100話記念企画 No.086

「そうは言ってもなあ・・・」

放課後練習が終わり、スコアを纏めながら可憐は独り言ちた。

別に踊れなくても良いんだよと跡部から言われて浮上した可憐だが、その後。
「それはそれとして踊りたいなら練習はしておけ」と跡部に言われて、可憐はまた再び考えこみだした。

踊りたいか?と聞かれると、可憐としては踊りたい。
というか、せっかくダンスのパーティーなんだから、可能ならちゃんと踊って参加したい。
踊りたいという気持ちはあれど、体はついて行かず。

「お疲れさん。」
「あっ、忍足君お疲れさま・・・」
「?」
「・・・・ねえっ。忍足君って、バイオリンやってるんだよねっ?」
「?やってるで。」

何か唐突だなと思いつつ答えてくれる忍足。

「ワルツって知ってる?」
「ワルツはそんなに詳しないなあ。弾いたことはあるけど。美しき青きドナウとか、くるみ割り人形とか。」
「あっ!ドナウは今日習ったっ!」

作曲者はヨハン・シュトラウス2世。よしよし、ちゃんと覚えてるぞ。

「授業でやったん?」
「そうっ!それで、ちょっと・・・ダンスパーティーの話が・・・」
「ダンスパーティー?」
「忍足君知ってるっ!?私達、卒業の時にワルツでダンスパーティーするんだよっ!」
「そうなんや。」

忍足も今初めてパーティーのことを聞いたが、如何にも跡部の発想である。
やりそう過ぎて逆に驚きに値しないというか。

「忍足君踊れるっ?ワルツって難しいんでしょっ?」
「流石に踊った事はあらへんな。ワルツは難しい・・・そやな、その辺は拍子のせいかもしれへんな。」
「拍子っ?」
「日本のダンスっていうたら、基本的に1、2、3、4。5、6、7、8。の世界やろ?ワルツは3拍子やから、1、2、3、1、2、3・・・でずっと進んでいくねんけど、それが体が慣れるまで難しいて言われてるわ。」
「1、2、3、1、2、3・・・ううっ、早そうっ!」
「大丈夫やで。」

音楽に明るいとは言えない可憐は、拍子の数が少ないというだけで何となくテンポ早めのような気がしてしまうが、実際はテンポと拍子の数は一切関係がない。
おまけに日本でのワルツというと欧米でのウィンナ・ワルツと違ってテンポ遅めのスロー・ワルツなので早くて置いてけぼりになる、とかそういうのは多分ない。筈。

「まあ、さっきも言うたけど俺もあんまり詳しないさかい。」
「そうだよねっ、普通はそんなよく知らないよねっ。」

ワルツに詳しい日本人中学生なんて、そんなにゴロゴロ転がってるもんじゃないのだ。
他所に比べたら氷帝は居る方かも知れないけど、それでも。

とか思っていたら、部室の扉が開いて網代が顔を出した。

「お疲れさま♪」
「ああ、お疲れさん。」
「お疲れさまっ!・・・そうだっ!茉奈花ちゃんなら知ってるかもっ!」
「あら、何を?」
「茉奈花ちゃん、ワルツ詳しない?」
「ワルツ?」

網代はちょっと目を丸くした後、んー・・・と言いながらちょっと思案した。

「私はあんまり。」
「せやんな。」
「そうだよね、普通はっ。」
「でも叔母さんが社交ダンスやってるから、ちょっとだけは知ってることもあるわ。」
「そうなのっ!?」
「ええ。例えば・・・」

網代は忍足の腕を引いた。

「こうして。」
「こう?」
「そう!で、私がこうして、こうして・・・侑士君はこの辺に手を置いて・・・よし♪」
「あっ、凄いっ!」

網代がやってみせたのは、ワルツの最初の構えの基本の型であった。
映画なんかで見たダンス姿そのままのシルエット。これはちょっと感動である。

「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・で?」
「で?」
「この後どないするん?」
「そこまではちょっと、ね?一度聞いたんだけど、何せ大分前だから全然覚えてなくて。」
「あっ、そ、そうなんだ・・・」

ちょっとステップまで見られるかとワクワクしていたのだが、それは無理らしい。
まあ基本の型を正確に覚えていただけでも可憐的には大したものなのだが。

「侑士君、やってよ。」
「やってて。」
「だって、ダンスって男性がリードするものじゃない?」
「あっ!言うよね、そうやってっ!」
「でしょ?」
「そうかもしれへんけど。」

再三言うが、忍足だって詳しくないのである。
寧ろ最初のフォームを知ってる分網代の方がまだ詳しかろう。
その網代が出来ないのに、リードしてとか言われても。

(リードなあ・・・)

持ってる知識を総動員して考え始める。
なんだかんだどうにかやろうと、こうして頑張ってくれる辺りが忍足の気の良い所である。

「・・・ほな、やってみよか。」
「やったあ♪これは期待大よ!可憐ちゃん、動画を頼んで良い?」
「あっ、はあいっ!」

情け容赦なくプレッシャーをかけてくる網代に、忍足は苦笑した。

「せーの、で始めるで。」
「はーい。」
「せーの、1、2・・・・3、1、2・・・3、」
「お、おおおおっ!」

可憐は感嘆の声を上げた。
え、出来てる。
確かに少々ぎこちないし、すごーくゆっくりではあるけど、それっぽいことは少なくとも出来てる。詳しくない人間同士でこの動きはなかなかのものじゃないだろうか。

「1、2・・・3、いたっ。」
「あ!ごめんなさい、ベタなミスを!あーん、止まっちゃったー・・・」

うっかり忍足の右足を踏んでしまった網代。
別にむぎゅうと体重かけて踏みつけたわけではないが、初心者2人の動きを止めるには十分なミスだった。

「で、でも凄かったよっ!ちゃんと出来てたよっ!ほらっ!」
「あら、ほんと♪見てくれだけでも恰好がついてるじゃない?」
「せやな。まあまあ出来るもんやわ。」

勿論いきなり「まあまあ見れる」のレベルまで来られるのは、2人ともセンス・・・というよりカンが良いからである。

「可憐ちゃんもやったら?」
「えっ!?で、でもっ!」
「大丈夫大丈夫♪思ってたより簡単だし、侑士君に合わせるだけで大丈夫よ。ね?」
「まあ、今くらいのでええんやったら。ゆっくりやるし。」
「そ、そうっ?そうかな、それじゃあちょっとだけ・・・」

可憐が珍しくスッと乗り気になったのは、そもそも自分も踊ってみたいという気持ちがあった事が一つ。
そしてもう一つ、今目の前で手本を見たのが非常に大きかった。
大体のイメージは掴めたし、確かに「そんなに難しそうでもないでしょ?」と言われたらそうかもと思えたのだ。

「ええと、それじゃあ・・・」
「こっちの手がこっち。そっちの手はその辺・・・ああ、もうちょっと下やで。」
「可憐ちゃん、肘をちょっと高めに上げると良いわよ?」
「こ、こうっ?」
「うん♪それと、もっと・・・こう!」
「わ!」

ぐ、と背中を押されて、体全体が忍足のそれにぐいと近づく。

「ち、近い・・・」
「気持ちはわかんねんけど。」
「可憐ちゃん、近くないと失敗するわよ?」
「そうなのっ!?」
「そうよ?侑士君にリードしてもらうんだから、体が遠いとついていけないわ。」
「そ、そうなんだ・・・」

いや、可憐もそれは感覚としては分かるのだが。
でもそれはそれとしてやれと言われると難しいというか、どうしても気になるというか集中できないというか。

「・・・・・・」
「うーん、どうも腰が引けてるわねえ。」
「まあ、いっぺんやってみよか。」
「そうね!やってみたら多分気にならなくなるわよ。」
「ほんならいくで、せーの、1・・・2・・・・」
「わ、わ、わ、」

網代の時に比べてかなりゆっくりやってくれてるのは分かるのだが、それでも思ったよりついていけない。

というか、自然に出来ない。
忍足に合わせてと言われても、合わせようと頑張ってるのに合わせられない。

(どうしよ、どうしよっ!合わせる、合わせる、)

どうしたら良いんだ。
まだ体が遠いのかな。
それとも、リードして貰うと思って任せすぎ?
もっとしがみついて、振り回されておくくらいの方が良かったりする?

そう思って、ぎゅ、と捕まる力を込めた時だった。

「わ、あっ!」
「と、」

ドサッと音がして、可憐は・・・というか忍足も一緒に、2人して部室の床に倒れこんだ。

「大丈夫!?」
「俺はなんともあらへんけど。可憐ちゃん、大丈夫?」
「ごめんねっ!ごめん、ごめんなさいっ!」
「まあまあ。でも、途中まではいい感じだったわよ?」
「せやな。後はまあ練習そこそこしてたらいけると思うわ。後2年も時間あんねんし。」
「そうね!なんだか盛り上がっちゃったけど、別に今日明日踊れないとまずいとかってわけじゃないんだわ♪」

なんて言う2人だが、可憐はどうも気を使って貰ってるような気がビシビシする。

とは言っても、2人の言うことは本当ではある。
卒業パーティーの時に見られるようになってれば、それで良いのだ。
うん、それで。
それで良いんだよ、うん。

「はあ・・・」

いかにもこれから先が思いやられそうな感じだが、取り敢えず今は気にしないでおこう。

「・・・・・・」
「侑士君?」
「いや、何でも。」


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