100話記念企画 No.044
氷帝学園は広い。
それはもうべらぼうに広い。
そして金持ちである。
あらゆる設備が整っているし、校舎は定期的に業者が気合の入った清掃をしてくれてピッカピカだ。
そして無論、敷地内の庭も例に漏れない。
生徒達はそこまで深く知っている者は少ないが、普通なら植えないようなものや手入れの難しい植物も跡部の好みで植わっているので、庭が最早学校の庭じゃない。ちょっとしたガーデンエリアである。
だから庭を散歩している生徒側が、花が咲いたり実が生っているのを見たりして初めて「あっ、こんなのここにあったんだー」となることも結構ある事なのだが。
「あら。」
「えっ?」
「見て可憐ちゃん、ほらほら!」
「どれどれ・・・あーっ!木苺だっ!」
朝練から教室へ向かう道の途中、道の一角に木苺が生っているのを可憐と網代が見つけた。
「そっか。初夏だものね、もうそんな時期・・・可憐ちゃん?」
「・・・・・」
「あら?おーい、可憐ちゃん?」
「えっ!?あっ、はいっ!」
「どうしたの?そんなじっと見て・・・」
「えっ!?あ、ううんっ!別に何もっ!」
網代は可憐の様子を少し見ていたが、やがてピンと来た顔をした。
「さては可憐ちゃん。」
「え、」
「食べたいんじゃない?」
「え!」
「良いんじゃない?綺麗なやつを選べば大丈夫よ。ちょっとくらいもらったって別に・・・」
「あ、ううん違うのっ!あ、いや、違わないけど・・・」
「?」
「あのう・・・ジュースにしてみたいなあ、って・・・」
網代の言う、良いんじゃない食べてもというのは一粒もいで食べても良いんじゃない、という意味である。可憐もそれは分かるし、またそのくらいなら良いだろうと可憐も思う。
でも違う。そうじゃない。
可憐はジュース飲みたいなあと思ったのである。
「ジュース?あんまり聞いたことないわね。」
「あはは・・・私も好きとかっていうより興味なんだけどっ!昔、ム/ーミ/ンのアニメに木苺のジュースが出てて、美味しそうだなあってっ。」
「ああ成程!アニメ飯的な事なのね?」
可憐はそんな、取り立てて熱心なム/ーミ/ンファンとかそういうわけではない。
ただ、幼いころに見た「美味しそう」と思った憧れの気持ちは、今なお可憐の中に強い輝きを残したままなのだ。
まして木苺のジュースなんて、飲もうと思ってその辺に売ってるものでもないし。
「あの、でもほんのちょっと思っただけだからっ!ジュースにするなんて一粒や二粒じゃ足りないしっ、ここにあるの全部貰うわけにもいかないしっ。」
「まあ、そうね。あーあ、でも話してたらなんだか飲んでみたくなっちゃったなあ!部長様に頼んだら出てこないかしら?」
「ううん、出てきそうではあるけどっ!何かちょっと違うっていうか・・・」
「ああ、レア度に欠けるわよ、ね。」
なんて言いながら二人はその場を後にした。
のだが。
その日の昼休み、勉強会にてふと忍足にその話を振った所。
「出来へんやろか?」
「え?」
丁度ひと段落した頃だったのもあってか、ちょっと待ってな、と言って忍足はスマホを取り出した。
そしてなにやら少々弄ると、ああ、と呟いて可憐に画面を見せる。
「これ何っ?」
「ここのホームページに載ってんねん。庭の植栽についての詳細分布。まあ跡部の趣味やろな。」
普通は学校のサイトにそんなデータ載ってないが、中途半端は好きじゃない跡部は氷帝学園のデータベースにも各種資料をどっさり載せている。
ネットサーフィンが嫌いでない忍足は、その事を知っていたのだ。
とはいえ植栽データなんて見たことなかったからあるかどうかは知らなかったが、まさか本当に載ってるなんて。便利で良いけど。
「話戻すけど、その木苺のマークの所タップしてみて。」
「こうっ?」
「意外と植わってるやろ?」
「ええと・・・本当だっ!結構色んな所にあるねっ。」
「せやから、全部の箇所からちょっとづつ拝借して回ったらジュースの1杯か2杯出来るんちゃうやろか。」
「うん、確かに・・・」
何せ氷帝学園内の敷地は広い。
それに伴って庭も広く、その各所に木苺が点在しているとなると確かに出来るかもしれない。
「で、でも勝手に取って良いのかなっ?」
「まあ表立って良いとは誰も言われへんやろうけど、そないに目くじら立てるような事でもないと思うで。ようさんあるんやし。」
「そ、そっかなっ?じゃあ・・・」
なんだか俄かに出来そうな気がしてきた。
え、良いのかな。
滅多にないチャンスだし、出来るものならやりたいけど。
「なんやったら手伝うで。」
「えっ?」
「一人は大変やろし、一人が幾つも持っていくよりは二人の方がばれにくいし。」
「それはそうだと思うけどっ!」
でも良いんだろうか。
言うなれば悪戯の片棒を担ぐ的な事になりつつあるが、諸共咎められたらどうしよう。
そう思ってるのが顔に出ていたのか、忍足はふ、と笑った。そして大したことなさそうに、大丈夫やから、と言った。
「ああでも、出来たら一口分くらいは貰うてもええ?」
「そんなの勿論だよっ!」
かくして、秘密裏に学園の木苺を集めてジュース作ろう作戦は始まったのだった。
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