100話記念企画 No.070


『黒崎さんは山が嫌い?』

登っている途中、幸村がそう聞いてきた。

『嫌い。』

自分はにべもなく言った。
今も大して好きじゃないけど、この頃は今より輪をかけて嫌いだった。

『虫が居るし、上り下り面倒。』
『夏に涼しい所は?』
『海で良いじゃんって思う。海の方が好き。』
『・・・・・』
『何。』
『ううん、何でもないよ。』




「あの時さ。」
「うん?」
「精市、何か言いかけて止めなかったっけ。」

あの時より大分楽になった坂道を登りながら話しかける。

あの時も幸村はこうして隣に居た。
前方の紀伊梨も後方の紫希と棗も今は居ないけど。

「・・・ああ。ふふっ!あれは、五十嵐と気が合いそうだねって言いかけて辞めたんだよ。五十嵐も海の方が好きだから。」
「あー。」
「ああ、それともう一つ。」
「?」
「千百合はあの頃、そんなに何かが好きっていう性格じゃなかったからね。」
「あー。」

今だって、さして千百合は世界が好きなもので溢れてる性格とは言い難い。
別に嫌いなものが多いわけじゃない。ただ、感動が薄い千百合にとって世の中で一番多いものは、自分にとってどうでも良いものだ。

「珍しかったわけね。」
「・・・ううん、そうだね。でも、ちょっと違うかな。」
「あれ。」

違うのか。
じゃあ何。

と聞き返す前に。

「着いた。」

ざあ、と風が吹き抜ける開けたところ。

背の低い緑がたくさん生える原っぱ。
そこをぶち抜く山道は、多分本物の頂上まで行くんだろう。
ガードレールで囲われたここはよくよく見ると細い紐みたいなのが地面に埋まっていて、本当は駐車スペースだった事を教えてくれる。誰も停まらなさ過ぎてもう忘れられてしまってるけど。

ここは登頂部じゃない。
でも当時、此処は自分達にとって登頂部だった。

「綺麗になったね。一度手入れしたのかな。」
「多分ね。あの時もっと、雑草でぼうぼうだったじゃん。」





『居るよ!』

着くや否や、紀伊梨は目を輝かせて言い出した。

『ポ/ケモ/ンがかw』
『そー!居るよ居る居る、ぜーったい居る!行こ行こ!早く早く!』
『あ、あの・・・ごめんなさい、私ちょっと・・・』
『春日さん、辛いなら少し休んで居れば良いよ。』
『私も休んで良い?しんどいし。』
『えー!皆行かないのー!?』
『まあまあw待ち伏せ係も居て良いんじゃないのw』
『まちぶ?』
『見張ってて貰おうって事だよ。』
『おー!なるほど!じゃー紫希ぴょんと千百合っちはそのー、まちぶ係ね!』






「この辺だっけ。紫希が寝てたの。」
「そうだよ。戻ってきたらそこの木陰で、リュックを抱えて寝てたんだ。」
「あれ、今だから言うけどかなりすぐ寝落ちてたわ。」
「あははっ!仕方ないよ、子供だったんだから。持久力も体力も、今よりぐんと少なかったからね。」

元よりスタミナの無い紫希は、分かれて早々に船を漕ぎ出した。
それを千百合は黙って見ていた。
うわマジかよ、疲れたって言ってたけど此処まで疲れてんのかマジか。とか思いながら隣に座っていた千百合は、当時から既に紫希より大分運動スペックとしては優秀だった。

「結局紀伊梨も寝てたけどね。」
「五十嵐は昔からそうだったよ。体力はあるけど人より消耗が早いから、結局皆とさして変わらないタイミングで落ちるんだ。」

その当時も結局そうだった。
3人で藪の中に入っていったは良いが、人より無駄な動きの多かった紀伊梨は誰より先に足が痛いと言い出し、結局幸村がおぶって戻ってきた。
そしたら紫希は寝ていたので、丁度いいや紀伊梨も寝たし隣に寝かせようぜという事になり。

「あれ?兄貴も寝たんだっけ。」
「いや、棗は起きていたよ。ほら、足が痛いとか言って。」
「あー、そうだった。兄貴は歩けないとか言ってたんだっけか。」

紀伊梨に付き合って藪の中を歩き回った棗は、体力より先に筋力が尽きて座り込んだ。
正確に言うとまだもうちょっと歩けたが、帰りの事を考えると今此処で体力0にはなりたくなかった。例え帰りは下りで楽ができるとしてもだ。

結局合流した時には、ぴんしゃんしているのは普通に起きて休んだ千百合と、当時から体力お化けだった幸村だけだった。

「・・・・」

ちょっと当時自分が座っていた所に座ると、色んなことが蘇ってくる。

「思い出すかい?」
「微妙。」
「微妙?」
「あの時と色々違いすぎて。」
「ああ、藪の高さとか。確かに、視界が違うね。」

(それもあるけど。)

この場、この風景より何より派手に変わったのは、自分自身だと思う。
今の自分なら、隣に居た紫希に寝るのなら座布団にでも使えと自分のリュックを出しただろう。
藪の中に突っ込んでいった紀伊梨に、草で切らないようにその捲ってる袖を下せと言うだろう。
棗はまあどうでも良いや。

幸村には。
多分早く帰ってきてねと思うかもしれない。

「そろそろ行く?」
「そうだね・・・あ、ごめん。もとい。」
「?」
「千百合、もう一度座ってくれるかな?」
「え、何。何。」
「ふふっ。ごめんね、すぐ終わるから。」

なんだなんだ、と思いながら促されるまま座り直すと、幸村は正面にしゃがみ込んだ。

「・・・何、」

「黒崎さん。黒崎さんは疲れてるかい?」





『・・・・・・』

疲れてるか。
どうかと言われると。

『もうそこまで疲れてはない。』
『歩ける?』
『歩けるけど。何?』
『ちょっと付き合って欲しいんだ。あっちに良いものがあるかもしれない。』
『かもしれない?』
『俺も行ったことはないから、保証は出来かねるけど。嫌なら良いよ、無理にとは言わない。』

幸村は当時からこうだった。
誰に対しても穏やかで、千百合に対してもその姿勢を変えない彼は、こうして言い出しておいてサッと引くような事を度々言った。

千百合はちょっと離れた所で寝てる紀伊梨と、足を伸ばしてストレッチする兄を見やった。
隣には今や完全に横になっている紫希も居る。

『紫希とか紀伊梨とか起こす?兄貴はまあ良いけど。』
『ううん。黒崎さんだけで良いよ。』
『なんで私?』
『・・・黒崎さんが好きそうなものだから。』

千百合はこの時、素で大層びっくりしたのを覚えている。

自分の好きそうなものだから。
それこそ紫希や紀伊梨ならいざ知らず、このノーリアクションに定評のある自分に向かって、「貴方が好きそうだから貴方だけに」と何かを勧められるなんて、親以外じゃ滅多にないを通り越してもしかして初めてかもしれなかった。

『・・・あっちって遠い?』
『そんなには。多分、5分くらいかな。』
『何があるかは教えてくれないの。』
『あるかもっていうだけだから。気を持たせたくはないし。』






懐かしい記憶。

千百合は笑って、あの時の自分に倣った。

「『ポケットに入るモンスターじゃないよね?』」
「『モンスターより綺麗だと思うよ。』」

幸村もおかしそうに笑った。



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