100話記念企画 No.070

『此処行って良いの?』
『確かに悪路だけど、大丈夫だよ。高台の看板が出てるから。』

幸村は元居た所から更に少し上って、そこから先は車道から逸れて進み始めた。
舗装されてないと言っても切り立った崖とかいうわけでもないし、大して危なくはなかったと思う。
ただどこ連れてかれるのかわからない不安と、車道から完全に逸れているという不安が千百合の足を重くさせ、時間の感覚も少々狂わせた。

多分、所要時間は本当に5分かそこいらだっただろう。
でもこの時の千百合には、その5分が結構長く感じた。

『はい。』
『・・・何。』

幸村は手を出していた。

『良かったら繋ぐかと思って。』
『なんで。』
『下ばかり向いてるから。足元が辛いのなら手を貸すよ。』
『・・・・・・』

千百合は迷った。
確かに不安な状況でこの提案は効果的だった。
でも何か負けてたまるか的な闘争心も一緒に湧いて出た結果、千百合は首を横に振った。

『良い。』
『そう。分かったよ。』

幸村はやっぱり、あっさり引いた。

思えばこの時から既に、幸村は自分の妙な意地というか人に頼りたくないプライドの部分を見透かしていた。そして見透かした上で放っておいたーーー放っておいてくれてたのだと思う。

だから幸村と居ると、千百合は居心地が良かった。
して欲しいことをして欲しい分だけ、幸村はしてくれていた。

しかしそんな事この時の千百合は考えられる余裕も何もなく、ただただ不安と戦いながら前を行く幸村の背中だけ見てついていった。

そして。
幸村はとうとう足を止めた。

『あった・・・ほら、黒崎さん。』
『何?開けてる、のーーーー』




ああ。
ここの景色だけはちっとも変わっていない。

「懐かしい・・・・」

眼下に広がる木々。
その向こうには街。ビルに、家に、高速道路に。

さらにその向こうには、青い海がきらきら光っている。

「海の見える街だ。」
「うん?どうしたんだい、いきなり。」
「あの時そう思ってたの。ああ、海の見える街だって。」

ひょんな事から自分の心の中できらっと輝くようになったその響きは、それでも千百合の狭い世界の中ではあの当時現実ではなかった。此処へ来るまで。

幸村の見せてくれたこの景色は、千百合が思い浮かべていた「海の見える街」そのもの。

「私何も言わなかったけど。」
「うん。」
「これ初めて見た時、私にしては感動してすごい色々考えてた。」
「ふふっ!初めて聞いたな。どんな事を考えてた?」
「綺麗だとか。絵みたいだとか。夢って結構叶うんだなとか。」
「夢?何か夢があったのかい?」
「夢って変かな。憧れかな、どっちかって言うと。」

先生の言ってたことは嘘じゃなかった。
湘南は確かに「海の見える街」で。海と空とそれから人の営みが一度に見えるこの景色を、自分は側に置くことが出来る。いつだってこれを見て良いんだと思って、その感動は今でも千百合の心の中にある。

「ごめん。」
「うん?」
「連れてきてくれたのに、無愛想だったなって。私。」
「あはは!そうでもなかったよ?」
「え、嘘。私有難うくらいしか言ってなくなかった。」
「そうだけど。でも、言葉にしてくれなくても分かったよ。」

千百合はじっとして、ずーっとここから海を見ていた。
幸村は座るかと促そうかと思ったが、夢中みたいだしそっとしておこうと思う程度には千百合は態度で嬉しいと表していた。

「・・・思い出したよ。」
「何を?」
「俺も色々考えて居たことをさ。」
「ああ、綺麗だとか。」
「それから、千百合が可愛いとか。」
「・・・・・」
「ふふっ!嘘じゃない、本当だよ。千百合は何かを気に入ることなんて滅多にないから、こんな表情もするんだなって思ってた。」
「・・・それはまあ、否定出来ないけど。」
「それから、本当を言うとね。」

幸村は千百合の隣に腰を下した。

「少し、自分に勝った気がしてて。」
「・・・?」
「昼食の時に話した事を覚えてるかい?俺が何か言いかけて辞めたって。」
「ああ。」
「あれは、言いかけて辞めたのも本当だけど。でも、考え事をしてて会話を少し止めてしまったのもあるんだよ。」
「何か考えるようなくだりあったっけ。」
「千百合が海が好きって言うから。」
「から?」

「海を見られたら、この子は笑うのかなって。その顔が見たいなって思ったんだ。」

こういう記憶を辿るような話をする度に、幸村は我が事ながら分からなくなる。
自分は一体いつから千百合を好きになり始めたんだろうか。
偶にこの時だろうか、いやあの時かな、なんてふいに考えることがあるが、結局いつも曖昧なまま分からなくなって、もしかして会った時から好きだったんじゃないだろうかなんてとても極端な結論が出そうになったり。

でも少なくとも。

「初めて此処に来た時には多分、きっともう俺は千百合が好きだったんだね。」
「・・・いや、大袈裟じゃない。」
「確かに、今と同じくらいはっきり好きではなかったかもしれないけど。でも、どこか特別だったよ。」
「それがわけわかんない。」
「どうして?」
「自分の事ながら特別に思われる要素もきっかけも別に無いわと思うんだけど。」
「ふふ。そういうのは、別に要らないんじゃないかな。」
「・・・じゃあ何が要るの。」
「千百合はここの景色が好きなんだろう?」
「・・・好きだけど。」
「その気持ちだけで十分だよ。」

自分は千百合を笑わせたいと思って。
それで、こっちの方向なら海が見えるんじゃないかと思って。そしてその結果、思惑通りちゃんと海が見られた。千百合を連れて来られた。
千百合は気に入った。夢中になった。下を向きながらついてきた。そして憧れが叶った。

そうやって二人で考えた事が。思った事があればそれで良い。
それは二人だけが分かる記憶で、思いで、貴方と二人で分かっている、覚えていることが嬉しいから。
他の人とじゃ、同じ思いは抱けないから。

今の自分たちは、その積み重ねの果てにある。

「ところで千百合。」
「・・・何。」
「課題がどうのって言ってたけれど、写真なんか撮ったりするかい?」
「あ。」

そうだ。
そもそもはそのあれでここへ来たんだった。

湘南の魅力と言ったら自分はこれ。
海の見える街であること。

だけど。

「・・・・・」
「千百合?」
「どうしよ。」
「?」
「いや、此処の写真を撮ってさ。記事にしようと思って。」
「うん、良いと思うよ。」
「・・・・んだけど。」
「もしかして、カメラを忘れた?」
「いや、それはある。」
「じゃあ何を悩んでるんだい?」

だって。

「・・・言いたくない。」
「・・・ん?」
「・・・言うって変か。こう・・・知らせたくないっていうか・・・知られたくないっていうか・・・」

思いついた時はそこまで考えてなかったけど。
これは少なくとも提出したら教師の目には触れるわけで、しかももしかして載ったりしたら不特定多数の目に写真が止まるわけだろ。

嫌じゃないか。
此処の場所は、この風景は今は。
・・・少なくとも自分の知る限りでは自分と幸村のものなのに。
あの日戻った時だって、残ってた3人に詳しく話しはしなかった。ちょっと散歩にと言っただけで、後は深く突っ込まれる前に紀伊梨が疲れたから帰ろうと言い出したから。

「・・・・・」
「・・・ごめん。何かあの、課題だからってわざわざついてきてくれたのに、最後の最後にちゃぶ台ひっくり返すような真似して、」
「良いよ。」
「良いのかよ。」
「勿論さ。俺だってそう思ってくれるのは嬉しいから。」

だって、それって千百合も自分と同じように、この場での事は2人だけのものだと思っていて、やっぱりそのままにしようと提案してくれているわけだ。
嬉しいに決まってるじゃないか。

「でも、代わりに2つばかりお願いがあるんだ。」
「ふた・・・まあ、うん。取りあえず言ってみてよ。」
「1つ目だけど、千百合がさっき言った言葉。」
「どれ?」
「海の見える街。」
「ああ。あれが何?」
「俺もそのテーマで記事を書いても良いかな?此処の写真とか話は無しとしても、詩的で良いと思うんだ。」
「ああ、良いよ。私もうそれ使う気無いし。」

元々千百合は、ふと思い立って記事にしようかなと軽く考えていただけだった。
やる気がなくなったら、もうそのテーマにしがみつく気はない。どうせ元より課題なんてやる気ないし、適当に済ませようと思ってたのだから。

「有難う。それからもう一つなんだけれど。」
「ん。」
「もし特賞を取れたら、カフェに付き合って貰えるかな。」
「・・・・は?」
「ほら、聞かなかったかい?評価次第では、もしかしたらカフェの券が貰えるかもしれない、って。」
「・・・・・」

そんなんあったね。
そういえばそうだった。半分以上聞き流していたけど、そうだ。あったわ。

「忘れてた。」
「ふふっ。まあ千百合はあんまり興味がないだろうしね、この手の企画には。」
「うん。まあでも、良いよ。わかった。」
「・・・・・・」
「何?」
「ううん、少し。今日は色々懐かしかったけれど。」
「けど?」

「俺は昔より今の方が毎日楽しいなと思ったんだ。」

こうして、当たり前みたいに誘えてオッケーを貰える事とか。
隣に居てくれることとか。
今だから当たり前のことが嬉しいと思う。

「・・・うん。私も。」
「良かった。」

明日からも、きっとこの風景ーーー海の見える街で生きていく日々は、段々輝きを増していくのだろう。

そう思うと、尚更今が愛おしく思えて、千百合はちょっと目を細めたのだった。





尚、幸村は宣言通り海をテーマにした記事で見事特賞を当てることになる。
それはもう少し先、2か月後の秋の事。








100話記念くじびき企画
お題:No.070 海の見える街
くじ結果:36秒→6:主人公3×幸村

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