100話記念企画 No.081


「何て言ったの?」
「うん?」
「あの青木とかいう奴に。」

千百合は幸村の隣を足の向くまま歩いていた。
音楽室から出る時は手を引かれていたけれど、出ると幸村はすぐ手を離してくれる。そういう、自分のことをわかっている気遣いが千百合には有り難い。

「命がどうのとか言ってたけど。」
「ああ、あれ。そんなおかしな事は言ってないよ。テニス部とビードロズ関連記事の禁止とカメラの処分を言い渡しただけさ。」
「は?」
「だってそうだろう?デマをでっちあげるような人に周りをうろうろされると活動に支障が出かねないからね。個人であれこれ吹聴するのは止めるのにも限界があるけど、彼女は報道部として、みたいな事を言っていたから。テニス部から正式に報道部への出禁を命じたんだ。」
「はあ・・・なるほど。」

千百合は別に報道部ではないが、立海という学校の中でも(いろんな意味で)かなり注目を集めている男子テニス部の記事が一切0になるというのは報道部にとっては痛いに違いあるまい。自分一人のせいで部全体に大きな損失を与える、と言い渡された青木が怯えるのは当然といえるだろう。

「カメラは?」
「あれは、ほら。彼女が言っていただろう?私の命と同じくらい大切な愛機だ、って。」
「ああ・・・ははあ。命が惜しいってそれか。」

まさか本当の命ではあるまいとは思っていたが、本当の命ではないにせよ「命同然」という事だったらしい。
成程。あんなに熱を入れあげている活動の、その場所と最大のツールを同時に奪われる危機だったわけだ。ビードロズで例えると、今後一切のライブ禁止と楽器の処分を言い渡されたようなもの。超えげつないな、と千百合は他人事のように思った。

「まあ、今後二度としない事と誠心誠意の謝罪とで今回だけは見逃しても良いとは言ったけど。」
「ああ、じゃあ今回はセーフなのね。」
「今回だけだ、二度目はないよ。」
「結構怒ってんじゃん。」
「それはそうだよ、彼女のカメラは結局無事なのに俺は無事じゃないんだから。」

俺は無事じゃない。
その言葉に千百合はちょっと目を見開いた。

「え。何、データ消させなかったの。」
「データは消させたよ。」
「じゃあ無事って言えるんじゃないの。」
「精神的に無事じゃないんだ。」
「そこまで不愉快だったの?」
「勿論だよ。俺のことを馬鹿にしてる。」

千百合は更にもう少し目を見開いた。
隣を歩く幸村の顔は、えらく真剣でそして険しい。真面目に怒ってることが伝わってくる。

「・・・確かに、態度は悪かったけど馬鹿にしてたわけじゃなくない?彼奴がほら、精市とあの子の・・・えー、なんていうかロマンスシーンが撮れたって喜んでたのは精市に価値を見出してるからであってーーー」
「そうだよ、青木さんは俺が千百合以外の女の子に近づいてる絵をロマンスだとみなしてたんだ。

命と同じくらい大切な女の子と普通のクラスメイトとを並べて、態度の変わらない男だと言ったも同じなんだよ。」

あれがロマンスシーンに見えたと思われることそのものが、幸村にとってはもう侮辱も侮辱なのだ。何がロマンスだ、どこ見て言ってる。ふざけるのも大概にしてくれ。

更に、幸村にとっては千百合を傷つけられたのにも腹を立てていた。
嫌な思いをしただろう、傷ついただろうごめんね悲しかったよね、みたいな事を言われると千百合は余計にプライドを傷つけられるタイプだから、そうは口に出して言わないけど。
でもあの立ち去った後姿を見て、愉快でない思いをしていたのは確かだと思った。
自分のカメラを傷つけられるのは嫌だと縋ってくるくせに、他人の恋人を傷つけるのは別に平気とか、よくそんな虫の良い事が言えるものだ。そう簡単に許せるものじゃない。

・・・と、幸村が思っているであろう事は千百合にも想像がつく。

やべえ雰囲気。
凄く言いづらい、ロマンスシーンに見えたという点においては青木に同意していたなんて。

いや。そういう話をするのなら、青木が云々以前に、窓から体育を見かけた時点で。

「・・・何か、ごめん。」
「うん?どうして?千百合が謝るような事なんて何もないじゃないか。」
「いやあの・・・正直、私も嫌なところ突かれたなみたいな感覚があって。」
「・・・うん?」
「ほら何かこう、今日階段から落ちたあの女子とかと違って似合わないでしょ私。ロマンスとか。絵にならないって自分で分かるし。あの、精市が態度の変わらない男だって言ってるんじゃなくてさ。私側の話で。」
「千百合、」
「分かってる分かってる、精市はそんな事ないって言うんでしょ。たださ、それはそれとして私が客観的にフラットな目で見て可愛くないタイプなのは事実なんだって。精市から見たらそうでも世間から見るとそうでもないの。」

幸村は千百合を可愛いと言ってくれる。それに向かって嘘だとは言わないが、同時に周りはそうは思ってないことを幸村は偶に忘れてるんじゃないかと思うのだ。

「まあだから、それがなんとなく気になるタイミングだったというか・・・」
「千百合。」
「・・・はい。」

「誰が何と言おうと俺が好きなのは千百合だから、他の誰かとロマンスなんてする気にはなれないよ。」

それこそ、それっぽいよねと言われるだけで煙たい気持ちになる程度には。
千百合が世間的に可愛いとは言えないタイプの女の子である事くらい幸村だって分かってるが、それが一体なんだというのだろう。自分にとっては世界一可愛いんだから。寧ろ他の男が放っといてくれやすいという意味ではラッキーとさえ思う時がある。

「春日もそう言ってくれたしね。」 
「ん?」
「ほら、階段でゴタゴタした時に。千百合が行った後も、春日は残っただろう?あの時言ってくれたんだ。幸村君って、千百合ちゃんの前だとあんなに態度が違うのにって。青木さんは見たことがないんですねって。」

紫希は付き合いが長い分、幸村精市という男が千百合の前とそうでない時でどんなに違うかよく知っている。
眼差しの優しさとか声の甘さとか纏う雰囲気の柔らかさとか。最近でこそ慣れたけれど、それこそ最初は見ている方が恥ずかしいくらいだった。

それなのに他の女子と並べても絵になるとか言われても、紫希には全然ピンとこないし多分紀伊梨や棗も同じことを言うだろう。あんな普通オブ普通でしかない態度で何がロマンスか。千百合と接してる時の幸村を見たことがないのか。ないんだろうな。

「それから、千百合も態度が変わるって言われてたよ。」
「は?」
「普段も可愛いけど、俺の前だともっと可愛くなりますねって。俺もそう思うよ。」

普段そんなことほぼ全くと言って良いほど思わないが、こういう時だけは紫希に対してでも余計なことをと思ってしまう。
図星なだけに余計に。正直、幸村の前だと自分の態度が変わってる自覚はあるんだけど。

でもしょうがないじゃないか。
幸村が好きだから。

と思っていても口に出せず、でもじわじわ赤くなっていく顔を見れば幸村には大体考えてることがわかる。

本当にこの子は可愛い。
そして、こういう時だけは結構抜けてる。

「俺も同じなんだよ。」
「え?」
「今の千百合と一緒さ。好きだから態度が変わるんだよ。千百合が俺の前で変わるんだった
ら、俺だって変わっててもおかしくないだろう?」
「ああ・・・」
「分かってくれた?じゃあ、俺が不愉快だった事も想像しやすいかな?」
「ん?」
「もし千百合が階段から落ちてクラスの男子の誰かに助けてもらって、いい雰囲気だったねロマンスだねって言われるとどう?」

成程。確かにふざけてるのかと聞きたくなる。
千百合が納得した顔になったのを受けて、幸村はやっといつもの顔で笑った。

「どう思った?」
「不思議にイラつくわ。何か、お前私のどこ見て言ってんのって感じ。」
「そうだろう?ロマンスのスクープが撮りたいのなら、別に事故の場面なんて頑張って撮らなくたって、こうして並んでる所を撮るだけで十分なのに。」
「・・・そうか?いや、流石に並んでるだけじゃ、」
「ふふっ、そんな事ないよ。こうして並んで手でも繋いだら、それだけで立派なロマンスシーンの成立だ。だって、」

幸村は千百合より一歩前に出て、振り返って向き直った。


「俺達は恋人同士なんだから。そうだろう?」


真正面からしっかり瞳を捉えてそう言われると、千百合はいつも凄く恥ずかしくて、それと同時に縫い付けられたように視線を外せなくなる。

そう、正に縫い付けられたようにという表現が相応しいほど力強さを感じるのに、不思議に甘くて柔らかでもある幸村の目。

ああそうか。
この眼差しで見てもらえるのは、自分だけなのか。
ロマンスの神様とやらがもし居たとして、その神様がなんと言ったとしても、幸村はさして気にも留めず千百合を選ぶのだろう。何といっても神の子だから、神様からのお小言くらいは日常茶飯事なのかも。

それなら、そうか。

「・・・私が負けた側か。」
「負けた側?」
「あ、ごめん。こっちの話。まあそれ以前に、負けっていう表現もこの場合若干変だけど。」

誰よりロマンスの似合う神の子と、誰よりロマンスの似合わない可愛くない女の子の取り合わせ。
この矛盾には、どうやら神の子様の方に軍配が上がるらしい。

「何の話?」
「まあ気にしないで。」
「気になるから教えて欲しいんだけど、駄目かい?」
「うん、駄目。」

そう言う千百合の顔は、ほんのり色づいていて、普段からは考えられないくらい優しい小さな微笑みに彩られている。
その表情が、貴方が好きと囁いてくる。

ああ。やっぱりロマンスはこうでないといけない。

幸村は心から満足して、また微笑みを返した。






100話記念くじびき企画
お題:No.081 ロマンス
くじ結果:26秒→6:主人公3×幸村
5/5


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