5周年記念企画:あの空に


あの日、千百合が新しく知ったことはいくつかあった。

まず、幸村は美術部ではないということ。
美術部ではないが、現在は事情があり、一時的にあそこに入り浸っていること。
別に美術部でなくても、先生に許可を取れば出入り自由ということ。


『良かったら、また見に来てくれないかな。』
『は?』
『感想とか、ここをこうした方が良いとか、いろいろ聞きたいんだ。』
『なんで私が。』
『嫌かい?』
『というより、他に山ほど居るでしょ。立候補者が。』
『ふふ。でも俺は、俺の絵を気に入ってくれた人に聞きたいんだ。』


そう言われると、千百合は返しづらかった。
はっきり目の前で、なんとなくという枕詞付きとはいえ、「気に入った」と言ってしまったし。

そういう意味では、あの幸村という男。
なかなか良い性格をしているというか、ああいう顔をして意外に抜け目ないというか、したたかなんだなと思った。

そのせいもあってか、その後2、3日千百合は美術室に行く気が起きなかったのだが。

「本当に良いんですか?千百合ちゃん・・・」
「うん。大丈夫。」
「先に帰んないでね!ね!ぜーったいだかんね!」
「はいはい。」

今日は、紀伊梨が新しくできたカフェのケーキを食べてみたいと言い出した。
でも、紀伊梨も紫希も部活があるから、その後しか自由に動けない。

じゃあ自分が待つからと言って、千百合は一人で放課後待つことになった。

普段だったら待つのだるいという所だが、3人で遊ぶのなんて久しぶりだし。
それに、暇つぶしの当てもある。

美術室だ。





とは言ったものの、千百合はある程度目論見が崩れることも予想していた。

そもそも美術部でも何でもない幸村が、今日も都合よく居るとは限らないし。
それに。

(あー、やっぱりか。)

ちょっとそうなるかなとは思っていたが、いざ美術室に行ってみると、幸村は囲まれていた。
いや、囲むはちょっと言い過ぎかもしれないが。
でも、背後やサイドの位置に女子が固まって、何やら会話しながら描いている。

(・・・・あ。・・・あー、くそ。見えない、そこどけそこ。)

別に話せなくてもこの際良いから、絵だけどこまで進んだか見たいのに、人が壁になって全然見えやしない。

良いか。もう。用事が何一つ出来なさそうだし。

(・・・もう良いや。帰ろ。)

まだ入口扉開けて入ってきて、そこから一歩も動いてないが、千百合はすぐにやる気を失くした。
そして踵を返した時。


「待って、黒崎さん!」


やや強めの声に少々驚いて振り向くと、幸村が自分を振り返って立ち上がった所だった。

前は気づかなかったが、こうしてみると背が高め。
女子っぽい綺麗さの顔だなと前は思ったが、こうして女子と並んで体格差を見せられると、俄然男子感増すな、なんて逸れたことをちょっと考えた。

「来てくれたんだね。」
「暇だったから。」
「ふふっ。良いんだよ、それでも。ありがとう。」

まだ来ただけで、見てもいないのに。
おおげさなやつなのかな、と思ったが、微笑む幸村を見ると、どっちかというと育ちが良いんだろうなということはすぐわかった。

「来て。結構進んだんだ。」
「ふうん。」

誰?
知らない…
彼女かなあ?

まあまあ好きなことを口々に言われてることを感じつつ、千百合は幸村の後について美術室の奥へ行く。

こういうの嫌いなので、普段は帰って良い?と聞くところだが、絵が見たいという欲に負けた。

「ごめん、ちょっと開けてくれないかな。ほら、黒崎さん。」
「・・・・・!」

絵は確かに進んでいた。

千百合的には、初めて見た時もう十分きれいに見えた。だからあれで完成で良いじゃんと思ったが、今日見ると確かに進化している。
青空がより透き通るようで、対して太陽はより眩しそうに、目を焼くように光っている。

もちろん、絵だから本当に目が焼けるわけはない。ないけど。

「どうかな?・・・黒崎さん?」
「あんたの絵、本当に目が痛くなりそう。」
「あはは!ありがとう、嬉しいよ。」
「これで完成?」
「ううん。まだ、もうしばらく。」
「まだ塗るの?」
「うん。ふふ、実は進捗としてはこれで半分くらいなんだ。」
「えー。」

もうこれ以上良いのでは、と千百合は思うのだが。
駄目なのか。そうか。

〜〜〜♪〜〜〜♪

「・・・ごめん、ちょっと今日はもう行かないと。」
「ああ、そうなんだ。ごめんね、引き留めて。」
「いや別に。時間あったらもっと見てたいくらいだし。」

そう言うと、幸村は目をまるくしていた。

「何をびっくりしてんの?」
「え?」
「私最初から気に入ったって言ったじゃん。」
「ああ、うん。そうなんだけど・・・・」

幸村は物心ついてからこちら、自分よりも絵の方を重点的に見てくれる人にお目にかかったことが無かった。

こう言うと自意識過剰みたいに聞こえるが、実際の所そうだった。
それは、幸村にとって残念なことでもあった。
自分が手をかけたものだから、それそのものだけ見て欲しい。
そう思っても、自分の作品には大体全部、自分と言う要らないオプションがついてしまう。

しょうがないよ。
と冷静に考えた結果、今では自覚してる。
多かれ少なかれ、作者を知ってたら作品にそれを投影してしまうのは、しょうがないのだ。

だからしょうがない・・・と半分以上諦めかけて早数年。

「嬉しかったから。」
「?」
「ただ、見てくれて。」

自分じゃなくて、絵を見てくれて。
幸村は本当に嬉しかった。

そう思ってるのが、千百合にもなんとなくわかってしまったからだろうか。

「・・・・また。」
「うん?」
「近いうちに来る。」

そう言うと、幸村は子供のように笑った。

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