100話記念企画 No.086
「可憐!一緒に帰ろ!」
「あっ!ごめんね、今日はちょっと約束があってっ!」
「そうなの?じゃあまた今度ね!バイバーイ!」
更衣室。
ジャージから制服に着替えて、可憐はマネージャー仲間からの誘いを断り手を振った。
「よしっ!ええと、部室部室・・・」
鞄を背負って、帰らない。
今日はこれから部室に行く。
5限の直前、もう昼休み終了の予鈴が鳴るころだった。
忍足から急にLINEで連絡が入り、部活後時間があるなら少し第五部室で待っていてくれと言われたのだ。
何の用事、と聞いても後でと躱された。
まあ忍足のことだから悪戯とかそういう線はなさそうだが。
「お邪魔しまーす・・・」
「ああ、お疲れさん。」
振り向いた忍足は、夕日に照らされながら机の上の何かを弄っていた。
ラジカセ。
「・・・?それなあにっ?」
「これな。家からCD探して持って来てん。アヴェ・マリア。」
「?うん、それでっ?」
「踊ろか、可憐ちゃん。」
可憐はちょっと目を見開いた。
そして一瞬は喜んだ。勿論、やってみたかったからだ。
しかし、その気持ちは一瞬で萎んだ。
「辞めとくよ・・・」
「なんで?」
「だって踊れないし・・・」
脳裏にちらちらするのは、今日の昼に見た光景である。
昨日の時点でも忍足と網代は十分踊れていたと思うが、2人とも昨日のあれだけで慣れたのかコツを掴んだのか、昼休みはもっときびきび踊れていた。
それに引き換え昨日の時点でどんがらがっしゃーんしてる自分じゃ、今日になった所でさして踊れるとも思えない。練習も何もしてないのに。
無理だよ無理無理、な顔になる可憐とは正反対に、忍足はかなり落ち着いた顔をしている。
「今日は大丈夫やから。」
「だって、」
「俺、練習してきてん。」
「えっ?」
「やから、大丈夫やで。」
実は昨日忍足は気がかりがあって、帰宅後ワルツについてちょっと練習してみようかと思い調べたのだ。
そしたら、転んだのは結構自分のせいも大きかったということがわかった。
勿論可憐も下手というのも要素としてはかなり大きいのだが、自分側が上達するだけでも大分レベルアップできる。
だから忍足は、家で軽く基本の練習をしてきたのだ。
「・・・そう?かなっ?」
「いけるて。」
「じゃあ・・・」
鞄を置くと、昨日と同じように向かい合って基本の姿勢。
可憐はこの時点でもうフォームを半分忘れているが、逆に忍足はとても構えが自然になっている。
「せや、足。右足からやで。」
「えっ?」
「昨日はそれも言うてへんかったな、て思うて。」
この辺は二人三脚とちょっと近いものがある。
どっちの足からね、と言っておかないと最初で躓いて、最初で躓くと巻き返しはもっと難しい。
可憐としても、最初はこうと言っておいて貰えるだけで心理的に安心した。
「右足から、右足から・・・」
「後可憐ちゃん。」
「えっ?」
「足の事言うといてあれやけど、あんまり足見んといてな。」
「えええっ!?でも無理だよっ!見てないと転んじゃうよっ!」
「気持ちはわかんねんけど、足ばっかり見てたら返って転ぶいうか・・・次どっちに動くんかわからへんようになるで。」
「そう言われてもっ!」
「大丈夫大丈夫。足なんか多少合わへんでも、踊れるし転ばへんで。それより・・・」
「それより・・・?」
「ちゃんと俺の事見といてな。」
ドキ、とする花蓮を他所に、忍足は横を向いて片手で音楽の頭出しの準備をする。
「最初からは動かへんから、音楽始まったからいうて慌てへんでええで。」
「あっ、うんっ!」
確かに、これも言われてなければしそうなミスだった。
とはいえ。
(ああっ!お、音楽始まっちゃった、雰囲気が凄いっ・・・!)
無論、無音の中で1、2、3、と掛け声だけで踊るより格段にムードが出るのだが、なんだかそれが余計プレッシャー。
そしてそう思ってることがありありと顔に出ている可憐に、忍足は苦笑しながら優しく声をかける。
「音楽かかってる方が踊りやすいで。」
「そうっ・・・?そうは思えないけど、」
「結局リズムの話でもあるさかい。」
「そっか・・・」
「ほんならやろか。」
「は、はいっ!」
「いくで、せーの・・・」
(み、右足っ!左足っ!右足っ、左足っ、右足・・・)
つい視線が下に行きそうになる。
動かす足は交互に。たったこれだけの事も思わず間違えそう。
ちょっとだけ下を見たいと可憐が俯きそうになる気配を察して、忍足は腰に回していた手をぐっ、と引き寄せた。
「!」
「そうそう、こっち見てな。」
(そう言われてもっ!)
それはそれで困るというか、結構な至近距離で男子の顔じっと見続けろというのもそれはそれで苦しいものがある。心理的に。
(ちょ、ちょっと待ってっ、ちょっと・・・あっ!)
しまった。
寄りかかってしまった、昨日と同じやつ。
ああまた転ぶ、と思って一瞬手を離しそうになるが。
「・・・あれっ?」
「いけるやろ?」
ふう、と忍足は内心で安堵した。
昨日の夜学んだ事の一つ。
ワルツは体幹をしっかりキープしなければならない、自分が相手より上手い場合は猶更。
初心者や下手な人は、戸惑いから体幹がぐらつきがちになり、体が遠ざかったり逆にしがみついてきたりしてあっという間にバランスを崩す。
忍足は昨日可憐と踊った時、まさにこの現象から2人で転んだのだ。
今日は違う。
ちゃんとそのつもりで心の準備をしてきたから、もたれてきたなと思ったら引きずられないで踏ん張る。転ばないで、2人分の体重を支えるつもりでしっかり足を運ぶ。
あれ?あれ?どうして転ばないの?状態から抜け出してないタイミングで、忍足は足を止めた。
「出来たな。」
「・・・うん。」
でもなんで出来たのかさっぱりわからない。
???な顔の可憐に、笑ってはいけないと思いつつ忍足は声が出てしまう。
可憐と居ると、こういう事が本当に多い。
「どやった?」
「えっ?」
「楽しかった・・・かどうかはまあ、楽しいとか楽しくないとかて思う以前の話やと思うけど。でも、踊られへんていう感覚は大分なくなったんやあらへん?」
「ああ、うんっ。出来たし・・・どうしてかわかんないけどっ。」
「まあ、多少慣れたらこんなもんやて。」
勿論、今のは本当に揃って移動しているだけで、本格的なワルツにある回ったりとかそういう動きは一切入ってない。
それに転倒しなかったとはいっても、多分傍から見ていたら転ぶんじゃないか転ぶんじゃないかと思わずハラハラしてしまうようなぎこちなさだっただろう。
でも、転ばないで踊れた。
可憐がそう思ってくれたなら、忍足的には大成功。
「ふう・・・」
「疲れた?」
「ちょ、ちょっと緊張しちゃってっ!」
「堪忍な、部活の後で疲れてたとこを。」
「ううんっ!それは全然だけど・・・どうして今日は、わざわざこんなっ?」
「まあ、話題が暖まってる内に可憐ちゃんと踊っとかなと思うて。」
「えっ?」
「可憐ちゃん、昨日転んで「自分はもう無理や」と思うたやろ?」
忍足の気がかりはそれだった。
昨日、ワルツの話を始めた時の可憐の様子を見て、戸惑いつつも出来ればやってみたいと思っていることはなんとなく空気でわかった。
そして、その上で昨日は苦手意識を一気に持ってしまった事も。
やってみたい。
でも出来ないに違いないという希望と諦念が綯交ぜになった気持ちは、大抵碌なことにならない。
まして、そもそもの話は卒業パーティーの予定からきている。
気が早いかもしれないが、中学最後の思い出に関わるようなことで落ち込んで欲しくなかった。
「まあ、2年も先の事やからその頃には忘れてるかもしれへんけど。でも可憐ちゃん結構記憶力ええ方やし、土壇場で思い出してパーティー嫌になるのんも可哀想やなて。」
「そんな・・・ええっ、な、何か有難うっ!そこまで考えてくれてたなんて、確かに私そうなりそうではあるけどっ。」
「ええねん。俺、可憐ちゃんと一緒に居りたいさかい。」
「えっ?」
忍足はCDをしまいながら、こともなげに言った。
「折角卒業パーティーやのに、友達がダンス出来へん言うて居らへんのん嫌やろ?」
「あっ!ああ、うんっ!そうね、そう・・・」
ああびっくりした。
いきなり何の話かと思った。
「まあ、卒業いうのんは一概に楽しみな事とは言われへんけど。でも言うたら、式以外で中学生活の締めみたいなイベントになるやろし、そんなタイミングで沈んだ気分になるのんも嫌やろ?」
「・・・うんっ!」
まだ2年も先。
残された時間は長い。
でもきっと、その2年はかけがえのないものになるだろうという予感はある。
良いこともあるだろうし、嫌なこともきっとあると思うけど、でもどうでも良い時間にはならない筈だ。
そんな月日の集大成が卒業なのだとしたら。
出来る限り明るい気分で居たいし、そこには皆が居てくれれば良いなと思う。
勿論、忍足にも。
「あのっ、忍足君っ!」
「うん?」
「卒業パーティーの時も、それまでも、ずっと仲良くしてねっ!」
「・・・こちらこそ。」
そうして居られれば良いなと忍足も思う。
もしかしたら可憐よりも強く。
強く、思った。
100話記念くじびき企画
お題:No.086 宿題
くじ結果:18秒→8:主人公4×忍足
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