5万打記念企画 No.051



「うーん、誰も知らにゃいのか〜・・・」
「今の所全員空振りしていますね。まあ、全校生徒の人数を思えば、無理もない話ですが。」

なんせ2000人以上居るのである。そこに教師とか大人も合わせるともっと多い。
元より柳生も低い確率とは思っていたけど。

「・・・あ!」
「?ああ・・・」

紀伊梨が突然走り出した。

走って、走って、突っ込む。

「紫希ぴょーん!」
「きゃあっ!ああ、紀伊梨ちゃん・・・」

前方に紫希が居た。それから、紫希と会話を楽しんでいた丸井も。

「お前、突っ込んでくるなよ。」
「だってー!」
「すみません、お邪魔しまして。」
「柳生君。」
「よっ!何?何かお前ら2人って珍しくねえ?」
「ええ。少し事情が。」
「「事情?」」
「ねーねー、これ落ちてたんだけどー。誰のか知らにゃい?」

まあ知らんだろうな。
と柳生は思った。思ってて聞いた。

の、だが。

「あ。」
「え?」
「お!ブンブン知ってるの!?」
「うん。」
「本当ですか?一体、どなたのです?」
「んー・・・」

どうすっかな、と丸井は小声で呟いた。

「・・・おし。なあ、今日って部活はミーティングだろい?」
「?ええ、そうですね。」
「んじゃ、ミーティング終わったら、この4人で集合な。」
「ねーねー、このマッチはー!?」
「それを放課後教えてやるっつってんの。失くすなよ?」

丸井はこの場でそれ以上教えてくれず、紀伊梨は思いがけず放課後を待つ事になった。




ミーティングで良かった事は、時間があることだけではない。
千百合と幸村はデートに行くので、紫希と紀伊梨だけで集まるのが簡単だからだ。後は棗にだけ断っておけば良い。

「あ!きたきた、おーい!」
「お疲れ様です。」
「よ!お疲れ。」
「お待たせしました。」
「じゃ、行くか。」
「ねーねー、どこ行くのー?」

丸井は事もなげに言った。

「理科室♪」




「はーあ・・・」

理科室で頬杖をつき、溜息を吐くのは化学教師の乙橋大輔である。

たった一人でぼんやりしていたこの空間に、ガララと引き戸の音。

「よ、先生。」
「あ、丸井君・・・あれ?何か増えてない?春日さんを連れて来たいっていうのは聞いてたけど。」
「ま、色々?」
「失礼します・・・」
「お邪魔します。」
「こんちわー!」
「はい、こんにちは。五十嵐さん、一応言っておくけどあんまりその辺触らないでね〜、ガラス沢山だから。」
「はーい!」
「うん、よし。じゃあ早速・・・」
「の、前に先生。」
「ん?」

丸井に背中をぽんと押されて、紀伊梨は乙橋の前に進み出た。

「これは!せんせーのですか!」
「・・・・あああああ〜!!」

乙橋は嬉しそうに歓声を上げた。




理科室。
実験用の机。

の、上にお菓子とティーセット。

「おおお〜・・・」
「す、凄いですね・・・」
「でしょ?あ、柳生君!一応言っておくけど、他言無用だからね!」
「はい、わかっていますよ。」
「フィナンシェ美味そう。」
「丸井君、つまみ食いしない・・・五十嵐さん、先に食べない!」
「はーい!」

ティーポットに水を入れて。
実験用の金網の台に乗せて。

アルコールランプを、点ける。

「よっ!」

シュボッ!と小気味よい音と共に、マッチに火が点く。

「おおー!」
「こうして・・・よし!ちょっと待ってね〜。」
「あのう・・・」
「うん?何?ああ、心配しなくてもお湯はちゃんと沸くよ!何回もやってるから、経験済みさっ!」
「そういう事ではなくてですね。」

紀伊梨と丸井は何の疑問もなしに乙橋のやる事を見守っているが、柳生と紫希は突っ込みどころが多すぎて突っ込みきれない。

「・・・まずですね。」
「うん。」
「そのマッチ箱は、先生の物ということで良いんですね?」
「これ?そうだよ。いや、今日は落としちゃってさー。無いと思った時血が下がったよ。本当に有難う、五十嵐さん。」
「うーうん!」

乙橋は本当にほっとした様子で、紀伊梨は嬉しくなった。

「やっぱり大事なやつだったんだね!きれーな箱だし!」
「そうですよね。凄く凝った細工のアンティークで・・・」
「そうだねー、これは二重に大事かな。気に入ってるのもあるけど、貰いものなんだよね。」
「貰いもの、ですか。」
「プレゼントって事?」
「そう。大学時代の同期から。そいつも先生やってて、今は東京で勤務してるんだけどね。」
「彼女ー?」
「あはは、まっさかー!相手も男だよ、男。良いやつなんだけど、昔からちょっとバカでさ。」

乙橋はティーバッグを人数分のカップに入れた。

「私ね、こうして学校でちょっとお茶するのが昔からの趣味なんだけど。」
「家庭科室は使われないので?」
「使えないよ、生徒にバレるじゃないか。バレると寄ってくるから、引っ込むことにしたんだよ。用事もないのに理科室に来る人なんて居ない・・・と、思ってたんだけどね。」

はあ、と溜息を吐くと、丸井はニッと笑った。

「丸井君は知ってらしたんですか?」
「知ってたっつうか、通りがかってさ。あ、紅茶の匂いすんなって思って。」
「相変わらず、鼻が良いですね。」
「全くだよ。おかげでこうして呼ぶことに・・・まあ最近一人ティータイムも飽きてたから、偶には良いけどさ。」

お湯が沸いて、乙橋はランプを消した。

「ねーねー、先生はどーしてライターとかチャッカマン使わないのー?」
「そりゃあ、普通は要らないから。ライターとか持ってて落としてみなよ、乙橋先生おタバコ吸われるんですかー?の質問から、ぜーったい逃れられないよ?喫煙の濡れ衣なんて、死んでもごめんだからね。」
「それはそうでしょうね。」
「でしょ?その点マッチなら、「私は」幾ら持ってても大丈夫。化学教師だからね。そのためにわざわざ学校のとそっくり同じマッチにしてるし。まあ3割くらいは、こうしてマッチでアルコールランプ点けてお茶入れるっていうのが、段々気に入ってきたのもあるんだけど。お茶のための儀式というかね。」

(まさか本当にマッチが好きな方だったとは・・・)

myマッチでアルコールランプつける拘りがある人間が居るとでもいうのか、みたいな話が今日出たが、まさか本当にそんな人間が居るなんて。事実は小説より奇なり。

「でさ。こうしてもうずっと一人お茶会してるんだって話をそいつにしたらね?そんなにマッチでお茶飲むのが好きならって言って、このマッチ箱をくれたわけ。バカでしょー?必要に駆られてマッチなんだってちゃんと言ったのに、まるっと忘れてるんだよね。まあこれそのものは良い品だから、こうして使わせて貰ってるけど・・・はい、お茶が入ったよー。」
「やたー!」
「おし!」
「頂きます・・・」
「では、お言葉に甘えて。」

紀伊梨が紅茶を口に含むと、紅茶の良い香りが鼻を擽った。

「美味しい!です!」
「そう。そりゃあ良かった。」

微笑む教師の手元にはマッチが箱に入って並んでいて。
それを見ながらその火を受けた紅茶を飲むと、心なしかより美味しい気がして、紀伊梨は大きく笑ったのだった。


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