いつか託しゆく日


夢を見た。

知らない所だったけど、此処が何の部屋かは一瞬で分かる。

黒板。
机。
椅子。
グラウンドが見える風景。

そう、此処は教室。

誰も居ない其処の真ん中で、机に向かう1人。

たった1人。

「・・・あああああ!くっそ、分かんねーよこんなの!」

あーあ・・・と言って、がっくり落ち込む、見知らぬ少年。

ああ、懐かしい。
紀伊梨も、受験の時はこんな風だったっけ。

「あ!笑ったな!」
「ん?」

少年はいつの間にか、テキストから顔を上げてこっちを見て居た。

「俺の事、頭悪りー、とか思ってんだろ!」
「何、良いの?」
「う・・・!いや、それはその、あれだけど・・・」
「ぷっ。」

正直な奴。

「なっ、そっちは良いのかよ!」
「あんたよりは数十倍マシと思うけどね。」

紫希に比べたら流石に劣るだろうが、成績という意味では人並み以上ではある。
千百合が少年の前の席に座ってテキストを覗くと、懐かしい問題がずらっと並んでいる。

「ふうん。つるかめ算分からないんだ。」
「!あんた、分かんの!?」
「このくらいは。」
「マジかよ!なあなあ、教えて!頼むよ!笑った事は許してやっからさー!」
「許して「やるから」ねえ・・・随分上から目線ね。」
「うぐ!お、教えて・・・下さい!」
「ま、許してやるかな。」
「よっしゃあ!」
「で?何処が分からないって?」
「えーと、まず」

そう言って引き受けたは良いものの、成る程。

教えれば教える程分かるがこの少年、なかなかの頭の悪さである。

「主人公の気持ちが・・・あー!もー分かんねー!頭が破裂するー!」
「あんた、本当に馬鹿ね。」
「分かってるっての!」

くそう、と言いながら又テキストに齧り付く。頭は悪いが、根性はあるらしい。

「・・・頼むわよ、本当に。」

その言葉は。
ポロ、と口から出た。

「何が?」

少年が顔を上げるが、答えられない。
千百合自身、良く分かって居ないからだ。

「・・・テストの出来かな。こんだけ教えといて点数伸びないとか、洒落になってないし。」
「ああ、そういう話!」

少年はニッと笑った。


「ま!任せとけって!ぜってー、無駄にしねーからよ!」


そう言って、根拠も無いのに胸を張る姿。

普段の千百合なら、馬鹿に磨きがかかって見えるから止めろ、とかいう場面。

でも、何故だろうか。
今、言いたいのは。
思ってるのはそういう言葉じゃなくて。

「・・・本当よ。」
「おう!」

「信じてるからね、あんたの事。」

吃驚した少年の顔が、ホワイトアウトしていく。

遠く。遠く。





「・・・・・・!」

ガバ!と上体を起こした。

オレンジ色の夕日が射す教室で、切原は机に座っていた。

周りには、友達同士で教えあったり只管問題に打ち込んで居たりする、自分と同じく自習する生徒の姿。

「やっべ、寝てた・・・」
「あ、あのう、切原君。」

そろ、と此方に近づいてくる、クラスメイトの女子。

「あ?何?」
「あの、言いにくいんだけど・・・問題集、大丈夫?」
「え?問題集・・・あああああ!」

すっかり涎で汚れているテキストを見て狼狽えて。

そしてやっぱり、切原は夢を見た事を忘れてしまった。

つるかめ算が、ほんのちょっとだけ分かるようになった気がするのは、次のテストの時。



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