いつか送りゆく日々


夢を見た。

紫希の背を照らす夕日を遮る、電車の影。
吹き抜ける風。
タタン、タタン、という電車の音に混じる音。

そう、此処は線路の近く。

其処に響くテニスボールの音。

(・・・どなたでしょう?)

知らない子だ。
知らない男の子。

紫希が背後に居るのに全く気づかず、一心不乱にラケットを振って、只管に壁打ちしている。

「はっ、はっ、はっ、はっ・・・でりゃあ!」

一際大きく叫ぶと同時に、彼はスマッシュを思い切り壁に叩き込んだ。

(凄い・・・)

こんな小さい体躯の何処に、あんなパワーがあるのだろうか。
単なる力とかではなく、何か言い知れぬエネルギーのような物を感じる。

「はあ・・・あ?」

「あっ。」

見つかった。

思わず後ずさると、彼は鋭い目つきで紫希を睨みつけた。

「あんた誰?」
「あ、いえ、そのう・・・」
「ああ・・・もしかして、あれ?」
「え?」
「かわいそー、とか、なんであんな酷い事するのー、とか、そういう事言いに来たの?」
「え、え、」

なんの話だ。
わけも分からずおろおろしてしまうが、彼はその態度を図星と受け取ったらしい。
フンっと鼻を鳴らすと、ニヤ、と笑ってみせた。

「彼奴らが悪いんだよ。弱いくせにキャンキャン吠えやがって、悔しかったら勝ってみろっての!」
「・・・・・・・」
「なんだよその顔。

・・・あんたも潰してやろうか?」

もし。
もしこれが現実に起こった事ならば、紫希はこんなに冷静では居られない。

なんだこの子は。
怖い。
此処に居ては怪我をさせられるかもしれない。
そういう思いでいっぱいになって、怯えきってしまうだろう。

でも、此処が夢だからだろうか。

何故か。

怖いとか、貴方は誰とか何の話とか、それより先に。

「・・・怒られてしまいますよ。」
「ああ?」
「きっと叱られます。みだりにそんな事をしては。」

そう思った。
誰にどうやってかは分からないけれど、反射的に「この子はこのままでは叱られる」と感じた。

なんだと!なんて逆上するかと思ったが、彼は意外にもだんまりになった。
少々所在なげに、彼の視線が斜め下を彷徨く。

「・・・居ねーよ、そんな奴。」
「居ると思うんですが。」
「居ねーの!俺にそんな事言えるような奴なんか!」
「そうでしょうか。」
「そーなんだよ!皆俺より弱いんだ、俺に言う事聞かせられる奴なんて・・・」

其処まで言って、彼は又下を見た。

その瞳には、強い意志と意地と鋭さと。
そしてそれと同時に、ほんの僅か恐怖の色が見えて、脅されている側なのに少し笑ってしまう。


きっと彼もそんな気がしているのだ。
いつかきっと、そうなると。


「何笑ってんだよ!」
「あ、ごめんなさい。」

凄み直しても、勢いの衰えは隠しきれない。
彼はクソ!と呟いて俯いた。

「あの。」
「・・・なんだよ。」
「上手く言えないんですけど・・・きっと、怖いばかりでは無いですよ。」
「はあ?」
「ふふ、すみません。本当に、自分でもめちゃくちゃな事言ってるな、って思うんですけれど。」

コロコロ、と足元に落ちてきたテニスボールを拾った。
紫希がそれを差し出すと、彼の目線がボールと自分とをうろうろして、尚更微笑ましくなってしまう。

「叱られるのは怖いですけれど、それだけじゃない気がするんです。」
「・・・どういう意味だよ。」
「貴方はこれからきっと、叱られたり、褒められたり、泣いたり笑ったり、喧嘩したり、認められたり・・・そういう毎日になるんです。」
「なんでそんな事分かんだよ。」
「なんとなくです。」
「なんとなくだあ?」
「うーん・・・じゃあ、私の希望という事で。」
「希望・・・?」

紫希は彼の手に、ボールを握らせる。
その両手に温度をお互い感じる事は無くて、だから。

だからこれは夢なのだ。

「・・・とっても素敵なものです。皆が居る日々というのは。」

だから、彼にも知って欲しい。
そういう毎日は、多分彼が想像しているより、もっと。

もっと、ずっとーーー



「ん・・・・?」

眩しい。
電気の光が目に沁みる。

しぱしぱさせていたら、部屋のドアが無遠慮に開けられた。

「赤也!ご飯だって言ってるの、聞いてなさいよね!」
「うわ、姉ちゃん!」
「あ、シーツに涎!あんた、又寝落ちてたんでしょ!」
「う・・・」

ジャージは着たまんま、鞄は放りっぱなし、布団すら被って居ない。
この状況で違いますと言って、誰が信じるだろうか。

「はあ!あのねー、寝るなとは言わないから、せめて寝る準備してから一眠りしなさいよ!」
「わ、分かってるよ!」

ぎゃーぎゃー言いながら、呼びに来た姉と共にダイニングに向かう切原。

そうして彼は、夢を見た事も間も無く忘れてしまった。

そうして、心の奥に思った事だけ仕舞い込むのだった。


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