5周年記念企画:聖夜の15時、ラテを飲んだら
親元を離れて暮らす。と言う経験が人生のどこで巡ってくるかは人それぞれだが、世間的に大学生の年齢になると数がぐんと増える。

春日紫希もその1人。

大学になると同時に、友人の千百合とルームシェアを開始して、実家を離れた。
大学に入ってすぐその生活スタイルになったため、最初は自分達だけで生活を回すことと、大学の勉強そのものとの間で板挟みになり、あっぷあっぷしていた。

だが現在2年生になり、紫希はすっかりその生活に慣れた。
幸い親は「勉強を優先しなさい」と仕送りをしてくれるため、バイトもしているが小遣い稼ぎ程度。

あとは勉強。家事。それに加えて、自分の趣味の時間という奴を持つ余裕が今はある。

それに伴って、紫希は大学生になってから、新しい習慣が増えた。

「いらっしゃいませ。」
「カフェミストのショートをお願いします。」
「かしこまりました、405円になります。」

それがこれ。
スタバで本を読むこと。

大学1年生になって、そろそろ半年になろうかという時だった。
大型書店への通り道にスタバができて、一度行くと居心地の良さにすぐに病みつきになった。

最初はあんまり居座ると迷惑かと思っていたが、千百合から「精市が言ってたけど、スタバはそもそも長居がコンセプトらしいから、気にしなくて良いんじゃない?」と言われて以来、やや遠慮しつつも居させてもらうことにしている。

紫希はこの時間が本当に好きになった。
そしてそれは今でも続いている。





(ふう・・・・)

キリの良い所まで読み終わって、一息吐いた。
いつの間にか頼んだドリンクももうなくなっている。

もう一杯頼もう、と思って顔を上げ、カウンターを見て。

「・・・・・」

紫希はゆっくり顔を伏せた。


「いらっしゃいませー。」
「やっほー、丸井〜♪来てあげたよ〜。」
「おう、サンキュ♪ご注文お決まりですか?」
「あ、バイトモードだ。えーとお、」


紫希がスタバに通い始めて、さらに数ヶ月経った頃。もう1年生も終わりかという頃、今接客している彼ー−−−丸井ブン太はスタバの店員としてここで働き始めた。

そしてわずかに1ヶ月後には、看板娘ならぬ看板息子のようになってしまった。
整った容姿。明るい接客。かといって雑なわけじゃなく、そつなく仕事をしつつも実に愛想よく振る舞う。

丸井を目的の客が増えるのはあっという間だった。

そしてモテるゆえか友達が多いのか、多分その両方だけど、ちょくちょく今のように丸井の知り合いもスタバに姿を表す。

だからバイト中の店員としては比較的丸井は私語が増えがちなのだが、それを経由して紫希が知っているのは、隣の大学に通う大学生であること。
奇しくも学年は同じ。
テニス部。

というだけ。

後のことは何も知らない。
本当に知らない。

そりゃそうだ。客と店員の間柄なんて、せいぜい名札で名前がわかるくらい。大学とか学年とか、部活が分かる時点で大分特殊。

それでももっと知りたいと思ってしまうのは、紫希が丸井に淡い思いを抱いているからである。

「・・・・ふう。」

居る、と思って動揺した心臓を、深呼吸で落ち着かせる。
いつもその日顔を見たら胸が苦しくなるのだが、それはそれとして紫希は本を読みだすと没頭してしまう。

だから今みたく、読んでる途中に丸井がシフトに入ってくる日は、いつも心の準備ができてなくて驚く。嘘、さっきまで居なかったのに、とか思ってしまう。

(・・・よし。)

落ち着いたら財布を握りしめて立つ。

「・・・・」

しばしば紫希は一瞬、丸井のレジに並ぼうかどうか迷う。
状況によっては空いてるレジが一か所しかなくて、選ぶ余地がないときもあるけど、選べる時は不自然でない程度に並ぶ。いつもだとバレるかもしれないから、たまにわざと避けたりもするけど。

困るのは今みたいな時。
客が途切れていて、レジに誰も居ない時。

こういう時は、客が来たのを察したら誰かが来る。
でも、それが誰かは客にはわからない。

こういう状況になると、いつも紫希は丸井が良いなと思う気持ちと、他の人が良いなと言う気持ちがせめぎ合いを始める。

そしてちょっとドキドキしながら、わざと下を向いて、選んでいますよという風を装うのだ。

ちょうど紫希が丸井への思いを自覚した時辺りだろうか。
丸井が凄い確率で自分のレジ応対をしてくれた期間があった。

最初はどうしてかと思っていたけど、じきに理由がわかった。自分が目で追っているからだ。目で追っているから目が合って、目が合ったら店員は来なくちゃいけないのだ。目が合ったのに無視することなんてできないから。

それを自覚して以降、紫希はあえてカウンターを一切見ないようにしている。

「・・・・・・」

多分。不愛想で暗そうな客、と思われてると思う。
いつも下ばかり向いている。
目が合うと逸らすし。なんだか挙動不審に見えてるかもしれない。

たまに丸井に会いに来るような女の子たちとは全然違う。
面白みのない子。別に取り立てて可愛くもない。

「お待たせしました、どうぞ?」

今日は丸井が来てくれた。
それだけで、紫希にはちょっとした事件である。

「あの、パッションティーのトールをホットで・・・」
「はい。パッションティーのトール、ホットで。」

パッションティーは、比較的すぐできる。
フラペチーノは混ぜて砕いて上に載せて、とやることがいろいろあるけれど、パッションティーはそれに比べて時間がかからない。

カウンターに行って少し待っただけで、あっという間にできあがりだ。

「少々お待ちください。」

紫希はこれを言われると、いつもドキッとする。
丸井がカップを持ってこういう時は、メッセージを書いてくれる時だ。

本当の所丸井が紫希をどう思っているのか、紫希は知らない。
ただ、少なくとも常連とは思ってくれてるようで。

「・・・はい!熱いからお気をつけて?」
「・・・ありがとうございます。」

紫希は丸井のことを知らない。
ほとんど何も知らない。

でも、自分と違って明るいことは知っている。
自信にあふれていることも。
ここで働くのが好きなことも。

笑顔が素敵なことも。


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