100話記念企画 No.070
「えー、今日のLHRだけど!」

C組の担任、新海がどさりと資料を教壇に置く。

「はい、配って配って・・・おわ!」
「正ちゃん、落としてるー。」

プリントじゃない。
冊子だ。

(湘南、海だより・・・あー。何かあるな。)

所謂、役所の発行する地域の広報誌というやつである。
勝手にポスティングされて家に届くので、何度か見たことがある。

「えーと、この海だよりなんだけどな。皆家とかで見たことあると思うんだけど、まあこの辺一帯の地域情報が載ってるんだ。で、ちょっと先の話になるんだが、実は此処にうちの学校の記事が幾らか載ることになった。」

俄かにざわつき出すクラスだが、千百合の内心に浮かぶ感想はただ一つ。
あー、面倒くせ。

「それって、立海のことが載るって事ですかー?」
「じゃ、ない。そうじゃなくて、地域の取材を俺たちがするんだ。」
「地域の・・・?」
「取材・・・?」
「そんな難しく考えなくて良いぞ!要は、それぞれこの街に対して、此処が良い!とか此処が見所!と思ってる所を自分で記事にする。で、先生に提出してもらって、選んで載せるんだ。」
「せんせー、それって全員分は載らない系みたいな?」
「うん、まあ。」
「「「「「「「えー!」」」」」」」
「しょうがないだろ!先生だって全員分載せたいけどさ、誌面が足りないんだよ・・・!」

なんせ全学年合わせて2000人越えのマンモス校である。
今回の企画は1年生だけの参加だが、それでも700人程。
無理。

いや、生徒側も無理なのはわかっているのだ。そんなに人数居るとネタも被るだろうし。
ただ、載らないかもですと言われるとやる気下がるのはもうしょうがないこと。

「代わりに載ったらご褒美あるから!」
「おお!」
「ご褒美何!?ご褒美!」
「いやまあ、色々あるけど・・・あ!参加賞のカラーペンは皆貰えるぞ!」
「「「「「えー・・・・」」」」」
「えーと後、載ったらウエストポーチだったかな・・・」
「他はー?」
「特別賞取ったら、もっと色々・・・商店街で使える金券とか、カフェのランチコース無料券とか、」
「「「「おおー!」」」」

やべえ!
これはやる気出るわ!
何書こうかなー!

なんて急に盛り上がりなおすクラスの中、千百合はやっぱり思った。

ああ、面倒くせ。






・・・なんて成り行きで課された記事課題だが。
そう、これは課題。
いかにやる気なくてもどうでも良くても、とりあえずこの貰ったA4用紙は埋めないといけない。

取りあえず何書くかだけでもぼんやり決めないとと思いつつ、あーあー面倒くせーなーと思う気持ちを抑えきれず、千百合はデスクで溜息を吐いた。ああ、面倒くせ。

「お茶でも飲むか・・・」

あまりのやる気の出なさに、よっこらと机から離れて自室を出て、そのまま階下のキッチンへ。

「・・・父さん、何してんの。」
「ん?ああ、千百合!何、ちょっと仕事でな。どれにしようかな〜♪」

千百合の父、雄一は写真家。
こうしてちょいちょい写真を広げて、良くわからんがどこかに載せる写真を吟味している。

(何か自然多いな。山、川、空・・・・)

・・・海。

海の見える街。

「・・・・・」

千百合は自室に足を向けながらスマホを取り出した。
出るかな。今日確か休みだけど。

『はい、もしもし?』
「もしもし、お疲れ。」
『ふふっ、お疲れ様。どうしたんだい?珍しいね、朝から電話なんて。』
「さっさとしないと忘れそうで。」
『?』
「精市、あのさ。小学校の頃の自由帳持ってる?」

自分は捨てた。
捨てたのを覚えてるから、それは確実。

後持ってそうなのは、幸村。さもなければ紫希。

『・・・・・』
「どう。」
『・・・捨てたような。』
「だよね。まあ普通はそうよね。」
『でも持っていた気もする。少し待ってくれるかな?』
「え、いや。そこまでしなくても、」
『ふふっ!千百合は必要なこと以外頼んでこないよ。俺に聞いてくるってことは、それが要るんだ。そんなにはかからないよ、大丈夫。少しの間、切らないで待っていて。』

言うが早いか、電話の向こうでコト、とスマホを置いた音がする。

棚を開ける音、何かを探る音。
幸村の部屋はもう何度か皆で行ったから、ああ、多分今あの辺開けてるんだろうな、なんて予想までつく。
折角の休みなんだし、わざわざ探してくれるまでもないのに。

『・・・もしもし?』
「ん。」
『ごめん。やっぱり捨ててるみたいだ。』
「だよね。」
『春日には聞いた?春日なら持っていてもおかしくないけれど。』
「まだ。今から聞く。」
『棗は?』
「捨ててた。見たもん・・・っていうか、一緒に捨てたから。」
『そう・・・』
「良いよ、そんな大したもんじゃないし。」
『いや。・・・というか、そもそもどうして急に?何かあった?』
「ほら、あれ。広報に記事を載せるとか言うやつ。」
『ああ。あれに必要なのかい?昔の自由帳が?』
「そう。あれになら書いてると思って。」
『何が?』
「ルート。」
『どこの?』
「忘れた。から、見て思い出そうと思ったんだけど。」

でも無理そう。
多分紫希も捨ててるだろう、小学校の時のノートなんて。

「ほら、昔自転車でさ。」
『自転車・・・』
「何か、ほら。皆でどっか登って、その帰りに2人で抜けて、こう・・・高台みたいな・・・」
『・・・・・・俺達が幾つの時?』
「少なくとも付き合う前。」
『・・・・・』

電話したのはこれが理由でもあった。
幸村ならワンチャン覚えてるかもしれないから。

あの時はまだ部活とかなかったし、毎日毎日どこかしらで冒険していたので、その中のあの時と言われてもなかなか思い出せないのだ。自転車で登って、とか行ったけどそんなの無数にある。

記憶は薄れる。
その上、混じる。

『・・・・千百合が。』
「ん?」
『下したてのスニーカーを履いていた時の事かな。』
「ごめん、それ逆に覚えてない。」
『ふふっ、覚えてない?でも、多分その時の話だと思うよ。』
「そうだっけ・・・」

駄目だ。
振っておいてあれだけど思い出せない。

『千百合、今日は暇かい?』
「ああ、まあ。暇。課題も別にまだまだ時間あるし。」
『それならデートに行かないかな?』
「は?」

電話の向こうで幸村が笑うのが聞こえる。


『もう一回行こう。あの時行った場所に。』




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