「西谷ぁああ!!」
その絶叫で私は目覚めた。
こういう風に言うとかっこいいが、実際うるさくて起きただけだ。
「西谷! この回答はなんだ!」
そう言った英語教師の指先には、西谷夕のテスト用紙。
ここからでは見えないが、きっとおかしな回答でもしたんだろう。西谷は確か、相当な馬鹿だったから。
怒られる西谷を横目に伸びをする。
あくびを一つした後に視線を感じてそちらを向くと、英語教師と目が合った。
「みょうじ」
「……っす」
「気持ちよーく眠ってたようだなァ?」
「……あー……」
「罰として雑用を――」
舌打ちしそうになるのを堪え、代わりに眉を寄せた。こいつの雑用はいちいちめんどくさいんだよなあ。
何を課されるんだ、と思っていると、ふいに、英語教師が西谷を見た。
「いや、雑用はやめだ」
「え!」
歓喜の声を上げた私を突き落とすかのように、英語教師は続けた。
「西谷に勉強を教えてやれ」
「え゛」
*
西谷夕は騒がしい男だった。
笑いあるところに西谷ありとでも言うように、いつもなにかしら騒いでいた。
静かなときなんて、寝ているときくらいだろう、ってくらい騒いでいた。
それとは対照的に、私の周りはいつも静かだった。友達がいないともいう。
まあそれはいいのだ。望んで独りというわけでもないが、独りが嫌というわけでもないから。
つまり何が言いたいかっていうと。
私の真ん前で西谷夕が騒いでいるのは、異常事態だっていうことだ。
「あーわっかんねー! 英語って意味不明だよなー。だいたい日本人なんだから英語なんていらねぇよな! な?」
……私に話しかけてたのか。
西谷に勉強教えることに加えて出た課題プリントから目を離し、西谷に目を向ける。
「いらないかもしれんけど、出来なきゃならないなら、やるしかねえの」
「…………」
「第一、できないで困ってんじゃねえか」
ぽかんと口をあけている西谷にどうした?と聞くと、何故か嬉しそうに、「そういえばみょうじとちゃんと喋るのって初めてだな!」と言ってきた。
「あー? そうだっけ」
そりゃそうだろ、と思うながらすっとぼける。早く問題解けよ。何で手を止めるんだ。
「だって、みょうじっていっつも寝てるし、無口だし、話しかけても冷たいし!」
「めんどくいんだよ、色々と」
「つーか結構口悪いんだな!」
「うっせ、癖なんだよ」
口調が荒々しい自覚はある。特に治す気も起きないが言及されるのは嫌なので、あまりしゃべらないようにしていたのだが。クソ、嫌いなタイプだなとは思ってたが、やっぱ嫌いだ、コイツ。
笑い声が鬱陶しい。直球なところは嘘臭い。部活に一生懸命なところも暑苦しい。
嫌になる。まったく嫌になる。
「そんな態度だと、友達いなくなるぞ!」
「トモダチなんていねぇし、いらねぇ」
「いらなくない!」
「あーはいはいオマエにとってはそうだろうね」
「みょうじにとっても、だ!」
「いらねぇっつってんだろ」
「いるんだ!!」
「…………」
なんでコイツはこんなに話しかけてくるんだ。たかがクラスメイトだろ。
分かんないとこだけ聞いて、適当にプリント終わらせればいいのに。
何故か熱くなっているらしい西谷を宥めるように、努めて冷静な口調で言う。
「いいか? 私はトモダチなんていなくても寂しくねぇし、困りもしてねぇんだ。
お前の親切を無下にしたことは謝る。だけど、気にしなくて、いい。優しさだけ受けとっとくよ」
「イヤだ」
……コイツ、せっかく人がオトナになってやってんのに。
「なにが、イヤなンだよ」
「お前が友達になってくれないと、俺が困る」
「は?」
「俺はみょうじと仲良くなりたい!」
「!?」
何言ってるんだこいつ。
私がぎょっとしている間にも、西谷は畳みかけてくる。
「俺さ、みょうじと友達になりたいんだよ」
「な、なんで? なんで私? おまえはそれこそたくさん友達いるだろ。もうこれ以上いらねーだろ」
「数は関係ねーよ。だってさ、みょうじは俺が嫌いだろ」
「! な、」
「嫌われてんのかなっては思ってた。でも今日喋ってわかった。おまえは俺が嫌いだよな」
「そ、れがなんでトモダチにつながんだよ。い、いみわかんねえ」
「俺、俺が嫌いなやつに会うの初めてなんだ」
自慢かよ。言いたくても口は動いてくれなかった。
「だからみょうじと友達になりてえ!!」
「〜〜な、なんなんだよおまえっ」
宇宙人だ。こいつ、宇宙人だ……! 意味不明が過ぎる!
私は思わず立ち上がった。椅子がガタリと音を立てる。
無情にも、西谷は机に身を乗り出して追随してくる。
「なあ、友達になろう!! みょうじ!!!!」
私の目の前に掌が差し出される。
小さい身長からは想像できないような武骨な手。何部だか知らないが、どうせ運動部で努力してるんだろう。
笑い声が鬱陶しい。直球なところは嘘臭い。部活に一生懸命なところも暑苦しい。
嫌になる。まったく嫌になる。
今はこんなこと言ってたって、どうせ、いつか私に構わなくなる。
それでそのときに、私の心は揺らいでしまうんだ。
くそが、と震える声で私は言う。
勝手で、理不尽で、自分本位人で。
怖がりな私が、私は嫌いだ。
「お断りだ、バーカッ!!」
そう叫んだ私は、西谷夕を知らなかった。
西谷夕の、諦めの悪さを。