5万打記念企画 No.015
そんな紀伊梨と誰かさんの、コンクリートを介した緩ーいやり取りに暗雲が立ち込めだしたのは、5月の中旬に入った頃であった。
その日も紀伊梨はいつものように、教室に入った。
「おっはー!」
「あ、紀伊梨!」
「大変だよ、五十嵐ちゃん!」
「お!?」
自分を見るなり駆け寄ってくるクラスメイト。その顔は、お世辞にもいい知らせを持っているとは思えないような表情だった。
「どったの!?何!?」
「紀伊梨さ、何かちょくちょく、焼却炉がどうのとかって・・・」
「あ、そーそー!紀伊梨ちゃんね、偶に焼却炉の所で友達とお絵かきーーー」
「あそこ、無くなるんだって・・・・」
「・・・・え?」
「ほら・・・焼却炉なんて、今時使わないじゃん?」
「それでね?あそこのスペース要らないだろうからって・・・」
紀伊梨の叫びが教室に木霊した。
今度の土日の間に完全撤収。
そう言われて、紀伊梨はそこを訪れた。付き添いの紫希、千百合、棗は、なんと言えば良いものかわからないでいた。
「・・・・・・」
「おおw」
「へえ。見ない間に、ちょっと絵増えてんじゃん。」
「前より賑やかになってますよね。」
「そー・・・これからもっと可愛くなるとこだったのに・・・」
はあ・・・と溜息を吐いて、珍しくしんみり落ち込みモードの紀伊梨。
「おや、皆さんお揃いで。」
「ん。」
「柳生君。」
「よーすw」
「こにゃにゃちわー・・・」
「・・・五十嵐さんは何を落ち込んでらっしゃるのですか?」
「これよ、これw」
「何か知らない奴とお絵かき合戦みたいなのしてたんだって。」
「でも、焼却炉が今度・・・」
「ええ、無くなりますね。」
「やっぱりー?はあ・・・」
紀伊梨は再度ため息をついた。
「しかし意外ですね。五十嵐さんなら、職員室に行って辞めてくださいと直談判するくらいはすると思っていましたが。」
「じかだんぱ・・・?ダンガンロンパの仲間?」
「紀伊梨ちゃん、直談判、です。直接相手に交渉する事です。」
「直接?言いに行くって事?それはもーやった!」
「やったのかw」
「でも駄目だってー・・・」
「そりゃそうよ。」
「まあ、目的がこのようなコンクリートの塊一つ置いておいて欲しいから。ですからね。」
そんな事でいちいち取りやめ出来るか。と言われるどころか、紀伊梨は実は職員室であんな所に落書きなんてするな馬鹿と雷まで食らっていた。
いやまあ、雷というのは比喩なのだが。紀伊梨の担任の上里は、どちらかというと幸村型というか、怒鳴らないタイプの怒り方なので。
「あのう、念のためお伺いしたいんですけれど、生徒会は・・・」
「・・・実は、私も聞いてみたのですが。やはり、撤収する理由は山ほどあるのに対して、しない理由がほぼ0なので。」
「ふぐっ、」
棗が変な声を出した。
「何鳴いてんのよ、汚えな。」
「酷くないwいや、別に何でもないんですけどねw」
「ううう・・・やっぱ駄目?」
「ですね。」
「ええええーーーーん!」
紀伊梨はコンクリート塀にへばりついて叫んだ。汚れるぞと後ろの千百合が言ったが、構いやしなかった。
「紀伊梨ちゃん、せめて顔のところにハンカチを・・・あれ?」
「紫希ぴょんありがと・・・どったの?」
「この部分・・・」
紫希が指さしたのは、紀伊梨がいつだったかに書いた自己紹介文であった。
油性マーカーで、『私は1-Bの五十嵐紀伊梨ちゃんです!』と書いてある。
「何これ。」
「じこしょーかい・・・こうやって書いたら、相手の人が私は誰々でーす!って教えてくれるかなーって・・・」
「返事がありませんけどw」
「言わないでよー!紀伊梨ちゃんだってちょーがっかりしてるんですからねー!」
この自己紹介を書いてからこちら、紀伊梨は毎回返事があるのではと楽しみにしていたのだ。
だが空振り続け、それでもいつかはとか思っていたら、返事どころかこのコンクリート塀がなくなるという事態。
「しかしあれねw」
「どれよ。」
「いや、この焼却炉がなくなるって話は、あちらさんだって聞いてるわけでしょw事ここに至って尚名乗り出ないって、相当薄情じゃないのw」
「ああ、まあね。紀伊梨に興味ないんだろうな感ひしひしとするよね。」
「しどいいいいー!」
いや、紀伊梨も思ってはいた。
もしかしたら、今日の騒ぎを聞いて最後だからと相手が反応してくれるのではないかと。
まあ、やっぱり駄目だったくさいが。
「さ、流石に興味がないわけじゃないと・・・恥ずかしがりやさんなんですよ、きっと!ですよね、そう思いませんか、柳生君・・・」
「・・・そういうわけでもないと思いますがね。」
「そう?ですか・・・?」
「単純に、わざわざ名乗り出ずともと思っているんでしょう。」
「何でよ!?わざわざ名乗り出るタイミングっしょ今は!」
「まあ今出てこないでいつ出てくんのって話ではあるw」
「だよね!?そーだよね!うわーん!」
叫びながらコンクリートにへばりつく女子中学生の図。なかなかシュールである。
「・・・というかさ。」
「およ?」
「自己紹介じゃなくてさ、直接聞かなかったの?あんた誰的なーーー」
「お話し中申し訳ありませんが、そろそろ解散して頂けませんか?今から此処に立ち入り禁止の措置を施しますので。」
「そちをほどこ・・・?」
「後で説明しますね。」
「取りあえず引き揚げよ。」
「えー!やだ!」
「やだっつったってお前、ずーっと此処に居るわけにいかんのだぞw」
「そんなー!・・・そーだけどー!」
「ほら行くよ。」
「あーん!」
「邪魔したなw」
「行きましょう紀伊梨ちゃん。柳生君、お疲れ様です。」
「いえいえ。こちらこそ、切り上げさせてしまって申し訳ありません。」
後ろ髪引かれる思いでその場を後にする紀伊梨。
今日は木曜日。明日はまだここにあるが、月曜日にはもう何もかもなくなっている。
「・・・うー!」
どうか金曜日に名乗り出てくれますように、と紀伊梨は祈った。
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