5周年記念企画:また会いましょう


中学校なんて別にどこだって良かった。

ただ、皆と離れるよりは一緒の方が良かったから決めた。
ただそれだけ。

「お〜・・・さぶ〜・・・!」
「受験を冬に設定したやつとか馬鹿じゃん。」
「手がかじかみますね・・・」

今日はお受験の日。千百合は立海大附属を、兄と友人と共に受けるのだ。

「紀伊梨大丈夫かw来ないけど彼奴w」
「あ、じゃあ私、ちょっと電話してきますね。」
「出ないんじゃね。」
「お家に電話してみます。少なくとも、出発したかどうかはわかると思うので。」
「行ってらっしゃいw」

紫希の背中を目で追っていると、兄もジュース欲しいかも、と言い出した。

「トイレ行きたくならない。」
「喉乾いたって言うより寒いんだよ・・・暖が欲しい、ちょっと行ってくる。」
「はいはい。」

こうして千百合は、バス停に一人になった。

「・・・・・・・・」

はーっと吐く息が白い。
今日は大分余裕をもって来たのだが、忘れてた。余裕を持って出ると、寒い思いをする時間が増えるのだ。

(・・・そうだ、カイロ鞄のどっかに入ってなかったっけ。)

この際貼るやつでも良いや、と思って外ポケットを探すと、何かそれっぽいのが手に当たる。でも上手く出てこない。

「ん、しょ・・・あっ!」

出たと思ったらカイロはポケットから滑り落ちて、地面に落下した。
拾おうと思って少し屈んだ所で、カイロの前に見慣れない靴が見えた。

「はい。」
「ああ、あり・・・・」

ありがとう、と言いかけて顔を上げた千百合は、思わず言葉を切ってしまった。
何という美形。服装から男子だということはわかったが、それでもえらく線の細い顔だちをしている。

「・・・・・・」
「?・・・ああ、」
「え?」

目の前の男子は合点がいった、みたいな声を出すと、千百合のカイロを自分の鞄に入れ、そして自分の未開封カイロを千百合に差し出した。

「どうぞ。」
「・・・・え?」
「俺は、構わないから。」
「・・・・え?え?待って、なんで私のカイロを返さないわけ?」
「あれ?ごめん、違ったかな。」
「何が?」
「なかなか受け取ってくれないから、落ちた方は嫌なのかと思って。」
「・・・・ああ。」

だから、自分は「落ちた方で」構わないと。そして落ちてない自分のカイロを出す、と。

「いや、別に。ちょっとぼーっとしてただけで、落ちたのが嫌とかそんなんじゃ。」
「そう?まあでも、もうしまっちゃったから。はい。」
「・・・ありがと。」

結局彼のカイロをそのまま受け取った。母が買ってくるのと違うタイプだな、と思ってまじまじと袋を見ていると、彼は千百合の隣に立った。

「君も、受験に行くの?」
「ああ。うん。」
「そう。俺もなんだ、お互い頑張ろうね。」
「うん・・・ああ、もしかして、落ちたのをえらい気にしてたのってそれ?」

ちょっと地面に落ちたくらいで、拾うのを躊躇うレベルで汚がる人だと思われたのか、と感じたのだが。

「うん。落ちるとか赤とか、そういうのを嫌う人も居るから。」
「私、別に。っていうか、カイロどころじゃなくない。さっきからめちゃくちゃ落ちるとか落ちたとかお互い言ってるじゃん。」
「あははははっ!それもそうだね。」

笑うとこんな顔になるのか。
千百合がくすくす笑う彼の横顔を見ていると、バスがやってきた。

ああ、とうとう1本見逃すことになってしまった。まあ、最初から何本か逃しても良いような時間にしてるけど。

『このバスは、〇〇より、□□経由、立海大学、へ、参ります。』

「ああ、来た・・・君は、乗らないの?」
「私、友達と後から行く。」
「そうなんだ。じゃあ、お先に。」
「ん。」

そう言って彼は、ICカードを機械に当ててバスに乗った。

そして乗り込むと、千百合を見て、一瞬だけ視線を彷徨わせたが、すぐに戻した。

「・・・またね。」
「・・・・はあ。」

ぷしゅ、と軽い音がして、バスは扉を閉めて行った。

そしてその後間もなく、兄が小走りで帰ってきた。

「あ〜!逃した・・・っていうか、紫希も紀伊梨もまだ来てねえ・・・」
「えらい遅かったじゃん。」
「けっこー、この辺自販機なかった・・・最寄りが遠かった・・・」
「ああそ。」
「あれ?お前、そんなカイロ持ってた?」
「え?・・・ああ。」

見慣れないカイロの袋。黒崎家でいつも購入しているのと違うやつ。

「・・・貰い物。」
「ふーん。まあ寒いしなあw」

多分兄は、貰ったというのを街頭で配ってたとかそういう風に脳内変換してるだろう。
本当に貰ったのだとは思いもよるまい。

遠くに2人の友人が向かってくる姿が見えて、千百合はポケットにカイロをしまいこんだ。

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