カラカラ、カラカラ。
何か音がする。
背後から聞こえてくるそれに振り向くと、抜けるような青空の下、大きな風車のある家の前に可憐は立っていたのだった。
風が強く吹いている。
それを受けて、風車は大きく回る。
カラカラ、カラカラ。
機嫌良さそうにーーーそれこそ笑うように音を立てて。
目の前で一定の速さで回る風車をじっと見ていると、なんだか吸い込まれそうだ。
ひと際大きな風が吹いた。
尚も風車は回って、同時に少し肌寒さを感じた。
すると、それを見計らったかのように風車小屋の正面扉が開いた。
「お帰り。」
中から出てきた忍足が、当たり前のように言った。
可憐も不思議とそれを当たり前のように思って、中に入った。
「もうちょっと待ってな。」
そう言う忍足は、小屋の中のコンロでやかんを火にかけていた。
室内でもカラカラという風車の音は止むこともなく、でも煩いとは思わない心地よい音だった。
何しているんだろうか、と思って忍足の方に行くと、忍足は微笑みながら振り向いた。
「大丈夫やから、ええ子で待っといて。」
その声音がなんだか甘く感じて、恥ずかしくなった可憐は食い下がる気を失くして椅子に座った。
そこからふと窓を見ると、天候がかなりおかしなことになっていた。
抜けるような青空で、明るい日差しが燦々と窓から差し込んでいるのに、何故か雪も降っていて、白い雪がちらちらと窓の外にちらついているのだ。
さっきまで雪なんて降ってなかったのにという事にも可憐は疑問を抱かず、そのまま大人しくしていると忍足は木のコップを持ってきてくれた。
中には湯気の立ち上るホットミルクが入っていた。
「もうすぐ夏やなあ。」
やっぱり外の雪の事を不自然に思うこともなく、可憐は頷いた。
そう。もうすぐ夏。
ここを出ると、もう間もなく夏ーーー
「可憐ちゃん。」
はっとして顔を上げると、忍足は眼差しに優しさを湛えたまま言った。
「大丈夫やで。」
何が大丈夫なのかは、起きて夢の反芻をしてみて初めてわかった。
(私、大会の事が心配なんだなあっ。)
朝練のメニューを整理しながら可憐は思う。
一日一日と迫ってくる「一番」への道のりに対する心配が、夢で夏がどうのという話となって出てきたんだろう。
でも、昨日の夢はそれほど疲れなかった。
起きた時も何かすっきりしていて、体が暖かだった。勿論夢で飲んだホットミルクが体温を上げてくれる筈もないのに。
「可憐ちゃん。」
「はいっ!あ、忍足君っ!どうしたのっ?」
「ちょっと、昨日のスコア見せてくれへん?」
「良いよ、どうぞっ!」
「おおきに。・・・そういえば。」
「?」
「昨日はどないやった?よう眠れた?」
「うんっ!夢は見たけど、凄くいい寝覚めだったよっ!」
「ほんなら良かった。どんな夢見たん?」
「あのね、風車小屋の中で過ごす夢だったんだけど、そのうなんていうかなあっ。ええと、」
「ああ、最後の風車て個人の所有やったな。アットホームな夢でも見たん?」
「あっ、そうそれっ!あったかくて、気分が爽やかでねっ。それで、今日もーーー」
可憐はそこで言葉を途切れさせてしまった。
あれ。
もしかして、ここ3日ばかり自分はずーっと忍足の夢ばっかり見てないだろうか。
「今日も風車の夢見たんやな。」
「えっ!?あ、うんっ!そうっ!そうなのっ!うんっ!」
風車の夢でもあるけど貴方の夢でもあるの。
なんて堂々と言うのはちょっと気恥ずかしくて、誤魔化すようにそう言うと忍足は特に訝ることもなく納得してくれた。
「でもあれやな。」
「えっ?」
「3日も続けて同じ物の夢見るて、めっちゃ考えてんねんな。」
勿論、風車の事をである。
忍足的には。
でも。
でも可憐には。
「・・・そ、うでもないと思うんだけどなあっ?」
「?せやろか。」
「そうだよっ!そうですっ!」
「・・・そうなん?」
たじろぐ忍足に悪いと思う気持ちはあっても、今はちょっと気遣うだけの余裕がない。
不自然と自覚しつつ、話を切るように可憐が外を見ると、今日は抜けるような快晴。
きっと遠い空の下で、今日も異国の風車は、日本に居る女の子に不用意な夢を見させていることも知らないで回っているのだ。
100話記念くじびき企画
お題:No.089 モンマルトルの風車
くじ結果:27秒→7:主人公4×忍足
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