そうかなあ・・・」
「無理だと思うんなら、大人しくダンスの輪から外れて軽食でもつまみながら会話を楽しんでりゃ良いんだ。ダンスパーティーと言ったって、終始踊りっぱなしじゃねえよ。」
「そうなのっ?」
勿論ダンスパーティーに出席したことなど無い可憐は、場の空気というか流れというか、そういうイメージが全然出来てない。
「ま、どういうのを想像してるんだか知らねえが、目的は卒業の祝いで楽しむ事だ。踊れないからどうのと気に病まなくても問題はねえよ。」
「そっかっ。」
窓から差し込む午後の日差しが、可憐の顔を照らす。
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