大きな古時計をご存知ですか?
そう、あれです。
おじいさんが持っていた、100年休まず動いた時計。
まああれほど有名ではございませんし、あれと違って床置きでもない柱時計ですが。
私も一応、それなりに生きてきた時計の端くれでして、はい。
「よい・・・しょ!ここで良いですか?」
「はい、どうも。ご苦労様です。」
「あら貴方、これがお話してたあの?」
「そう、柱時計だよ。」
「まあ、立派ね。」
「そうだろう?彼奴も勿体ないことをするよ。」
初めてこの家に来た日のことは、今でも覚えています。
私は前の主人の引っ越しに伴い、廃棄される予定でした。
そこを今の家主ーーーそこの幸村久永という男性が、捨てるくらいなら家にと引き取って下さったのです。
新しい家は裕福そうに整っていて、私も邪魔にならずに済みそうでほっとしました。
奥様は大きなお腹を抱えて、優しく私を見上げていました。
ほう、子供が一人。
そう私が思った、丁度其のとき。
「父さん、母さん。」
利発そうな男の子が扉から顔を覗かせました。
おや、子供が2人だったか。失敬。
そう内心で呟く私に気づくこともなく、彼は落ち着いた足取りで私の前にやってきました。
「あのね・・・あれ?これは?」
「新しい時計よ。」
「父さんの友達の物だったんだ。それを頂いたんだよ。」
「ふうん・・・」
しげしげと見上げる、紫とも藍色ともつかない綺麗な色の瞳。
この子は私を気に入ってくれるだろうか。
内心の微かな不安に呼応するように、その子は私に微笑みかけて言いました。
「良い時計だね。」
こうして、当時4つだった幸村精市君は、とてもそうとは思えぬ大人びた暖かさで私を受け入れてくれたのです。
月日の経つのは早いもので、ふと気づくと幸村家に私が来てから2度目の夏がやってきました。
ここに来た当時幼稚園に通っていた精市君も、もう小学生。
苛めや何かに遭わなければいいが・・・と思っていた私の心配は杞憂だったようで、まだ小学校生活が始まって僅かながら、精市君は毎日元気に学校に通っています。
今日も明るい顔で、ランドセルを背負って帰ってきた精市君。
「ただいま。」
「あら精市、お帰り。」
「母さん、今日友達が来るから。」
「あら、そうなの。」
奥様はもう、誰ととかそういう事は聞きません。
最近は、すっかり精市君が学校で遊ぶ相手が決まりきっています。
「こんちはー!」
ピンポンと同時に聞こえる元気な声。
精市君が玄関を開けると、居たのは五十嵐紀伊梨ちゃん。
この子は精市君の幼馴染で、私より精市君との・・・というより幸村家との付き合いの長い子です。いつも元気いっぱいで、底抜けに明るい良い子です。
精市君が紀伊梨ちゃんを上げて暫くすると、間もなく再度チャイムが。
「こんにちは。お邪魔します・・・」
この子は春日紫希ちゃん。大人しくて物静かで、いかにも精市君と気が合いそうな女の子です。この子もとっても良い子ですが、実は初めてこの家に遊びに来た日は私を怖がっていました。
1時間ごとにボーン・・・と大きい音が鳴るのになかなか慣れなかったと。あいすいません、驚かすつもりは。
その直後、もう一度チャイム。
これで最後です。
「お邪魔しますw」
「ちは。」
この子らは双子。
男の子の方は兄の黒崎棗君です。
精市君とはまた違う器用さがあって、ふざけてるように見えて周りをよく見ている良い子です。
女の子の方は妹の千百合ちゃん。
それ、そこの子です、ええ、女の子ですよ。服も髪も目つきも棗君より男らしいですが、女の子です。千百合ちゃんは。
さて、千百合ちゃんは・・・・
「いらっしゃい、上がって。紀伊梨ちゃんも春日さんももう上に居るから。」
「遅れてすまんねw」
「黒崎さんも、いらっしゃい。」
「ん。」
・・・正直、千百合ちゃんはどういう子なのか、当時の私はよくわかりませんでした。
精市君が友達だと受け入れているので、良い子だとは思います。思いますが、どうもその・・・個性が見えないと言いますか、無愛想が過ぎると言いますか・・・
強いて言うならボーイッシュな子だなあ、と思っていました。私はね。
ただ、精市君はそうでなかったようで。
「はい。」
「・・・何この手。」
「階段、上がれるかい?」
「馬鹿にしてんのか。」
「そうじゃなくて。今日、体育で転んでたから。平気かなと思って。」
はい、と尚も手を出す精市君。
これが精市君の真面目なところでして、どんなに男っぽくても女の子なら女の子扱いをする子です。
紀伊梨ちゃんも紫希ちゃんもタイプは違えど双方かなり女の子らしいタイプですが、そうではない千百合ちゃんにも分け隔てなく。
「・・・いい、要らない。」
「・・・そう?」
あのジーンズに隠れている足のどこかに、彼女は絆創膏を貼っていたりするんでしょうか。
それでも全く構わずすたすた階段を上っていく千百合ちゃん。
・・・やっぱり彼女のことはよくわかりませんでした。少なくともこの頃は。