5万打記念企画 No.057


「はあ・・・・」

いつもだったら部活後はああ、今日も一日頑張ったなあという充足感で満たされているのに、今日はちっともそんな気分じゃない。
どんな顔して本返せば良いのだろうか。返さないわけにもいかないし。

「・・・・忍足君。」
「ん?ああ、お疲れ様可憐ちゃん・・・えらいしんどそうやな。」
「ううん、これは大丈夫・・・そういうのじゃないから・・・」
「・・・そうなん。」

そういうのじゃない、みたいな気持ちは忍足にも分かるから引っ込んだが、それはそれとして気になる。何かえらく暗いのだが。

「あのね忍足君、これ・・・」
「ん・・・ああ、滝に貸してたやつやん。」
「うんそう・・・今日部活来れないから返しておいてって・・・」
「別に急ぐもんでもあらへんねんけど、あいつも律儀なやっちゃなあ。」

本が完全に忍足の手元に渡ると、用事が済んでいよいよまともに顔が見えなくなってくる。
ああ、謝ってしまいたい。でも謝ることも出来ない。

「何か言うとった?」
「・・・えっ!?あ、ご、ごめんっ!何っ!?」
「いや・・・滝が何か他に言うとったかと思うて。」
「あ、うんうんっ!面白かったってっ!特にあのー・・・ええと、3章っ?4章っ?主人公が、クラスメイトを手助けする所が気に入ったって言ってたかなっ?」
「さよか。ええ性格しとんなあ、彼奴は。」
「・・・・んっ?」

今のはどういう意味だろうか。

普通「良い性格してるね彼奴」などと言う時は、その相手は得てして性格悪い時である。
皮肉の常套句だ、良い性格してるというのは。

「・・・・主人公がクラスメイトを助ける場面が、良い性格?なのっ?」
「ん?ああ・・・可憐ちゃん、これ見たことあらへん?」
「えっ?」
「ドラマ化もしたし、最近映画にもなってんけど。」
「そうなのっ!?私最近ドラマとか見ないから・・・時間もないしっ。」
「そうなん。まあ、毎日部活やさかいな。これな、3章で主人公がクラスメイトを助けるんやけど。」
「うんっ。」
「何を助けんねんっちゅう話すると、クラスメイトが自分の好きな男子にええかっこするのを助けんねん。」
「えっ?」
「そのクラスメイトがな、お菓子作りなんか出来へんのに出来る出来る言うて嘘ついて、どないしようもなくなって主人公に泣きついてくんねん。ほんで、主人公は朝それを言われて朝の間にクッキー作って、自作した事にしとき言うてその子に流すねんけど、実はその男子ていうのんが主人公の片思いしてた奴と被ってて・・・みたいな場面やな。」
「そ、そうなんだ・・・そこが好きっていうのは確かに・・・・あれっ?」
「確かに重要な場面ではあんねんけど・・・どないしたん?」
「・・・忍足君、朝クッキー作ってったのって・・・」
「ああ、せやで。これの真似しとって。」

真似。
本の。

「ど、どうしてっ!?」
「朝も言うたけど、岳人とちょっと言い合いになってな。」
「向日君っ?これの事でっ?こういう恋愛っぽいの、興味なさそうなのに・・・」
「興味はあらへんけど詳しいで。姉ちゃん居るし、友達多いさかい。」
「そ、そっかっ!それも確かに・・・でもどうして喧嘩になるのっ?」
「岳人がその場面嫌いやねん。リアリティがない言うて。」
「リアリティ・・・」
「朝とかそんな時間絶対ないて言うけど、俺は出来ると思うてん。ほんでやってみせたろと思うてんけど、間に合わへんかったなあ。」
「えっ?でもクッキーは、」
「ラッピングしてへんかったやろ。」
「あ。」

もしかして。
袋を開けていたのは、湿気防ぎの敢えての行動ではなかったのだろうか。

「実際はちゃんとリボンかけなあかんかってんけど、偶々今日使うた家庭科室がその辺切らしとってなあ。まあそれも言い訳やさかい、結局出来へんかったて言うことになって、悔しいて言うたらそこそこ悔しい・・・可憐ちゃん?」
「はあああああ・・・・・・!」

可憐はその場にしゃがみ込んだ。

「良かった・・・本当に良かった・・・!」
「・・・何がどないしたん?」
「どうも何もないよっ!私朝からずっと悩んでたんだよっ!忍足君が朝の学校でクッキー作る理由なんてないからなんなのかと思ってっ!」
「まあ・・・そうやな、堪忍な。」
「そしたら、今度は滝君がジンクスがどうのって・・・」
「ジンクス?」
「家庭科室に一時間居て、ピッタリ一時間後に出たらコンプレックスが解消するのっ!」
「・・・・ああ、ほんで俺がそれをやってたと思うてたん?」
「そうだよっ!邪魔しちゃったし、謝るのも何か違うかなって気がするしっ!それに、一番辻褄の合う説明だったし・・・何かはわからなかったけど出来なかった、みたいな事まで言ってたし・・・」

もう、絶対絶対それ以外あり得ないと思っていた。
ホッとしすぎて今なんだか、ちょっと八つ当たり的な苛立ちさえ感じるくらいである。
忍足はというと本気でぐったりしている可憐に、ちょっと苦笑してしまう。

「俺、喧嘩やて最初に言うたで。」
「そうだけどっ!でもそれもこう、ジンクスやってるってばれたく無いから嘘っていうか、ごまかしっていうか・・・」
「俺、可憐ちゃんに嘘なんか言わへんで。」
「それがもう嘘だよっ!忍足君吐くでしょ、嘘っ!」
「そらまあ、ババ抜きでババ持ってへんくらいの嘘は吐くけど。」
「そういうのじゃなくてっ!もっとこう、肝心な、」
「それこそ吐かへんて。」
「そんな事、」

「ほんまやで。俺、可憐ちゃんに大きい嘘はよう吐かへんねん。」

「・・・そうなのっ?」
「そう。」

それも嘘なのでは?と疑う気持ちが若干は、ある。
友達に対して嘘つき呼ばわりしてるみたいで自分でもちょっとどうかと思うが、正直忍足は嘘が上手い。
ポーカーフェイスだし、嘘を吐くのも止む無しと思えば実にさらりと嘘を吐けるのは、初めてあった日にわかった事だ。

でも。
自分には嘘つきません、と友人から言われて悪い気のする人間というのもまたあまり居ないわけで。

「・・・そっか。」
「せやで。せやから、今度からは変やなて思うたら聞いてくれたらええさかい。」
「うん、そうするっ!じゃあまた明日ねっ!」

ああ、心が軽い。
良かった、今日一日の事が杞憂で。

ご機嫌で家路へと急ぐ可憐の背中を見ながら、忍足は再び苦笑した。

あの様子。
嘘「吐かない」じゃなくて、「吐けない」と言った事に、多分気が付いていまい。

「ほんまの事言うてんねんけどなあ。」

言ったってこの調子だから、可憐の中ではすぐ物事に辻褄が合わなくなるのだろう。
スタートが間違うとゴールが間違うのは当たり前だ。

まあ今度そうなったら、辻褄合わせに躍起になるよりも答え合わせをしに来るだろう。
それで良しとしようと思いつつ、忍足は本を鞄にしまう。

ああ何だか、もう一度通しで読みたくなった。




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