5万打記念企画 No.015


月曜日。
週明け。

「・・・・・あーーーーもーーー!」

もしかして何かの奇跡がおこって、そのままだったりしないかな。
そんな紀伊梨の淡い期待は案の定打ち砕かれた。

焼却炉のあった所はこざっぱりと綺麗に片付いていて、ご丁寧にベンチまで置いてあった。
座る部分は木だが、足部分がコンクリート製なのがまた憎らしい。ニアミスっぽくて。

とはいえもちろん、あのコンクリート塀は残ってる筈もなく。

「この辺にちょこーっと残ってたり、落ちてたりしてないかなー?・・・ないかー!そっかー!そかー・・・」

ああ、空しい。
一人だと尚空しい。

そう、一人なのだ。
あのコンクリートがある間は、此処に一人で来ても寂しくなかった。
例えこの場には居なくても、コンクリートの落書きを通じて相手の存在を感じていたから。

でも、此処にはもうそれもない。
結局金曜日になっても、名乗り出てもらえず終いだったし。
そんなそっけなくしなくても良いじゃんかよー!と言う相手がどこの誰なのかもわからないという、この雲を掴んでるかのような望みのなさそうな感じ。

「はーーー・・・」

取りあえずベンチに座ってみる。
何の解決にもならない事はわかっているけど。

(ん?)

ベンチ。

「・・・・・」

ベンチに座ったまま、ズリズリと端に移動し、コンクリートでできたベンチの足の側面を覗き込む。
もしかしたら、こういう所にあの誰かさんがまた落書きしてたりしやしないだろうか。いや、仮に真っ新だったとしても、今度は自分からやれば良いのではーーーー


「五十嵐!学校のものに落書きなどするな!」


「ぎゃあああー!ごめんね真田っち、ゆっきーには言わなーーーあれ?ニオニオ?」
「どうじゃ、よう似とったじゃろう?」

背後に居たのは仁王だった。
いつものようにひょうひょうとしたその顔は、驚かして悪かったなんてちっとも思ってないのが丸わかり。

「もー!びっくりさせないでよー!ただでさえ落ち込んでるんだからー!」
「ほう?お前さんに落ち込むだけの知能があったんか、知らなんだの。」
「酷くない!?紀伊梨ちゃんだって落ち込むときくらいありますー!」

ふん!と鼻息荒くベンチに座りなおす紀伊梨に、仁王はやっぱりそんなしおらしい様子には見えないと思った。

「こんな焼却炉跡地に落ち込むようなものもないじゃろ。」

そう言って、仁王も紀伊梨の隣に腰を下す。
紀伊梨は口を尖らせたまま返事をした。

「あったもん!」
「ほう?」
「本当だもん!あったもん!此処にあったの!」

何があったのって、落書きされた小汚いコンクリートの塀がだろ。
と言われたら、それはそうなんだけど。そうとしか言いようがないんだけど。

でも、紀伊梨にとっては大切だったのに。

「ふーんだ!」
「お?何をする気じゃ。」
「落書きの続きですー!」

そう言って、紀伊梨は気を取り直して作業に戻ることにした。
どうせ仁王の事だ。特に咎めたりなどしてくるまい。
紀伊梨はベンチから下りて、横に回り込んで油性ペンの蓋を再び開けて書いたのだが。

「・・・・・」
「・・・・?どうした?書かんのか?」
「ううん、書いたお。書いたんだけどー。」
「けど、なんじゃ。」
「・・・何か違うんだよねー?」

紀伊梨は一番最初、あのあっかんべーの顔を書こうとしたのだ。
あれが最初だったから、あれが良いと思って。

だが、そもそも自分で書いたものじゃなかったから、いざ書けと言われるとあの通りに書けないのである。いつも見ていたから書けると思ったのに。最初に撮った写メも、もう消してしまったし。

「何でだろー?何か違うなー?取りあえず、これなしね!なしなし!」
「それでええんか。」

紀伊梨は書き損じに大きく×を付けていた。
最早落書きに対して、申し訳ないとか微塵も思っていない。

「なしにするにしても、もう少しどうにかしたらどうじゃ。」
「えー?でももう書いちゃったもーん!それより、次ですよ次々!えーと、こうだっけ?あ、違う!これも何か違う!えー、じゃあこうか!あり?これも違うなー、なんでー?」

仁王は内心でおおお、と呟いた。
凄まじい勢いで落書きの書き損じが量産されていく。書いては×して書いては×して、また書いては×して、紀伊梨は遠慮なくそれを続ける。新品のベンチは、もう見るも無残。
仁王自信も大概悪戯に遠慮の無い方だが、それはそれとして人が豪快にやってるの見ると引くなあ・・・なんて勝手なことを思う。

「おい、まだ正解が分からんのか。」
「だって出来ないんだもーん!あのベロどんなのだっけー?」

至ってシンプルだった筈なのに、書けと言われると出てこない。

「・・・・・・」

仁王はベンチに座ったまま後ろの紀伊梨を暫く見ていたが、やがて前を向いてベンチを降りると、横に回って紀伊梨の隣に屈んだ。

「ほれ。」
「お?」

余りにも当たり前のように仁王が手を差し出したので、紀伊梨は思わずペンを渡してしまった。
そして、やっぱり当たり前のように蓋を開けて書いた。

あの時の顔。

「おー!それそれー!って、あれ?」
「何じゃ。」
「どーしてニオニオ正解が分かるの?」
「お前さんは本当に馬鹿じゃな。」
「何が!?どーして今紀伊梨ちゃん馬鹿扱いされたの!?ってゆーか、何でそんな笑ってるのさー!」

仁王はおかしくて仕方がない。
どうして正解が分かるの、だって。
そこまで分かっていて、どうして真実に辿り着かないんだろうか。

だからちゃんと言っておいたのに。別にわざわざ名乗りあわなくたって良いって。
生徒会に何とかならないか聞く程度には仁王だってこの場を気に入っていたし、どうしてもって言うなら自己紹介くらいは好きにしたら良いけど、それはそれとしてこっちから名乗り出るような性格してないし。

まあ良いや。
これはこれで面白いから、もうちょっと黙って居よう。
紀伊梨は落ち込み続けるかもしれないけど、許してくれるだろう。

だってほら。結局、こんな近くに居るんだし。

「ねーってばニオニオー!笑ってないで教えてってーーー」

「おい!」

ビク!と紀伊梨は肩を震わせた。
真田だ。仁王は今此処に居るから、おそらく本物(絶対とは言えない。柳生がまだ居るからだ。)の真田の声。

「お前ら、何をしとるんだ何を!公共物に落書きをするな、たるんどるぞ!」
「俺は無実じゃ、何もしとらんぜよ。」
「えええええ!?ちょっと待ってちょっと待って、今のこれはニオニオが、ってええええ!?紀伊梨ちゃんの右手にいつの間にかマッキーが!」

嘘だろ、さっきまでそっちが持ってたじゃん。
とか言っても、仁王は知らーん顔で明後日の方を見ている。
こうなると紀伊梨はもう何もできない。真実を伝えようにも、口が上手く回らないのだ。勿論、仁王は知っててやっている。

「言い訳をするな!良いか、罰として放課後までに暇を見つけて消せ!」
「えーーーー!」
「ご苦労さんじゃのう。」
「お前も同罪だぞ、仁王!」
「おい、どうしてそうなるんじゃ。聞いとったじゃろ、俺は何もーーー」
「嘘だよ、したじゃーん!」
「それ以前の話だ!していようがいまいが関係ない、止められなければ同罪だ!」
(本気なんか此奴。)

冗談だろ、という気持ちと、冗談じゃないんだろうなという気持ちが同時に出てくる。
仁王はよく知ってる。真田とはこういう男だ。

「わかったな!帰る直前に直っていなければ、後日目の前で直させるぞ!」
「えーーーー!あ、じゃあじゃあ、お手伝いはありですか!」
「ならん!人を巻き込むな馬鹿者!」
「えー!」
「阿呆じゃのう、黙って連れてくればそれで済んだ話ぜよ。」
「ええい、お前ら2人は揃いも揃って!」
「おい、此奴と一緒にせんでくれ。」
「どーいう意味ですかー!ってゆーか、悪さしたっていう意味では一緒でしょー!もー!」

そう、一緒だ。
最初からずっと一緒だったのに、紀伊梨は全然気づいていない。

馬鹿だ馬鹿だと思いつつその馬鹿さ加減がなんだか愉快で、小さく笑って仁王はまた真田に笑うなと叱られたのだった。




オマケ

「五十嵐、ついでにええ事を教えといてやるぜよ。」
「お?」
「こういう所に落書きする時は、木の部分よりコンクリに書いた方がええんじゃ。劣化が遅いダニ、後後まで残るからの。」
「おー!」
「おい、余計な事ばかり教えるな!」





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