100話記念企画 No.063


「はあ。」

千百合は中庭の屋上庭園のベンチでため息を吐いていた。

もう頭は冷えている。
ただ疲れた。

腹も減った。
弁当も財布も何も置いてきてしまった。
くそ、昼休み始まったばっかりだったのに。

「ん、」

ちょっと身じろぎすると、何かポケットの中を太ももで踏んだ感じがした。
中に手を入れると、ガサという音と共に顔を覗かしたそれ。

ミネラル。

「はん。」

千百合は自嘲気味に笑った。

今となっては、もうこれの存在そのものが愚かしい。
結局こんなもん飲まなくたって、美人は美人だしそうでない者はそうでないのだ。

わかってた筈だし、元来そんなのさして気にしない性格なのに。

もうそこの噴水にぼちゃんしようかなー、なんてやけくそ気味な事まで考えちゃう始末。
ミネラルに罪はないけれど、今はこれがあるから嫌なことを思い出してしまう気がする。

鯉とか居たっけ。居なかったよな。生き物居ないなら、誰にも迷惑かけないよな。
よし。ざらざらと景気よく噴水に溶かすか。このトラブルと共に。

そう思ってベンチから腰を浮かした時。


「千百合。」


「・・・・・・お、つかれ。」

幸村がいつの間にかベンチの後ろに立って居た。

「お疲れさま。」

(なんで・・・ああ。)

紫希か紀伊梨が呼んだのだ、多分。
何をどこまで説明してるのかは知らないけど。

「それ。」
「へ?」
「そんなに出してどうするんだい?飲むの?」
「ああ。」

千百合の右手には、捨てようとして途中まで出しかけた数錠のミネラル。

そうだ。
どうせ捨てるのなら。

「要る?」
「え?」
「食べたかったんでしょ?」
「良いのかい?前は嫌だって言ってたのに。」
「ああうん。もう良い。」

あんなせせこましい上に意味のない努力なんて、それこそするんじゃなかった。
結局好きな人にケチな真似しただけで終わってしまった。

「ていうか、なんなら袋ごと良いよ。あげる。」
「まだ随分残っているけど。」
「良い。何か自分で飲む気無くなっちゃったし。家にあるのも紫希か紀伊梨にあげる。」
「・・・そうなんだね。」

何も言わないで受け取ってくれる幸村の優しさが、今は凄く有り難く。
そして千百合を素直な気持ちにしていく。

「・・・ごめん。何か残飯処理みたいな事言った。」
「ふふ。良いんだよ、別に本当のゴミだとかそういうものじゃないんだから。」

家族にもあげようかな、なんて言いながら、幸村はミネラルを一粒手に取った。

「・・・良いんじゃない。家族全員、美人に磨きがかかるよ。」

ピタリ。
と音がしそうなほど静かに、幸村は今正に口に含もうとしていた手を止めた。

「・・・・」
「・・・どしたの?」

もしかして、事のあらましを知っているのだろうか。
その上でこんな事言うから食べる気を失くしたんだろうか。
いや、でもそんな態度じゃなかったと思うけど。

「ちょっと。」
「・・・これは、家に持って帰るよ。ありがとう。」
「え、ちょっと。なんで。私が捨てようとしてたから?」
「捨てようとしてたのかい?」
「え、あ、まあ。・・・うん。」
「どうして?」
「・・・ちょっと。」

言いたくない。
どうやら紫希達は何も説明しないでいてくれたようだし、それならそれに乗っかっていたい。

もし成り行きを説明してしまったら、幸村の口から半強制的に「千百合は美人だよ」を引き出してしまう。
今そんな事聞きたくない。あの人より美人じゃないのは確実だし、それを聞いた所でまあそう言うしかないわなとか可愛くない思考がどうしても出てきてしまうから。

だから言いたくない。

「・・・・」
「・・・千百合が言いたくないなら良いよ。俺も正直、今は同じ気持ちだから。」
「え。」
「え?」
「・・・捨てたいの?」
「捨てたいとまでは思わないけど、自分で食べようと思わないかな。」
「えー。」

そう言われると、急に幸村の手に収まるミネラルが可哀想になってきた。
本来良いものなのに、なんだこの俄かにめっちゃ邪険に扱われる感じは。

「なんで?」
「言ったら千百合は教えてくれる?」
「・・・・・・」
「ふふっ!・・・千百合が今さっき言っただろう?」
「え?」
「美人になれるよ、って。」
「ああ。」

「でも、俺は美人よりかっこいいと思われたいんだ。」

千百合はポカン・・・な顔になった。

美人よりかっこいいと思われたい。
から、ミネラルは食べない事にする。

「もしこれを食べたら、ミネラル一粒分だけきっと美人になるよ。」
「・・・まあ、そうね。」
「でもそれでミネラル一粒分かっこいい恋人っていう存在から離れるんだったら、俺は食べたくない。」
「ミネラル一粒分でしかないのに。」
「ミネラル一粒分もだよ。」
「・・・ほんのちょっとじゃん。」
「ほんのちょっとでも、かっこいい方が良いかな。」
「そこまで?」
「俺は千百合が好きだからね。」
「・・・それ、関係、あるの。」
「あははっ!知らなかったかい?男は、好きな女の子にはかっこいいと思われたいものなんだよ。」

(それにしても別にそこまでしなくたって、)

元がここまで良いんだから、変な言い方だがもっと胡坐をかいていれば良いのに。
俺は美形なんだぞっていう態度で居れば良いのにというか。

それと。
別にそんなの微々たるもんだと本気で思うくらいには、一応いつもかっこいいとは思っているので。

「・・・逆にさ。」
「うん?」
「私にこれ食べろとかって思ってないの。」
「どうして?」
「ミネラル一粒分だけ美人になれるんでしょ。」
「それ以上美人になってどうするんだろう、とは思ってたよ。」
「・・・・・」
「?」

もうこういうやり取りは昔から何度もしてきたから、今更本気かとは聞かない。
この男は本気なのである。
別に目が悪いわけでも頭が悪いわけでもない。

「・・・ふふふ。」
「うん?」
「・・・あはははははっ!」
「千百合?」

どこまでも真剣な目で受け答えする幸村に、千百合は笑いがちょっとこみあげてきた。

ああダメ、力が抜ける。
何かもう、美人とか美人じゃないとかどうでも良くなってきた。

良いんだ、もう。
美人じゃなくても、雑誌に載れなくても。

一番美人に見てほしい人が、綺麗だと思ってくれてるんだから。
自分はそれがあれば良い。

「あはははは!あははっ、あはは!」
「・・・何がそんなにおかしいのかわからないけど、元気になったの?」
「うん、なった。」
「そう。じゃあ、これは?」
「これ?」
「俺が貰ったままで良いのかい?」

幸村がミネラルの袋を軽く振る。
ああ、そうね。元々その話してたんだっけ。

「返してって言ったら怒る?」
「いいや?元々千百合のものなんだし、俺から欲しがったわけでもないしね。そもそも、俺は食べない事に決めたし。」
「美人になるから?」
「そう。」
「じゃ、返して。食べるから。」
「良いけれど、条件を付けて良いかな。」
「え。」
「ふふっ!大丈夫、そんな妙な事は言わないよ。ただ、本当は食べ始めたって言った時に言おうかと思ってたんだけどね。」
「え、マジで。そんな前からか。何?」
「一気には食べないこと。一日一粒って書いてあるから、それ以上は駄目だよ。」
「ああ、まあ。心配しなくても、過剰に食べたら体に悪いのはわかるから。」
「それもあるけど。」
「他にあんの。」
「あんまり一気に美人に磨きがかかったら、俺が困るから。」

バカ、と照れ隠しに口から出そうになるのをぐっと堪えて、千百合はまたジップを開けた。

今日も一粒。
ミネラルを、ガリ、と噛み潰した。





100話記念くじびき企画
お題:No.063 ミネラル
くじ結果:46秒→6:主人公3×幸村

ご参加ありがとうございました!



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